鎌倉から、ものがたり。

4代続く味噌屋の麹菌からの贈り物 ベーカリー&カフェ「kamakura 24sekki」

鎌倉駅西口から、市役所通りをまっすぐ梶原方面へ。途中、トンネルがひとつ、ふたつ、みっつ。その暗い空間を抜けるたびに、谷戸の気配が色濃くなり、時空を超えるような不思議な感覚に陥っていく。 

 瀧澤智美さん(61)が営む「kamakura 24sekki」は、みっつめのトンネルを抜けた先、源氏山の南側に、ひそやかに、やさしくたたずんでいる。

 営業は金、土、日の週3日。開店時間になると、食パン、バゲット、カンパーニュと焼きたてのパンが店頭に続々と並べられていく。いずれもシンプルでありながら、材料と製法を選び抜いた品々だ。

 北海道産の小麦粉を主に、レーズンやナッツ、ふすま(小麦のぬか)、豆乳などは、JAS(日本農林規格)や海外認定オーガニック、もしくは自然栽培で生産されたもの。パンの発酵種は、自然栽培玄米につけた蔵つき麹(こうじ)酵母。しかも、もとになる麹菌は、化学的に培養されたものではなく、福井で4代続く味噌屋さんの蔵からとった天然の麹菌。もちろん、化学調味料、人工添加物は使用していない。

 木のぬくもりを感じるカフェでは、それらのパンやサンドイッチ、スープ、飲み物が味わえる。スープとサンドイッチにたっぷりと使う野菜は、固定種・在来種のタネを無農薬、無施肥の自然栽培、または有機栽培で育てたもの。全品、肉・魚・乳製品・卵・砂糖は不使用で、ベジタリアン、ヴィーガン、マクロビオティックを実践している人も、安心して食べることができる。

 カフェに座り、庭先に目を向けると、ガラス戸の向こうではミツマタの花が満開。テーブルの上に飾られた水仙からは、春告げの香りがただよい、心がほっとほどけていく。

 行き届いた目と手。それでいてさりげない空間に、瀧澤さんのしなやかな意思を感じる。

「いえ、ここまで紆余曲折の道のり。そもそも自分が店を持つこと、ましてやパンを焼いて、ひとさまに食べていただくことなど、まったく考えてもいなかったのです」

 落ち着いたたたずまいの瀧澤さんから、ちょっと意外な言葉が返ってくる。

 1980年代に新卒でプレス(広報)の仕事に就いた。バブル期の当時、プレスは消費文化の先端を行く仕事。しかし、浮かれた光景にものたりなさを覚え、次にキュレーター(美術学芸員)をこころざして、大学に再入学した。大学院まで進み、美術史を学んだ後は、専門学校で建築も勉強した。

 ところが、卒業のタイミングがバブルの終わりと重なった。建築の仕事には就けず、IT関連のマニュアルや契約書などの翻訳コーディネーターに。毎日、帰宅は終電という多忙さに心身が疲れ果て、やがて片頭痛で薬が手放せなくなった。

 これではいけない、根本的に生き方を変えなければ……葛藤の中で探りあてたのが、身体と健康の関係を重視し、野菜や穀物を食生活の中心にもってくる食事法だった。

「ワラにもすがる思いで取り組んでみたら、3カ月で体調を取り戻せたんです。人は食べ物でできている。そのことを心の底から実感しました」

 その後、会社勤めを続けながら、野菜と穀物を中心にした食の研究に取り組んだ。その一環として、山梨にあった天然酵母パンのベーカリーに住み込みで修業に入ったときに、24sekkiの開店につながるインスピレーションを得た。

「そこでの師匠が、古式製法でつくる天然麹からパンをつくっている方だったんです。その麹は、福井の味噌(みそ)屋さんが蔵についた麹菌からつくる天然のもので、生命力にあふれ、パン生地が発酵したときの香りがすばらしかった。私はすっかり魅せられてしまい、自分もこういうパンを焼きたい、カフェをやりたいと、思いがわきあがってきたのです」

→後編に続きます

kamakura 24sekki
神奈川県鎌倉市常盤923-8

>>フォトギャラリーはこちら ※写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます。

おすすめの記事

  • パン屋やってみる? 崖上の古民家カフェ「山の上ベーカリー」(前編)

    パン屋やってみる? 崖上の古民家カフェ「山の上ベーカリー」(前編)

  • あこがれの、映画と本とパンの店「シネコヤ」

    あこがれの、映画と本とパンの店「シネコヤ」

  • 32歳、三浦半島で小麦を育て、製粉してパンを焼く。「充麦」

    32歳、三浦半島で小麦を育て、製粉してパンを焼く。「充麦」

  • 「鎌倉から、ものがたり。」バックナンバー

    >>地図で見る

    PROFILE

    • 清野由美

      ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

    • 猪俣博史(写真)

      1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

    淹れたてでも、冷めてもベストバランスを 半地下の手作り空間「SJO COFFEE」

    一覧へ戻る

    生きている実感が湧いてくるサンドイッチとスープを食す ベーカリー&カフェ「kamakura 24sekki」

    RECOMMENDおすすめの記事