明日のわたしに還る

荻上直子監督×笹川美和さん「集中して、費やして、犠牲にするものがあって。苦しい思いをしないとダメなんです」

2人のクリエーターがともに一つの映像作品を生み出した。映像作品「ぜんぶまるごと」は、わが子のぜんぶを包み込むような温かさ、そして食卓を囲む家族の笑顔にあふれている。映画監督の荻上直子さんとシンガー・ソングライターの笹川美和さんが、これまでの道のり、生みの苦しみ、そして初のコラボレーションについて語り合う。
(文 中津海麻子 写真 馬場磨貴)

笹川さんの歌詞は、ときに神がかっているような包容力を感じることがあります(荻上)

―― 今の仕事につながる「原点」をお聞かせください。

笹川 小学2年生のときにピアノ教室に通い始め、小学校6年生の頃には作詞作曲をしていましたが、誰に聞かせるでもありませんでした。音楽を仕事にしようなんて考えたことはなく、本を読むのが好きだったので作家になりたいなとか、母の影響で遺跡が好きで考古学者もいいなとか、そんな夢を抱いていました。

そんな中、高3の夏休みにモスバーガーへ行ったとき、たまたま母がクリスマスソングのコンテストのチラシを手にして「送ってみたら」と。副賞に目がくらみ(笑)、応募してみたのです。それがグランプリをいただいて。短大への進学が決まっていたので、学業優先の形でインディーズからデビューすることになりました。

荻上直子監督×笹川美和さん「集中して、費やして、犠牲にするものがあって。苦しい思いをしないとダメなんです」

笹川美和(ささがわ みわ)
1983年生まれ、新潟県出身。シンガー・ソングライター。2003年にavex traxよりシングル『笑』でメジャーデビュー。シングル9枚とアルバム4枚をリリース。その独創的な世界と歌声が話題を集め、数々のCMやドラマの主題歌に起用される。2003年のデビュー以降、言葉を紡ぎ出すストーリーテラーな面と経験を歌に昇華することから、エッセイスト的シンガーソングライターとして唯一無二の楽曲を生み出している

荻上 私は高校時代に写真を始めました。写真の勉強をしようと大学に進むと、周りに自分よりうまい人がいっぱいいて、写真で勝負するのは無理だと思い知らされて。映像を学ぼうとアメリカの大学に留学しました。私が滞在中の1990年代はハリウッド映画がものすごく勢いがあり、おもしろい時代でした。

撮影助手にでもなれたらいいなぐらいの気持ちだったのですが、脚本も編集も、監督についても、全部勉強させられました。私は笹川さんとは逆で理数系が得意で、まともな文章を書いたことがなかったので、絶対に脚本なんて無理だと思っていました。それが、講師陣が粒ぞろいでとても合理的に教えてくれたので、気がついたら1本書けていて、自信になったし、何より書けるってこんなに楽しいんだ! と。小説は文才が必要だけど、脚本は「登場人物が立った、座った」と事実だけを書けばいいと知って。

荻上直子監督×笹川美和さん「集中して、費やして、犠牲にするものがあって。苦しい思いをしないとダメなんです」

荻上直子(おぎがみ なおこ)
1972年生まれ、千葉県出身。映画監督、脚本家。千葉大学工学部を卒業後、南カリフォルニア大学大学院映画学科で映画製作を学ぶ。2000年、帰国。03年に『バーバー吉野』で長編映画劇場デビュー。その後、2006年『かもめ食堂』が大ヒット。新藤兼人賞銀賞、天草映画祭 風の賞など多数の賞を受賞する。他に、ベルリン国際映画祭マンフレート・ザルツゲーバー賞などを受賞した『めがね』『トイレット』『彼らが本気で編むときは、』などがある

笹川 そ、そうなんですか?

荻上 そうなんです(笑)。物語を作る力がないとダメだけど、文才は必要ない。どちらかと言うとパズルを組み立てる感覚に似ていて、数学的なので意外と向いているかもと。書くことが楽しくなってきたら、今度は監督をやってみたいと思うようになりました。

―― 笹川さんは長い間、新潟で創作活動を続けてきました。故郷にい続けたのはなぜ?

笹川 私は、何か言葉や景色と自分の思い出や実体験をリンクさせて曲を書くことが多いんです。生まれ育ち、長い時間過ごした新潟には、そうした曲を書くためのかけらがたくさんある。それが新潟を離れなかった理由だったのかなと思っています。今は私の中に蓄積されたものがあるから、新潟でなくとも曲が書ける。そう思えたので、昨年、拠点を東京に移しました。

荻上 笹川さんの歌詞は、ときに神がかっているような包容力を感じることがあります。ふるさとの自然と結びついているからなのでしょうか?

笹川 確かにものすごく田舎で、大自然の中で育ちました。ふるさとの自然は、自分の曲を書くためには必要な要素だったと思います。

荻上 そんな自然の中で育った女の子が最初に人前で歌ったときって、どうでしたか? 緊張した?

笹川 した……と思います。あまり覚えていないんです。18歳のとき、新宿のタワーレコードでインストアライブをやったのが初めてのステージだったのですが、インストアライブが何かも知らなくて(笑)。私、ライブの時はいつも裸足なのですが、実はそのとき緊張しすぎて足元がおぼつかなく、ヒールを脱いで裸足になったのがきっかけです。

代表作があるのはありがたい。でも100%だと思えたことが一度もない

―― 荻上さんは監督作品「かもめ食堂」(2006年)が大ヒットし、注目を集めました。ご自身を取り巻く状況などに変化はありましたか?

荻上 そうですね……。代表作として評価してもらえるようになったとは思います。ただ、代表作があるのはとてもありがたいことではあるのですが、もう10年以上前の作品なので、あまり「かもめ食堂」のことばかり言われると、正直もういいよという気持ちにも。そこにとどまっていても仕方ない。常に「次こそはいいものを作りたい」と思い続けています。結局、100%だと思えたことが一度もないので。

笹川 同じです。たとえばレコーディングで音がズレたとしても、技術的に音高を完璧に修正することはできる。でもズレたことを私はわかっているから、ライブでは完璧に表現しようと思うわけです。でも難しい。100%で歌えたことは、これまで一度もありません。次のライブこそはもっと、と思う一方で、100%完璧なんていうのは一生ないだろうなとも感じていて。

荻上 満足しちゃったら次に進めない気がしません?

笹川 もっと違う音が聴けるんじゃないかと思えることがモチベーションだし、楽しみでもありますよね。

荻上 当たり前のことですが、ちゃんと向き合わないといいものはできない。苦しい思いをしないとダメなんです。

笹川 集中して、費やして、犠牲にするものがあって。そこまでやらないと、浅いな、って。ちなみに、「かもめ食堂」の脚本を書いているとき、他の作品とは何か違いましたか?

荻上 脚本を書いているときは、いつもと同じでただ一生懸命なだけでしたね。でも、書き終わったときに「あ、これヒットする」と(笑)。

笹川 すごい! 私はそれがわからないんです。

荻上 わからないですよ。「これはおもしろいぞ」と思いながら書くことはあっても、ヒットするかはまた別の話だから。そこが難しいところです。笹川さんは1曲作るのに、どのぐらい時間をかけていますか?

笹川 すごく早くできる曲もあるけど、だいたいは2、3日ですね。あと、「いいな」と思っているものを1週間待ってみるとか。

荻上 なるほど! 熟成させる。

笹川 そう。歌詞はこっちのほうがいいかな、メロディーをもう少し足そうかな、とか。ずっと悩んではいるのですが、何かのスイッチが入って入り口が開くと、バーッと一気に書けたりします。

荻上 わかる。私も踏ん張って悩んで悩んで、降りてくるのを待ちます。

笹川 そう! 降りてきた瞬間から楽しくなってくる。ただ、そうやってできた曲を私の場合は私が歌います。荻上さんの場合は役者さんが演じるわけで、想像しない動きとかも出てきますよね? そこは考えて書いているのですか?

荻上 考えませんね。書くときは自分の頭の中だけで完結させる。そうして出来上がった脚本が、音楽やカメラマンの技術、演者の芝居によってまったく違うものになったり、自分の想像を超えてきたりしたときが、映画を作っていて本当におもしろいと思う瞬間です。

イメージとは違うところに着地したと思いました。もちろん、いい意味で(荻上)

―― 今回、ミツカンのブランド「ZENB(ゼンブ)」のプロモーションで、映像作品「ぜんぶまるごと」を荻上さんが脚本・監督、笹川さんが楽曲「あなたと笑う」を手がけられました。どのような流れで作品を作っていったのですか?

笹川 ブランドや商品のコンセプトをうかがい、さらに荻上さんの脚本を読んで、私が曲を作って。

荻上 そのデモを聴きながら、さらに脚本を練り上げて……と、やりとりしながら作っていきました。

笹川 音楽は映像を盛り上げる裏方だと思っていて、見えているその場面の後ろが広がるような力添えができたらいいな、と。ブランドや商品の魅力を伝える映像は荻上さんが作ってくれるから、私は見た人がもっと感情移入しやすいように、歌詞はわかりやすく、言葉数も少なく、と意識して書いたように思います。あとは、いつもはピアノの前に座って曲と詞、ほぼ同時に作っていくのですが、今回は鼻歌から作ってみたんです。初めての試みでした。いつもと違うやり方なので、だんだんと「いい曲だな」と思えるようになって。

荻上 実は私、もっとコミカルな方向を狙ってたんです。男の子のダメダメな感じとか、子育てにおける「あるある」をちょっとおもしろく、と。ところが、笹川さんの楽曲によって、描いていることは同じなのに感動路線になった(笑)。曲が持つ強さや包容力のおかげで、私のイメージとは違うところに着地したと思いました。もちろん、いい意味で。

積み重ねてきたことは無駄じゃなかったのかな(笹川)

笹川 私は結婚していないし子どもを育てたこともないのですが、若いときにはない感覚で歌詞を書いているように感じます。もしかしたら、それを強さや包容力として受け取っていただけたのかな。私自身は中学生ぐらいから成長していない気分なのですが(笑)、振り返ればそれなりに手痛い思いやら何やら経験を積んできた。年齢もそうですが、積み重ねてきたことは無駄じゃなかったのかな、なんて思いますね。

―― 今後、挑戦したいことがあればお聞かせください。

笹川 今年でデビュー17年目なのですが、なんとなく「私の音楽ってなんだろう? を見つめようキャンペーン」だと思っていて。曲作りやライブでの表現も含めて、それを見つけられたらいいなと思っています。

荻上 私は、今年中に映画を1本か2本撮るつもりです。前作「彼らが本気で編むときは、」から4年経ってしまっているので、4年分の思いをぶつけないと前に進めない感じがしていて。

笹川 新作、楽しみです!

荻上直子監督×笹川美和さん「集中して、費やして、犠牲にするものがあって。苦しい思いをしないとダメなんです」

左から荻上直子監督、笹川美和さん

■ライブ情報
笹川美和 Tour 2020 「万緑は短夜に躍る(ばんりょくはみじかよにおどる)」
笹川美和(Vo)、山本隆二(P)、名越由貴夫(G)
【東京】日時:5月22日(金)
 場所:大手町三井ホール
 Otemachi One Opening Event
【名古屋】日時:5月28日(木)
 場所:名古屋Blue Note
【大阪】日時:5月29日(金)
 場所:梅田TRAD

『LIVE in the DARK』
日時:6月26日(金)
会場:コニカミノルタプラネタリウム“天空”

チケット先行発売中。詳細はオフィシャルサイトをご確認ください。

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