&w文化部

ビンの中の小さな世界。作っても見ても楽しい、苔テラリウム

漠然と思っている。いまよりもう少し、キラキラした毎日を送りたい、と。たとえば、何か新しいことを始めるのはどうだろう。それも肩ひじ張らず、初めてでも楽しさが味わえるようなものを。「&w文化部」では、様々なコトに熱中している方々へのインタビューを通して、新しい趣味にチャレンジしたいあなたを応援します。今回は、ガラス容器の中に苔(こけ)を飾る苔テラリウム。制作中もその後も、長く楽しめるミニ植物の世界です。

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フラスコや薬ビン、ふた付きのガラス容器の中に「森」が広がる。牛が悠々と草をはみ、なだらかな曲線を描く小道には、登山者の姿もある。苔やミニチュアのジオラマがつくり出す風景は、てのひらの上に小さな世界がポッと現れたかのよう。くるくると瓶を回して360°いろんな角度から眺めていると、時間が経つのも忘れる。

「苔を専門にしている人って、僕の知る限り全国に10人くらい。関東でも3人しかいないんですよ」。そう話す川本毅さんが、今回の指南役だ。

ビンの中の小さな世界。作っても見ても楽しい、苔テラリウム

Feel The Garden代表の川本毅さん

取材にお邪魔した日、川本さんは会うやいなや、資材や段ボール箱が所狭しと置かれた事務所の状況をわびた。大がかりなイベントを終えたばかりだったうえ、ワークショップ用のスペースを広げる模様替えの最中だったそうだ。

川本さんは、テラリウムの販売や、植物のイベントを手がける「Feel The Garden」の代表をつとめる。もともと「苔のテラリウム屋さん」としてスタートしたFeel The Gardenはいま、業界の仲間内で「ワークショップ屋」とも呼ばれる。それもそのはず。週末の苔テラリウム作りのワークショップには、「植物に興味はあるけど、何から始めていいかわからない」という女性を中心に、年間3千人が参加している。

いま作ったものを2年後、3年後も

編集部員の秋田も教わった。
苔テラリウムの制作は、“地形”づくりから始まる。まずは、焼いた赤玉土や富士砂、炭をブレンドした専用の土を柄の長いスプーンにすくい取り、ビンの底に入れていく。風景に立体感を加えるのは、石の役目だ。

「この段階で、どんな風景にしようか考えながらやった方がいいですね」と川本さん。大きめの石を一つ置けば山のように見えるし、山道を作るなら隙間をあけて二つの石を置く。小さな石を並べれば、牧場のイメージに近づくのだそう。

秋田がぽつりとつぶやく。「私、『スター・ウォーズ』の最新作を見たばっかりなんですよ。だからイメージが『スター・ウォーズ』になっちゃって」

ビンの中の小さな世界。作っても見ても楽しい、苔テラリウム

苔テラリウムに使う石。大きさや形のチョイスは、思い描く風景次第

「ああ、あれね!」と川本さんと秋田は盛り上がっているけれど、映画を見ていない私にはサッパリ。どうやら、砂漠のような荒野で、空飛ぶ乗り物が岩のはざまをすり抜けていくシーンを再現したい、らしい。

石は、箸のように長いピンセットを使って土に埋め込む。「難しいですね……」と、早くも苦戦する秋田に、間髪いれず川本さんのツッコミが飛ぶ。「いや、スタートしたばっかりなんで(笑)」。そう、まだ苔の一本も植えていない。

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秋田をフォローしてくれる川本さんの手際は、さすがの一言

今度は黒や白、ベージュの砂を敷いて風景を描いていく。「たとえば白い砂を使って川の流れを表現したりとか、ベージュっぽい砂を使って道を作ってみたり。黒い砂でうしろ側を一面覆うと、締まった印象になります」

ビンを傾けてスプーンを土に近づけ、ビンを立てながら砂を落とす。思い描くところに砂を落とすのは、初心者には骨の折れる工程だ。

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ホソバオキナゴケ。ピンセットでつかむのは繊細な作業で、無意識に息を止めてしまう

今回、使った苔は2種類。ホソバオキナゴケは、芝生や牧草のように見せられるし、ヒノキゴケは5本ほど束ねてさし込むと、樹木のように見える。ピンセットで上から苔をつかみ、そのままピンセットごと土に差し込む。

「ピンセットを抜くとき、苔がついてきてしまうようなら、上から押さえてみてください」。さすが年間3千人を教える川本さん。秋田の手元を見つめながら、つまずく一歩手前で的確なアドバイスを送ってくれる。

「ゆっくりでいいですよ。苔テラリウムって何年ももつし、いま作ったものを2年後、3年後も見ることになるので。妥協しないで作ってもらった方がいいです」

ひとしきり苔を植えたら、仕上げにミニチュアのジオラマを飾る。さまざまな動物や、農夫、登山者、スキーヤー、カメラマンなど、たくさんの種類がある。秋田は迷った末に、白馬をチョイス。ジオラマのピンを土に刺し込めば、「『スター・ウォーズ』風の砂漠の世界なのになぜかある小川で、のどの渇きを潤す白馬」の光景の出来上がりだ。

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ビンの内側についた汚れを落とすのも忘れずに

地獄のような「二足のわらじ」生活

川本さんが苔のテラリウムを作り始めたのは、7年ほど前のこと。きっかけは趣味の盆栽だった。「盆栽では、苔って消耗品とかおまけと認識されているんですけど、その苔をきれいだなと思いまして。苔を横から見ると、森みたいに見えるんですよ。ミクロな世界が広がっていて、小さなくぼみ一つも風景みたいに見える。そのミニチュア感、箱庭感がすごくおもしろいなと。それを部屋の中に持ってこられないかなといろいろ試しているうちに、テラリウムに行き着いたんです」

当時、教えてくれる人は見当たらなかった。洋書を頼り、見よう見まねでテラリウムを作ってみると、予想外に「そこそこ出来ちゃいまして」。ものは試しとハンドメイド品の販売サイトに出品すると、反応は上々。作品を見た企業から、店での取り扱いや、ワークショップのオファーも舞い込むようになった。

ビンの中の小さな世界。作っても見ても楽しい、苔テラリウム

Feel The Gardenの苔テラリウム

ところが川本さん、実はその頃は会社員だった。誰もが知るような石油製品の大手商社で、営業や商品企画の仕事をしていた。「ただ、高校生くらいの頃から、独立したいっていう気持ちはあったので、いろんな本を読んでいました。独立するには業界のトップに立てるようなジャンルで、とも思っていたんですね」

それがまさか苔テラリウムになるとは予想もしなかったそうだが、物事、うまくいくときはそういうものなのだろう。「小売りはAmazonとか楽天がどんどん伸びている中で、バーコードのある商材を扱うのは厳しいなと思っていたし、体験型の商品が伸びてきているから、ゆくゆくはそういうことも手がけたいな、とも思っていました。そういう色んなことがピタッとはまった形。テラリウム業界だったらトップに立てるんじゃないかと思い、やってみることにしました」

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ミニチュアのジオラマ。あれもこれも置いてみたくなる

かくして「二足のわらじ」は始まった。さぞかし充実した日々を……と思いきや、「地獄のような毎日でした」と川本さんは振り返る。

実際、会社員として一日の仕事を終えると、帰宅は夜の10時、11時。そこからテラリウムの制作や注文への対応に取りかかる。商品は、コンビニまで発送しに行った。「会社では、完全に昼休みに寝ていました(笑)。週末はワークショップがありますし、休みなんてほぼなかったです」

結局、会社勤めと苔テラリウムの両立は、1年以上にも及んだ。「いきなり会社を辞めて、次の日から『さあ、自分の会社を始めました』というのでは難しいと思っていたし、実際、会社を辞めて1年くらいは経営がかなり厳しかった。助走期間がなかったら、きっと無理だったと思います」

「都会の暮らしにも植物を」

Feel The Gardenは「都会の暮らしにも植物を」がコンセプトだ。植物を育てたいと思っていても、植木鉢を置くスペースがなかったり、住んでいる部屋の日当たりが良くなかったり。水やりをする余裕がない、ということもあるだろう。その点、苔テラリウムなら、手入れは月に1回だけ。霧吹きで2、3回水を吹きかけたら、次はまた1カ月後。直射日光の当たらない室内に置いて、苔の抗菌性を損ねないよう、ふたを閉めたままにしておくのが肝心だ。

「苔は成長するので、単純にジオラマっていうわけじゃない。少しずつ伸びてくる変化がおもしろいですよ」。苔が生い茂ってきたら、「メンテナンス会」に参加して、手入れをするのも楽しそうだ。

ビンの中の小さな世界。作っても見ても楽しい、苔テラリウム

Feel The Gardenの苔テラリウム

Feel The Gardenはいま、苔に限らずいろんな植物のテラリウムを扱う。「いま、ちゃんとしたテラリウムメーカーってないんですよね。みんな、個人でやっているレベル。その中で、日本一のテラリウムメーカーを作っていきたいなと思っています」。ゆくゆくはインテリアグリーン全般を手がけたい、と川本さんは話す。

「いままでだと、インテリアグリーンを育てるのって難しかったんですね。部屋の中はやっぱり、植物にとって過酷な環境なので。観葉植物を置いて、だんだんダメになっていって、ダメになったら買い替えるというパターンが多かったと思うんです。けどいまは、蛍光灯で出来なかったことがLEDで出来るようになったし、照明が発達して光合成をさせられるようになった。インテリアグリーンはいま、追い風が吹いていると思います」

チャンスと見るや、迷わず行動に移す。川本さんはそうやって決断を重ね、前に進んできたんだろう。「地獄の日々」はサラッと振り返り、未来のことを熱く語る――。川本さんへのインタビューを終えた帰り道、いつもよりもう少し、背筋を伸ばして歩きたくなった。

ビンの中の小さな世界。作っても見ても楽しい、苔テラリウム

編集部員・秋田がつくった苔テラリウム

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川本さんのおすすめ

:: Feel The Gardenのワークショップ

::『小さな苔の森』 石河英作(家の光協会)1,400円+税

ビンの中の小さな世界。作っても見ても楽しい、苔テラリウム

::『はじめての苔テラリウム』 園田純寛(成美堂出版)1,200円+税

ビンの中の小さな世界。作っても見ても楽しい、苔テラリウム

「関東に3人しかいない」という苔の専門家による著書。どちらも苔テラリウムのことが初心者向けに解説されている。「『テラリウム』とか『苔』と名がつく本は一通り買って目を通すようにしているんですけど、専門店の我々から見たら、絶対に枯れてしまうというような作り方が載っている本も多い。この2冊は間違いないです」と川本さん。

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(文・写真 &w編集部・岡田慶子)

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