パリの外国ごはん

《パリの外国ごはん。ふたたび。》「昔、土曜のお昼にお母さんが作ってくれた」ベトナム焼きそばの秘密 /Fraternité

パリ在住のフードライター・川村明子さんと、料理人の室田万央里さんが気になるレストランを旅する連載「パリの外国ごはん」。今回は、川村さんがこれまで訪ねた中でも特にその後が気になる、また訪ねたいお店を歩く《ふたたび。》編です。今回は川村さんがずっと気になっていた、興奮が止まらないベトナム料理店「Fraternité(フラテルニテ)」を再訪。お料理上手な川村さんをして「自分ではなかなか再現できない」と言わせる、“軽やかな焼きそば”の秘密に迫ります!

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《パリの外国ごはん。ふたたび。》「昔、土曜のお昼にお母さんが作ってくれた」ベトナム焼きそばの秘密 /Fraternité

 『パリの外国ごはん』で書いた店のうち、何軒かは、定期的に前を通りかかることがある。でも断トツで頻度が高いのは、ノートル・ダム近くにあるベトナム料理のフラテルニテだ。なぜって、その隣のブーランジュリーにパンを買いに行くからである。パンを買いに行くのは大抵の場合、フラテルニテの営業時間外で店が閉まっているタイミングなのだが、たまに、昼の営業が終わった後の誰もいない店内を店主の女性が一人で掃除しているのを見かける。その度に、「ああここにもごはんを食べにまた来たいなあ」と胸のうちでつぶやいていた。2週間ほど前に通りかかったとき、「もういい加減、スケジュールを調整して食べに来よう!」と思ったのだった。

 パリのバカンスが明けた週に、ランチに出かけた。フランスの学校は2月に、通称“スキー休み”と呼ばれる2週間の冬休みがある。ただ、皆が一斉にバカンスになるのではなく、国内を三つのエリアに分け、始まりを1週間ずつずらして設定されている。まだ二つのエリアは冬休み中だ。

 それでだろう。店内には、フランス人の親子連れのテーブルが二つあった。母娘の2人組はガイドブックを広げていて、もうひと組の親子4人はみんなで何度かセルフィーを撮っており、旅行を楽しんでいる様子だ。
 だから、これまで訪れた時とは、少し店全体の雰囲気が違った。
 
 間口が狭く、奥に長い店の中に入ると、右側の壁に沿うようにテーブルが並んでいるのだが、1卓だけ、左の壁に、右のテーブルとは直角になる形で置いてある。そのテーブルだけが空いていて、そこに通された。席に着くと、他のテーブルの様子がよく見えた。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》「昔、土曜のお昼にお母さんが作ってくれた」ベトナム焼きそばの秘密 /Fraternité
 
 メニューは以前のままだ。これまでに食べたことのない料理にしようかとも思ったのだが、好きなものは変わらない。メインをフォーか焼きそばにするか迷って、結局焼きそばにした。前菜は、ベトナム風蒸しクレープにも惹かれたものの、生野菜の食感を欲して、サニーレタスとミントの葉で巻いて食べるネム(揚げ春巻き)に決めた。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》「昔、土曜のお昼にお母さんが作ってくれた」ベトナム焼きそばの秘密 /Fraternité

 店内奥のお手洗いに手を洗いに行ったついでに、その手前にある厨房(ちゅうぼう)をちらっとのぞいたら、ガス台にはコンロが五つで、フル活用しているようだ。真ん中に、5センチほどの深さの片手鍋があり、2センチくらいだろうか、油が注いであった。

 席に戻ったら、左斜め前のテーブルについている4人家族の、女の子が目に入った。まだ小学校2年生くらいの彼女の前にはネムの皿が置かれているのだが、フォークとナイフで細かく切って食べている。すでに、ネムは原形をとどめていなかった。

 察するに、その家族も、隣の母娘2人組も、それほどベトナム料理になじみがないようだ。フランスでは中華とタイ料理が一緒になったアジア料理店を多く見かける。地方に行くと、ほぼ確実にその二つはごっちゃになっている。

 あまり見ないようにしながらも、そんなに好きじゃなかったのかな……と思っていたところに、私のネムが運ばれてきた。見るからにカリッと揚げられたそれは、とてもおいしそうで、だけれど、すぐにかじったらやけどしそうな気がした。それでも早く食べたくて、さっさと写真を撮ると、ミントの葉を3枚ちぎり、レタスの葉に乗せて、どちらかというと細身のネムを巻いた。

 ネムにしてよかった。ゴツすぎないそのネムは、春雨、きくらげ、ニンジン、ひき肉と中に詰められた具の味付けも濃すぎず、食べやすくて、揚げたてで香ばしく、野菜のみずみずしさも味わえる太さもまたよかった。小ぶりなおかげで、揚げ物が乗ったサラダを食べるような感覚だ。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》「昔、土曜のお昼にお母さんが作ってくれた」ベトナム焼きそばの秘密 /Fraternité

ネム

 あっという間に1本目が終わってしまい、2本目も夢中で食べていたら、どうも斜め前の女の子は、私の食べ方に目が釘付けになっていたらしい。女の子だけじゃなく、隣にいたお母さんもそろって、「そうやって食べるのね」と言わんばかりの顔をしていた。

 その様子を見て、店主の女性が「ああやってもう一度食べてみる?」と聞くと、女の子は首を横に振った。でも他のものも食べてみたい、と思ったようで、メニューをもらっていた。

 ネムを食べ終えると、ほどなくして焼きそばが運ばれてきた。

 その焼きそばにいち早く目を奪われたのは、女の子のお母さんだ。みんなで何かを追加しようとしていたらしく、メニューを見ていたそのお母さんは、「あら! 彼女が頼んだあの麺はどう?」とすかさず、前に座っている夫と息子さんに目で促した。

 いきなり振り向いた彼らの視線を浴びた私は、メニューの中にうまく見つけられないでいるそのお母さんに「2ページ目にありますよ」と伝えた。

 そんなやりとりをしていても、焼きそばは冷めずにずっと湯気が立ちっぱなしだ。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》「昔、土曜のお昼にお母さんが作ってくれた」ベトナム焼きそばの秘密 /Fraternité

焼きそば

 私が座った席からは、後ろを向くと、ほんのすこし厨房が見えた。

 ネムを食べている間に、私の背中越しでは、店主と厨房で立ち働く女性のにぎやかなベトナム語のおしゃべりが繰り広げられていて、同時にトントントン、と包丁の小気味よい音も聞こえていた。

 それに惹かれて私は、振り返った。
 店主は、赤ピーマンやセロリをきれいに並べて切っていた。
 そのボリュームは明らかに一人分で、そして私の焼きそば用と思われた。
 そうかぁ、注文が入るごとに材料から切っているのか……。

 確かに店は小さいし、それで間に合うのだろう。でも、そういうちょっとしたことが、“子どもの頃に、給食のない土曜のお昼にお母さんが作ってくれた焼きそば”のような味を作っている気がした。

 私は、大の焼きそば好きで、実はここで食べてから家で何度となく真似て作ってみている。だけれど、どうしても、この店で食べる軽やかさが出ない。
 それまでは買ったことのなかったインスタントの縮れ麺を買い、色々と試しているのだ。
 それで確かめるように、食べ進めた。

 格子状に包丁が入れられたイカとエビはプリッとして、すこしずつ加えられた野菜、チンゲンサイ、ねぎ、赤ピーマン、レタス、セロリのどれも歯ごたえの残る火の通り加減だ。
 味付けは麺にだけしてあるように思えた。それもとても控えめに。中国の軽めの醤油とシーズニングソースだろうか。

 厨房からは2回、ジャッと、フライパンに具材を投入する音が聞こえたから、野菜と麺は別に炒めて、おそらく最後に軽く混ぜ合わせているのだろうと思う。
 一つだけ、くたっとした具があった。千切りのニンジンだ。味もしっかりついていた。ヌクマムが入った漬け汁に、漬け込んでいるような印象だ。
 焼きそば、ではなくて、炒め和え麺のような感覚で作ってみたら、ちょっとはここのおいしさに近づけるかもしれない。

 おなかがいっぱいになって、ふと壁に貼られているベトナムの地図に目をやったら、その角度から見ると、まるで日本列島と見まごう形状をしていることに驚いた。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》「昔、土曜のお昼にお母さんが作ってくれた」ベトナム焼きそばの秘密 /Fraternité

ベトナムの地図

 その私に店主が「もしまだおなかに余裕がありそうなら、デザートはどう?」と聞いてきた。それで小さな器に入ったタピオカと黄色い豆の入ったチェーを出してくれた。彼女は、どのテーブルにもそうやって、デザートをサービスしていた。

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チェー

 でもデザートはちゃんとメニューにあったよなぁと思い、もう一度見せてもらうと、店主の彼女が「夜はみんなシェアして食べて、全然雰囲気が違うのよ」と話しかけてきた。昼間は場所柄ツーリストの割合が多いけれど、夜は常連客ばかりだそうだ。それで、いつしか隣同士で話し始め、和気あいあいとした空気になるらしい。「フランスは、一人ひと皿ずつ料理が出されて食事も個人主義っぽいから、シェアして楽しく食べましょう、と言いたくて店名をFraternité(=友愛)にしたのよ」と、ぜひ夜にもきてね、と笑った。

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    PROFILE

    • 川村明子

      東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、昨年末に『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)を出版。
      noteで定期講読マガジン「パリへの扉」始めました!

    • 室田万央里

      無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
      17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
      モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
      イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
      野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
      Instagram @maorimurota

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