book cafe

<133>「むちゃ振り」に応じるのが楽しい 「喫茶サロン ことたりぬ」

三軒茶屋駅から下高井戸駅を結ぶ、東急世田谷線。2両の車両がゆっくりとした速度でコトコトと走る、約5kmの短い路線だ。三軒茶屋から2駅目の若林は昔ながらの商店街があり、入り組んだ路地の多い住宅街でもある。

「喫茶サロン ことたりぬ」は駅から北へ徒歩1分の交差点にあり、昭和レトロ感満載の年季の入った建物で、独特の存在感を放っている。2015年の夏頃にオープンしたが、いまだに「何の店かわからない」「何年も気になっていたけど、なかなか入れなかった」と言われるという。

店を切り盛りするのは、店主の弦間友裕さん(40)。店内には、一人での読書や仕事がはかどりそうな窓際の席、何人かで会話を楽しめそうな丸テーブル、いつまでも長居したくなるようなソファ席が適度な距離感で配置されている。壁面には本棚やさまざまな器が並べられた棚があり、古着がかけられたラックもある。本は昭和を感じさせる古い雑誌や小説、漫画などが揃(そろ)っている。気になる雑貨や古着が見つかったら、弦間さんに声をかけてみるといい。大半のものは購入できる。店で使っている家具や食器などを販売したこともあるという。

<133>「むちゃ振り」に応じるのが楽しい 「喫茶サロン ことたりぬ」

本は自由に閲覧でき、一部は購入も可能。本好きな弦間さんの蔵書をベースに、古本として仕入れたもの、客が置いていったものなどが並べられている。

この店のことを、“昭和の雰囲気が色濃く感じられる、アンティークカフェ”と端的に説明したいところだが、弦間さんに言わせると、「コンセプトは全然ない」。特に理想があったわけではないというのだ。

そもそも弦間さんはカフェをやることを考えていなかった。かつては広告代理店などでデザインの仕事をしていたが、業界の体質が肌に合わず辞めてしまった。その後は、警備員など全く異なる職種に就き、「バーをやりたい」と言い出した知り合いの男性の手伝いなどをしていたという。

ある時、仲間うちで、共同で事務所を借りてデザインや店舗プロデュースをする話が持ち上がる。弦間さんが中心となって物件探しなどを進めていたが、仲間はそれぞれの事情で離れてしまい、最後は弦間さんだけになった。

「思った以上に安かったとはいえ、一軒家をまるごと借りてしまったので、カフェでもやろうかと」

というわけで、弦間さんはデザイナーの仕事を請け負いつつ、カフェをやることになった。まずは古びた家具や雑貨、古本などを並べ、少しずつ体裁を整えていった。気分に任せて1カ月ごとに内装をいじっていた時期もあるという。

<133>「むちゃ振り」に応じるのが楽しい 「喫茶サロン ことたりぬ」

「デザイナーって、素材を渡されて、諸条件や予算など制約のある中でどうやって最適なものを作るかが仕事。アーティストではありません。この店で言えば、リサイクルショップで見つけたり、人から譲り受けたりした雑貨や本などをどう並べて、どう組み合わせるか。うまく整合性を取るのがデザインなんです」

テーブルに置かれたメニューを見ると、ドリンクやフード類の他に「出前も取れます(別会計)」「持ち込みや材料があれば出来るものは作ります」と書いてある。また、「名刺を作る」「フィルムカメラを知ろう」「金繕(つくろ)いをしてみよう」「アートを学ぶ」といった各種ワークショップの体験メニューも記されている。要するに何でもありだ。「カフェだからこうあるべき」と決めつけたくはなく、弦間さんが自分にできることは何かと考えた結果でもある。

「コーヒーに関しては、もともと自分が好きなのと、下北沢の『トロワ・シャンブル』という喫茶店で働いていたことがあるので、きちんと淹(い)れています。他の飲みものや食べ物はお客さんに言われて作ったもの、ワークショップは1回以上やったことがあるものを書いています。ただし、メニューはしょっちゅう変わりますけど」

<133>「むちゃ振り」に応じるのが楽しい 「喫茶サロン ことたりぬ」

メニューやワークショップの項目が増えていったのは、客からのリクエストがあり、デザイナーで絵を描き写真も撮る弦間さんがそれらのニーズに応えることができたから。

「僕に特にやりたいことはなくても、お客さんにやりたいことがあればそれに応えます。デザイナーってクライアントから相談を受け、求められるものを作るのが仕事。逆に何もおっしゃっていただけなければ、僕からは何もできないですから」

だから、現代美術作家のナカムラマサ首さんが「ここで展覧会をやりたい」と言い、展示のために店の中のものを一時的に撤去して2日かけて改装した時も、弦間さんは面白がって受け入れた。また、店の近所でプロモーション用のスチール撮影をしていた人たちが、急な雨で店に入ってきて、「雨が降ってきたから、店の中で撮影してもいいですか?」と言われた時も快諾した。むしろ「想像を超えたむちゃ振りを待ち望んでいるくらい」と笑う弦間さん。

<133>「むちゃ振り」に応じるのが楽しい 「喫茶サロン ことたりぬ」

「お店って自分が作ったものをかたくなに守るよりも、相手に合わせていった方が、儲(もう)かりはしなくても存続くらいはできると思っています。あとは楽しみながらやることですかね。僕は仕事で散々苦しい思いをしてきた経験があるので、苦しいことなんてする必要はないし、今はそんな時代じゃないと思っています。ここは儲かってはいないけど、僕は我慢しなくて済む程度にギリギリながらも生きているし、楽しめていますから」

弦間さんが楽しみ、面白がりながら続けた店も、気づけば5年目になった。何をしてもいい、したいことがあればすればいい、という風通しの良さが心地いいサロンを形成し、人々のくつろぎの場となっている。

<133>「むちゃ振り」に応じるのが楽しい 「喫茶サロン ことたりぬ」

■おすすめの3冊

『Visual tour guide longwalk旅ノート’89』(編/CBS・ソニーファミリークラブ)
「エスプレッソ」という旅行雑誌の5年の軌跡をまとめた一冊。「全国各地の名所を美しい写真と、読み応えのある文章で紹介しています。この雑誌のために50カ所以上もの各地を取材していて、今では考えられません。時間をかけてこんな雑誌を作ってみたいですよね。もう30年も経つのに、内容がさほど色あせていないところも魅力です」

『新語新知識 : 附・常識辞典』(編/「キング」編集部)
昭和9年1月号の雑誌「キング」の付録。当時の新語について詳細に解説。「戦前、戦中の新しい言葉の説明が書かれた辞書なのですが、どこを開いても楽しめます。当時は今よりも語彙(ごい)力が高く、現代でも通用する言葉が多くつづられていて、昭和9年のものだとは思えない! この本についていろいろ調べたんですけど、雑誌の付録なのでなかなか記録が残っていなくて。でも面白い本なのでぜひ開いてみてください」

『西遊記』(著/竹崎有斐、イラスト/白川三雄)
言わずと知れた中国の長編冒険小説。「このシリーズは僕が小さい頃に、本屋で発売されるたびに買い、4冊揃えたものです。これ、未だに楽しくて読み返しているんです。僕は無宗教なのですが、京都で華道の修行をしていたことから、仏教思想に影響を受けています。改めて読み返すと、その原点はこの本にあったのではないかと思うのです。子ども向けにわかりやすい解説つきで、ユルい雰囲気の絵もまたいい味を出しています。白川三雄さんのイラスト、とても好きなんです」

    ◇

喫茶サロン ことたりぬ
東京都世田谷区若林5-6-11
http://talc-p.com/cototarinu/

(写真・山本倫子)

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

おすすめの記事

  • 深夜まで人が集まる一軒家カフェ 「珈琲杖」

    深夜まで人が集まる一軒家カフェ 「珈琲杖」

     東京都・杉並区

  • 49歳会社員が始めた、猫と共存する本屋 「Cat’s Meow Books」

    49歳会社員が始めた、猫と共存する本屋 「Cat’s Meow Books」

     東京都・世田谷区

  • 研究者気質が光る味 神保町の隠れ家「眞踏珈琲店」

    研究者気質が光る味 神保町の隠れ家「眞踏珈琲店」

     東京都・千代田区

  • >>book cafeまとめ読み

    PROFILE

    吉川明子

    兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
    https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
    https://note.mu/akikoyoshikawa

    <132>住まいのプロが作るくつろぎ空間 「le builds café」

    一覧へ戻る

    <134>「自分に優しい職場」を作ったら 「本とメイドの店 気絶」

    RECOMMENDおすすめの記事