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<134>「自分に優しい職場」を作ったら 「本とメイドの店 気絶」

東京メトロ千代田線湯島駅すぐの天神下交差点。日暮れとともにネオンがともる界隈に「本とメイドの店 気絶」はある。ちいさなスナックが並ぶ雑居ビルの一角。ビル入口の片隅に「気絶」と書かれた額縁が置かれていた。

「スナックの看板にどんな文字があったら面白いかと考えた時に、“気絶”という文字が思い浮かんだんです」

 そう教えてくれたのは、舎長のかすやかずのりさん(45)だ。2019年4月にこの店をオープンする以前は、広告会社で社員教育やマネージメントをする立場として働き、フリーランスでデザインやコピーライティングの仕事をしていたこともある。しかし、かすやさんは働く人のやる気や労働時間など、いろんなものを知らず知らずのうちに“搾取”しがちな 社会のシステムに嫌気がさすようになったという。

「僕がいた広告業界では、すごく安い賃金で働かせる“やりがい搾取”を感じることがありました。僕は極端にストレス耐性が低い人間なので、“搾取”がなくて、満員電車に乗らなくてもよく、自分の好きなことや得意なことを組み合わせることで、まずは自分に優しい職場を作ろうと思いました」

<134>「自分に優しい職場」を作ったら 「本とメイドの店 気絶」

本とメイドを選んだのも自分が好きだから。店内に並ぶ本は、かすやさんが好きで集めて来たもの。少年、青年誌系を中心とした漫画やゲーム関連の本が中心だ。本をきっかけに客とメイドの会話が広がってほしいと考えてたくさんの本を置くことにした。サブカルが好きという共通点があれば、性別や世代を問わず大歓迎。店内は放課後の部室のような雰囲気で、客とメイドが一緒になっていろんな雑談で盛り上がっている。一方で、店内の本を読みたい人向けには、メイドが話しかけない「読書コース」を設けているが、初回はこのコースを選んだ人も、「やっぱりみんなとしゃべりたい」と再び来店する人が少なくないという。

店のスタッフをメイド風にしたのは、コスチュームやたたずまいが好きだったから。ただし、“萌え”は苦手なのだという。メイドがいる店というと、黄色い声で「ご主人さま、おかえりなさいませ」とあいさつされ……、といった図を連想しがちだが、それを好む人がいることは否定しないものの、かすやさんは“萌えの押し付け”のように感じていた。だから自分の店では、「“萌えがない”メイド」がいることを望んだ。会話は友だちのような口調で、声のトーンもいたって普通。服装も黒と白を貴重としたシックなロング丈の装いで統一されている。

スタッフがサブカル系の話ができることを条件にしたのも、自分がそういう場所を求めていたからだ。誰にでも、自分の好きなものについて話したい、聞きたいという欲求はあるはずで、かすやさんは、他の誰かにも喜んでもらえるという確信があったという。

実際、店の存在やコンセプトについて知られるようになるまで数カ月を要したものの、いつしか連日、常連客が集まる店になった。そのために欠かせないツールがツイッターだ。来店者の約9割がツイッターをきっかけに来店しており、山梨や長野、岩手などから毎週のように訪れる常連客もいる。また、約2割は女性で、女性一人の来客も多いという。彼女たちもまた、メイドたちとのサブカル系の話や日常的な雑談を楽しみに来ている。

<134>「自分に優しい職場」を作ったら 「本とメイドの店 気絶」

客として来た女性の中には、店のコンセプトや居心地の良さ、楽しさを体感して「ここで働きたい!」と名乗り出る人も。いまは約20人ものメイドが登録する。

「なかなか店に姿を現さない“レアキャラ”もいるので、稼働しているのは15~16人くらい。メイド服で接客する男性スタッフも3人います」

<134>「自分に優しい職場」を作ったら 「本とメイドの店 気絶」

スタッフに求めるのは、「自分が主役になろうとしない」ということ。アイドルのような存在として振る舞うのではなく、会話で客を楽しませることが大前提。そして、漫画やアニメ、ゲームなど、何らかのサブカルチャーが好き、歌が歌える、絵が描けるといった得意分野を持つ人でいてほしいという。

「顔も年齢も性別も関係なくて、ここでどういう話ができるかが大事。でも、自然とそういう人たちが集まってきて、楽しそうに働いてくれているのは僕にとっても喜びになっています」

<134>「自分に優しい職場」を作ったら 「本とメイドの店 気絶」

飲食ビルの居抜き物件だけあって、店内には昔ながらのスナックの雰囲気が色濃く残っている。そこに漫画がずらりと並び、メイドがたたずむ姿はギャップがあるが、それがまた店の魅力となっている。他の地域よりも賃料が安めで、手頃な居抜き物件が多いからという理由で湯島を選んだかすやさんだが、スナックという店のスタイルも気に入っているという。

「何歳でも働けて、スタッフや客に序列があまりなくて、毎日のように通ってくれる人がいて、凝った料理やお酒が作れなくても大丈夫。こんなスナックの特徴が、自分が目指しているものに近いなと思ったんです。ただし、人のカラオケを聞かなきゃいけない、タバコ臭いという欠点もあるので、カラオケなしで、店内は禁煙。共通の話題を楽しめることを重視しています」

今は店で得た利益をスタッフたちにもっと還元したり、新たな店をオープンさせたりするなど、次の目標に向かって動き始めている。

もともと「仕組みづくりを考えるのが好きだった」というかすやさん。ストレスなしに会話を楽しめる場所をつくることは、「働く」とは何かを自分の中で考え直すことだったという。“自分に優しい職場”が、他の誰かにとっても快適な空間になるならば、こんなに素敵なことはない。

<134>「自分に優しい職場」を作ったら 「本とメイドの店 気絶」

■おすすめの3冊

『スプラトゥーン イカすアートブック』(著・編集/週刊ファミ通編集部)
任天堂Wii U専用ソフト「スプラトゥーン」の設定資料集。「もともと世界観が異様に作り込まれているこのゲームが好きだったんですけど、この本を見て、予想以上に作り込まれていて感動しました! あのかっこよさはこれだけの作り込みによってできたものだという納得感がありました。一日中読んでも飽きが来ず、ずっと持ち歩いていてボロボロになったのでもう1冊買いました」

『新装版 度胸星 1~4』(著/山田芳裕)
人類で初めて火星に降り立ったNASAの宇宙飛行士たちから交信が途絶えた。救出に向かうべく選抜試験に集まった人々の中に、伝説のトラック乗りの息子・三河度胸がいた――。「宇宙飛行士ものといえば『宇宙兄弟』が有名ですが、それよりも前に描かれた漫画です。度胸が宇宙飛行士を目指すパートと、テセラックと呼ばれる謎の高次元生命体に関するパートが並行して進むのですが、このどちらもが面白い。そして高次元生命体の描写がめちゃくちゃかっこいい。でも残念なことに打ち切りになってしまい、ものすごくいいところで終わっています」

『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』(著/牧村康正、山田哲久)
日本アニメを代表する作品「宇宙戦艦ヤマト」の生みの親であるプロデューサー西崎義展。誰もが彼を「悪党」と評しつつも、愛憎が垣間見える。異質な存在に迫った本格的ノンフィクション。「生き様がとにかく面白い。悪びれもせず、かなりアウトなことばかりする。今ならきっと無理だろうけど、当時はまだ許された。その無頼っぷりは、あこがれはしないけど、すげーと思わせるものがあります」

    ◇

本とメイドの店 気絶

東京都文京区湯島3-46-6 TS 天神下ビル6F
http://roon.noor.jp/kizetsu/

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    PROFILE

    吉川明子

    兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
    https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
    https://note.mu/akikoyoshikawa

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