鎌倉から、ものがたり。

生きている実感が湧いてくるサンドイッチとスープを食す ベーカリー&カフェ「kamakura 24sekki」

鎌倉市常盤にある「kamakura 24sekki」。店主の瀧澤智美さん(61)が、この店を開いたのは、2011年3月8日。くしくも、東日本大震災が起こる3日前だった。

>>「kamakura 24sekki」前編から続きます

東京生まれで横浜育ち。「鎌倉にご縁があったのですか?」と、人からはよく聞かれる。

「鎌倉は私にとって、なじみがありながら、特別な場所。鈴木清順監督の映画『ツィゴイネルワイゼン』の世界が好きで、その妖しいイメージを、舞台となった鎌倉にずっと重ねていたのです。夢と現実のあわいを行き来する『異界』の趣が鎌倉にはありますが、そういう雰囲気にひかれるんですね」

「古びることで美しくなるもの」への思いも深く、当初から店は古民家で行くと決めていた。しかし、折からの古民家ブームで、物件はなかなか出なかった。あるとき、不動産屋に案内されたのが、鎌倉駅から徒歩20分、築47年という木造の家だった。

「床も壁も天井も、なにもかもぼろっぼろで、持ち主の家具がまだ残っていたりもして。不動産屋さんと一緒に『あ、ここはないですねー』なんて、苦笑していたんです。でも谷戸のわびた雰囲気がなぜか印象に残り、いや、直せば悪くない、と思うようになり、やがて、あの家でやってみよう、と気持ちが変わっていきまして」

道路を隔てた向かいには、鎌倉の史跡「北条氏常盤亭跡」が広がっている。源氏山のハイキングコースに連なる、清涼な「気」に囲まれた一画だが、崖地に残るやぐら(墳墓)跡には、13世紀からの時間が重なった「すごみ」が宿る。中世と今を結ぶ、実にミステリアスな場所なのだ。

店づくりには、勉強した建築の知識が生きた。とはいえ、図面を描き、大工さんと一緒に工事中の現場に張り付くことは、はじめての経験。次々と発生する困難な状況に、「泣きそうになりながら」、それでもひとつひとつ、みずからの手で整えていった。

店名に使った「24節気」は、旧暦にもとづいて1年を24等分して、「春分」「夏至」など、季節の移り変わりをあらわしたものだ。瀧澤さんが学んだ、身体と健康の関係を重視し、野菜や穀物を食生活の中心にもってくる食事法で人間を自然の一部ととらえるように、私たちはまさに24節気のリズムで生命を刻んでいる。

「ここにいると本当に『啓蟄(けいちつ)』に虫が動きはじめ、『春分』とともに春が爛漫(らんまん)になっていくことを肌で感じます。庭のミツマタが咲きはじめると、裏山でウグイスのさえずりもはじまります。そこからメジロやシジュウカラなどの野鳥たちが、どんどん元気に歌うようになって、春は一帯が楽園のように変わっていくんです」

季節が変わり、8月も終わりになると、昼間のセミの大合唱が、夕には秋虫の音になり、幽玄の世界に変化するという。

「それがまた、能楽のクライマックスで、異界からの登場人物が、観るものをどこかに連れ去っていくような感覚に似ていて……」

瀧澤さんの話を聞いていると、その感性が、彼女を常盤の地に呼んだのだ、と思ってしまう。

どんどん広がる想像の翼を、現世の側に折りたたんでくれるのは、目の前のサンドイッチとスープ。小麦粉の滋養と、野菜の滋味を味わうと、いま、生きていることを、しみじみと感じる。

24sekkiをおとずれる人は常連が多く、「このパンでまた、次の1週間をがんばれます」と、瀧澤さんに声をかけていくという。まったく同感だ。繊細で力強いという両極の魅力が、瀧澤さんその人と重なっていく。

kamakura 24sekki
神奈川県鎌倉市常盤923-8

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    PROFILE

    • 清野由美

      ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

    • 猪俣博史(写真)

      1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

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