東京の台所

番外編<松本の台所 3>蔵元に嫁いで53年。妻、母、嫁、酒店おかみの「苦じゃない日々」

〈住人プロフィール〉
酒蔵及び酒店経営・74歳(女性)
戸建て・7K・JR中央本線 松本駅(松本市)
入居51年・移築年数約90年・夫(社長、78歳)との2人暮らし

酒蔵の創業は江戸末期

 築90年余、7部屋の大きな家屋は、夫(78歳)の祖父が銀行を移築して松本の高台に建てたもの。敷地内に9つの井戸があり、まろやかでおいしいと市民の間でも評判の湧き水を使って、現在も日本酒を製造している。父を2歳で亡くしている夫は、蔵元の三代目だ。

 妻である住人は言う。
「酒蔵としての記録は明治25年まで遡(さかのぼ)れますが、本当の創業はもっと前、江戸末期のようです。大正12年、先代から酒蔵を引き継いだ祖父が新たに蔵を増築して規模を広げました」
 彼女が嫁いだのは23歳。以来51年間、蔵元の裏方として支えてきた。

 台所と茶の間はひと続きで、来客があると部屋のチャイムが大きく鳴り響く。すると食事中だろうがなんだろうが、「はいはい」と彼女はさっと腰を上げ、店に出る。嫁いだときから改装していないという土間づくりの店舗へは、茶の間から一段下がった先にあり、3秒で出られる。

 昔ながらの店舗付き住宅で、彼女は3児を育てながら酒店と、同じ敷地にある酒蔵の従業員のお茶や食事の世話をしてきた。両方は難しいと、あるときから酒蔵の仕事からは距離をおき、酒店経営に専念したがその間に100歳で大往生した義母の介護もこなしている。
「だから」とは、彼女はけっして言わないが、取材依頼を何度も辞退した。

「うちの台所なんてなにもかまってないし、人様に見せられるようなものじゃないから。撮影なんて無理無理」
「こんなところを見せるのは恥ずかしいよ」
 彼女を紹介してくれた女性が「そこをなんとか」と足繁(しげ)く通って頼み込み、ようやく取材が実現した。

 東京から移住したその女性は、「よそものの私に垣根なく話しかけ、松本の仲間に入れてくれた。彼女がいなかったら松本暮らしをこんなに最初から楽しめなかった」と振り返る。とても朗らかな方なので、ぜひこの連載で取材してください、と。

 敷地には、酒蔵と、酒店併設の自宅がある。職住が一緒になったこの地で嫁として、おかみとして奮闘してきた人が台所の整理や手入れにかまえないのは実によく理解できた。日中は店に立ち、ひとりで酒の説明をして接客をする。観光客のほか地元民も、次々と来客がひっきりなしなのだ。そうそう台所にかまってはいられまい。

「掃除もできてなくて恥ずかしいなあ」を連発する彼女を説き伏せ、あつかましくシャッターを切った。
 卓上には、ホットプレートが。酒粕(かす)で煮込んだ豚肉と白菜がいい匂いを放っている。
「そんなことよりもう食べて食べて」と、取材中もせわしなく台所と店を行き来しながら、その合間に酢豚だの野沢菜だのたくあんのぬか漬けを供され、ずらりと並べた日本酒を勧める。

 一見の客にも外国人にも、誰に対してもサービス精神旺盛に対応。手作りのお茶菓子や漬物とともに試飲ができる彼女の店は、“もてなし上手のおかみさんがいる酒店”“温かな人柄で、話を聞くだけでも楽しい”と、ウェブサイトの口コミでも大人気だ。「フレンドリー」「ホスピタリティー」の文字が並ぶ英文も散見。酢豚や白菜をいただきながら、さもありなんと思った。

戦争に米と男手をとられ蔵をたたむ

 水がおいしい城下町の松本には、かつて4軒の酒蔵があったが、現在は住人の蔵のみである。ここで仕込まれる酒は、ハレの日というよりふだんの食卓に合うデイリーな親しみやすい味として知られる。
 歴史ある酒蔵は、彼女が嫁ぐ前、存続の危機があったという。

「戦中から戦後10年くらいまでが特に大変だったと聞きました。夫が2歳のとき、父親がフィリピン沖で戦死。戦争で米がないからお酒が作れないし、男を戦争に取られて働き手がいない。頼みの綱の祖父も夫が13歳のとき病死し、収入源が絶たれました。姑はしかたなく酒蔵の営業の権利を人に譲って休蔵したそうです」
 戦後14年目の1958年、ようやく酒造りを再開。復活蔵という。彼女が近隣の町から嫁いだのはその10年後のことだ。
 
 自身の母方の祖母の実家も酒蔵をしていた。「田舎育ちで何も知らない」と自称するが、裕福な家で育った彼女は23歳でいきなり酒蔵のおかみ修行をすることになる。とまどいはなかったのだろうか。

「杜氏(とうじ)さんや蔵人は住み込みの時代でしたから、従業員20人ほどに食事と、お茶は朝晩5回出した。忙しいけど楽しかったですよ。いろんな人生を背負った人がいて、そういう話を聞くのが好きでした」

 好奇心旺盛で明るい彼女なら、さぞ可愛がられたに違いない。では100歳で大往生した姑とはどうだったのだろう。

「そりゃあね、若い頃はストライキ起こして実家に帰ることもありましたよ。でもさんざん愚痴ると母が言うの。“あのお姑さまだから、お前はつとまっているんだよ”って」
 そして一晩泊まり、翌晩も泊まろうとすると夕食後に必ず父に言われた。
「きっと向こうの家で姑さまが困っとる。送ってくで帰れや」

 ストライキの要因は、「たいしたことじゃない」と笑う。
「台所を任されていたんだけど食費を1カ月1万円でやれと言われて。どんなに一生懸命やりくりしてもとてもそんな金額じゃあ一家でやっていけません。途方に暮れてるのに夫は飲みに行くし、お付き合いもある。私は配達行って、店番して、3食作ってたら、どうしていいかわからなくなっちゃった」

 つわりで寝込んでいても、容赦なく姑に「お茶にしないかねー」と呼ばれる。「お茶の用意をしてくれ」という意味だ。
 長野県民は手作りの漬物や煮物、果物をおやつがわりに実によく茶を飲む。従業員の分もとなれば、その用意も楽ではない。

「薪でお風呂を焚(た)いたり、事情で家にあまり帰れない杜氏さんを夕ご飯に呼んだり。ゆっくりする間はないけど、料理を作るのは苦じゃないの。今も赤かぶ漬けにちょっとハムを足してみたり、ひと手間加えるのが好きなんですね」

 どれほど聞いても笑ってこう答える。「そんなに苦じゃない」。
 同居をしながら育児や家業をこなしてきたこの世代の女性に共通した返答だ。初対面の人間に軽々しく辛かったと言えるほど、歩んできた日々は楽ではなかったからだと私は思っている。

もてなし満載の冷凍庫

 冷凍庫は蒸したさつまいもやむき栗、自家製トマトソース、皮を剥(む)いた生の里芋(このほうが旨味が増すそう)、干し柿などがぎっしり詰まっていた。店頭で試飲をする時のつまみや、急な来客、孫がきたときのおやつなど、どれも人をもてなし、喜んでもらうための食材ばかりである。

「干し柿は観光客の人には珍しいと思うから。ふかしたさつまいもにバターと砂糖を加えて練り、冷凍しておくと、急に孫が来たときなんかにワンタンの皮に包んでさっと揚げたらおいしいおやつになるんです」

 もちろん忙しい接客の合間に夫との食事の用意もするので、皮剥き冷凍野菜やトマトソースが時短に役立つ。
 日本酒のつまみ作りも手早い。
「日本酒はさしつさされつのあいまに、いろんな気遣いがありますよね。あ、相手のお酒が終わったなって思ったら注ぐでしょう。その心遣いがいいなあって」

 敷地の井戸水を店の前まで引き、10個目の井戸を新設して市民がいつでも飲めるように開放している。やわらかで舌触りが優しいと評判の水は、環境省が選定した平成の名水百選「まつもと城下町湧水群」のひとつに認定された。

 開放は、夫が「天の恵みをうちだけがもらっちゃあ申し訳ない」と発案した。彼女は当初、衛生面でもし何かあったら責任をとれないからと、異議を唱えた。
「でも、私がお金を出すからやろうとおばあちゃんが申し出て。いまは、車で水を汲(く)みに来る人もいて、みんなに喜んでもらえてすごく嬉(うれ)しいです。やってよかったなーって」

 家計には厳しかったが、どんなときも私利私欲を求めない姑を「けして意地が悪い人ではなかった。きっとお嬢様育ちで、世間を知らなかっただけなんです」と、述懐する。

 姑や家族の思い出がつまった台所は、現在ふたり暮らしにしては、物量が多い。だが、ゆっくり整理するのはもう少し先になるだろう。まだまだ酒屋の看板おかみとして、客が彼女を離しそうにない。

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    PROFILE

    大平一枝

    長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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