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金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

70回目のベルリン国際映画祭が2月20日から3月1日まで開催されました。東西冷戦時代に西側文化のショーケースとして誕生し、市民参加型で発展してきた映画祭。節目の年となった今回はディレクター陣の交代も重なり、フレッシュな体制で新たな歴史の幕を開けました。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

コンペ部門の受賞者に贈られるトロフィー。熊はベルリンのシンボル /Reuters

2002年からディレクターを務めたディーター・コスリックが勇退し、今回からトップが2人体制に。運営担当のエグゼクティブ・ディレクターはドイツ映画の海外輸出支援組織ジャーマン・フィルムズ前代表のマリエッテ・リッセンベーク、作品選定担当のアーティスティック・ディレクターには、スイスのロカルノ国際映画祭ディレクターだったカルロ・チャトリアンが就任しました。

ロカルノでエッジの利いたプログラムを組んで来たチャトリアンは、ベルリンでも野心的な映像表現を対象にした「エンカウンターズ」という第2のコンペを早速創設。同部門を含め、今回は15のセクションで計342本が上映されました。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

エグゼクティブディレクターのマリエッテ・リッセンベーク(左)とアーティスティック・ディレクターのカルロ・チャトリアン /Reuters

しかし、晴れの船出を目前にした1月末、衝撃的なニュースが飛び込んできました。映画祭の創設時から25年間にわたってディレクターを務めた功労者の故アルフレッド・バウアーが、ナチス政権の映画政策担当高官だった経歴を隠していた、と地元メディアが報じたのです。映画祭は彼の名前を冠した賞の授与中止を即座に決め、歴史家らに詳細な調査を依頼すると発表。歴史に翻弄(ほんろう)されたベルリンという土地の複雑さをあらためて印象付ける出来事でした。

外国人監督が見つめる「日本」

映画祭そのものは大きな混乱もなくスタート。今年は日本映画のコンペ参加はなかったものの、外国人監督が日本を見つめた作品が複数登場し、それぞれ話題を呼びました。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

「Minamata」の会見にはジョニー・デップや共演の真田広之、美波、岩瀬晶子、ビル・ナイらとともに、主人公ユージン・スミスの妻アイリーン・美緒子・スミスさん(右から3人目)も出席 /Reuters

序盤の目玉作品として脚光を浴びたのが、非コンペ部門のベルリナーレ・スペシャルで上映された「Minamata」(アンドリュー・レヴィタス監督)。1970年代に水俣病被害の実態を世界に伝えた写真家ユージン・スミスをジョニー・デップが演じた伝記映画。スミスの作品と生き方に魅了されたデップが長年温めて来た企画で、スミスの妻のアイリーン・美緒子・スミスさんも協力。

撮影はセルビアなど海外が中心でしたが、日本からも妻役の美波をはじめ真田広之、國村隼、浅野忠信らが出演し、音楽を坂本龍一が手がけました。ハリウッド的なドラマ運びには賛否が分かれたものの、伝説的写真家になりきったデップは「近年のベストアクト(演技)」と評価されています。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

京都の山村を撮った8時間の作品でエンカウンターズ部門の初代作品賞に選ばれた、アンダース・エドストローム監督(左)とC・W・ウィンター監督 /Reuters

新設のエンカウンターズ部門には、2人の外国人監督が京都の山村の暮らしを14カ月かけて追った8時間の長編「The Works and Days (of Tayoko Shiojiri in the Shiotani Basin)」が登場し、最優秀作品賞に輝きました。監督したのはスウェーデン出身の写真家アンダース・エドストロームと、米国人映画作家C・W・ウィンター。エドストロームの妻の家族の出身地だという集落の日常を、そこに暮らすひとりの女性を軸にじっくりと追った作品です。

地元の人々とともに加瀬亮や本木雅弘も出演。繊細な映像と女性の手記の朗読で、虚構と現実が混然一体となった世界を作り出し、審査員全員一致で受賞が決まりました。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

広島の原爆投下を題材にした作品でドキュメンタリー賞を獲得したリティ・パン監督 /Reuters

カンボジアのリティ・パン監督が広島の原爆投下の衝撃を再検証した「Irradiated」はメインコンペ部門で唯一のドキュメンタリー作品。ホロコーストやベトナム戦争、クメール・ルージュ支配下の祖国の民衆虐殺など、20世紀の様々な惨禍を膨大なアーカイブ映像を駆使して重ね合わせ、大量虐殺の背景にある人間性の危うさを問う意欲作。各部門共通のドキュメンタリー賞に選ばれました。

日本からは諏訪敦彦監督の「風の電話」が若者向けのジェネレーション14プラス部門で上映され、スペシャルメンション(選外佳作)に。フォーラム部門で上映されたベルリン常連の想田和弘監督の新作ドキュメンタリー「精神0」(今年5月に公開予定)は全キリスト教会賞を獲得しました。

中国の女性監督ソン・ファンが一部を日本で撮影したフォーラム部門の「平静」も国際アートシアター連盟賞(CICAE賞)を受賞。こちらは「帰れない二人」のジャ・ジャンクー監督と市山尚三プロデューサーが製作し、「風の電話」の渡辺真起子が出演しています。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

メインコンペの審査員団。右からブラジルの監督クレベール・メンドンサ・フィリオ、委員長のジェレミー・アイアンズ、フランスの俳優ベレニス・ベジョ、パレスチナの監督アンマリー・ジャシル、イタリアの俳優ルカ・マリネッリ、ドイツの製作者ベッティナ・プロケンパー。他に米国のケネス・ロネガン監督が参加 /Reuters

不屈のイラン人監督に栄冠

メインコンペ部門は18作品が上映され、英国の俳優ジェレミー・アイアンズが審査委員長を務めました。最高賞の金熊賞に輝いたのは、イランのモハマド・ラスロフ監督の「There Is No Evil」。四つの独立した物語を通して、死刑制度や圧政下での個人の自由といった重い主題を浮かび上がらせた作品です。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

金熊賞を受賞した「There Is No Evil」のキャストとスタッフ /Reuters

2002年に監督デビューしたラスロフは48歳。政権に批判的だったジャファル・パナヒ監督の助監督を務めたため10年にパナヒ監督とともに逮捕され、20年間の映画製作禁止を命じられました。しかし、その後もイラン社会の矛盾を背景にした映画作りを継続。17年に欧州から帰国した際に再び拘束され、禁錮1年と映画製作の永久禁止の判決を受けました。日本では「グッドバイ」(2011年)、「ぶれない男」(17年)が映画祭で上映されていますが、本国では全作品が上映禁止になっています。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

イランを出国できないモハマド・ラスロフ監督は、娘のバランさんが手にするスマートフォン経由で会見に応じた /Reuters

そんなラスロフ監督が、当局の監視をくぐり抜け極秘で完成させたのが今回の受賞作。パスポートを当局に没収された監督は映画祭に出席できず、映画にも出演した娘のバランさんが代理で金熊のトロフィーを受け取りました。受賞会見には監督自身もビデオ通話で参加し、「自分の責任を棚上げしたり、政府のせいにしようとしたりする人もいる。しかし、『ノー』と言うこともできる」と表現の自由の大切さを訴えました。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

監督賞のホン・サンス(左)と出演者のソ・ヨンファ、キム・ミニ /Reuters

第2席に当たる審査委員賞は、米国の女性監督イライザ・ヒットマンの「Never Rarely Sometimes Always」が受賞。望まぬ妊娠をした10代の少女の旅路を追ったロードムービーです。監督賞は 「The Woman Who Ran」を撮った韓国のホン・サンス。公私にわたるパートナーのキム・ミニを主演に、再会した学生時代の友人間の微妙な心のすれ違いを独特のミニマリズムで活写しました。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

男優賞のエリオ・ジェルマーノと女優賞のパウラ・ベア /Reuters

女優賞はドイツの名匠クリスティアン・ペツォルトの「Undine」で、水の精霊の伝説をモチーフにしたヒロインを演じたパウラ・ベア。男優賞はイタリアのジョルジオ・ディリッティ監督の「Hidden Away」のエリオ・ジェルマーノ。ゴッホにも通じる悲劇的な生涯を送った、スイス出身のイタリア人画家アントニオ・リガブエを演じました。

過半数が女性監督作品の部門も

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名誉金熊賞を受賞したヘレン・ミレン /Reuters

映画界への長年の功績をたたえる名誉金熊賞は、英国の俳優ヘレン・ミレンに。映画監督に対する注文を尋ねられると「(俳優の控室の)メイクアップトレーラーを怖がらないで。遠慮せずみんなに声をかけましょう。役者を野生動物みたいに怖がって、遠巻きにつつこうとする人が多いですから」

特別功労賞のベルリナーレ・カメラの受賞者は、「フリーク・オルランド」で知られる女性監督ウルリケ・オッティンガー。ヴェンダース、ヘルツォーク、ファスビンダーらとともにニュー・ジャーマン・シネマの一翼を担った異才です。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

テレビや配信向けの新作を紹介するベルリナーレ・シリーズ部門の上映作「Stateless」で主演と製作を兼ねたケイト・ブランシェット。豪州の難民問題を描いた /Reuters

今回上映された新作映画248本のうち、女性監督の作品は38.7%で昨年より微増。コンペ部門の女性監督作品は18本中6本でしたが、ドイツの新作映画部門では過去最高の75%、ジェネレーション部門でも過半数の55.9%を占めました。女性躍進の流れは映画祭をどう変えるのか、ベルリンのこれからに注目です。

金熊賞監督が欠席した理由は ベルリン映画祭ハイライト

サリー・ポッター監督のコンペ作品「The Roads Not Taken」に主演したエル・ファニング。ハビエル・バルデムと父娘を演じた /Reuters

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