巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

芸術界の巨匠が、新進気鋭のアーティストに、1年にわたって1対1の指導を行うことで、才能を磨き、世界へと大きく羽ばたかせるきっかけをつくる――そんな取り組みを、スイスに本社を置く腕時計ブランドの「ロレックス」が、20年近くにわたって続けている。

プログラムの名は、「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」。建築、舞踊、文学、音楽、映画、舞台芸術、視覚芸術の各分野の第一人者(「メントー」=指導者)が、若手アーティスト(「プロトジェ」=生徒)と交流する機会を提供している。

2002年に始まり、これまでメントーに選ばれたのは、画家のデビッド・ホックニー、映画監督のマーティン・スコセッシ、ダンサーのウィリアム・フォーサイス、ミュージシャンのブライアン・イーノ、ジルベルト・ジル、建築家の妹島和世、舞踊家・振付師の勅使川原三郎など、錚々(そうそう)たる顔ぶれのアーティストたち。

第一人者から若手へと、世代や国境を越えて、芸術のバトンを渡していく。そのプログラムの成果を披露するイベント「ロレックス アート・ウィークエンド」が、2年に1度、世界の各都市を巡回しながら開催されている。第9回の今回(2018-2019年度)選ばれたのは、南アフリカ・ケープタウン。2月上旬の週末、200人以上の芸術関係者が世界中から集まったイベントに参加してきた。

東京からドバイ経由、飛ぶこと22時間でケープタウンに到着。さっそく、郊外の山のふもと、ケープタウン大学に隣接する「バクスター・シアター」に向かった。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

1976年に建てられた「バクスター・シアター」は、アパルトヘイトの時代にも自由な表現を貫き、活発な芸術の発信地であり続けた  ©Rolex/Reto Albertalli

間違いなく、キャリアの転換点になる――【舞踊】クリスタル・パイト&コウディア・トゥーレ

アート・ウィークエンドの幕開けを飾ったのは、セネガル出身のダンサー、コウディア・トゥーレ(33)と、メントーをつとめたカナダ出身の振付家、クリスタル・パイト(49)の交流によって生まれた作品「When the night comes」の世界初公開だ。

トゥーレと、彼女が所属するダカールのストリートダンスカンパニー「ラ・メール・ノワール」のダンサー3人が舞台に登場。スポットライトを浴びる4人の動きは力強く、肉体からほとばしるエネルギーが、舞台全体を支配する。ヒップホップをベースとしながら、他のダンスのスタイルや技術が組み込まれていることに気づく。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

「When the night comes」の世界初公開(2020年2月8日、バクスター・シアター) ©Rolex/Reto Albertalli

10代の頃、母国の首都ダカールでヒップホップに出会ったというトゥーレ。ヨーロッパへの旅から戻ると、セネガルの若者にプロフェッショナルなダンス教育の機会を与えることを目的としたプロジェクト「SUNU street」を、EUのサポートのもと立ち上げた。現在は、「ラ・メール・ノワール」の振付家、ダンサーとして活動している。

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コウディア・トゥーレ ©Rolex/Tina Ruisinger

一方のパイトは、コンテンポラリーダンスの第一人者ウィリアム・フォーサイスに師事したのち、バンクーバーを拠点としたダンスカンパニー「KIDD PIVOT(キッド・ピボット)」を主宰。振付家として話題性のある作品を次々と世に送り出し、近年では、パリ・オペラ座バレエ団や、英国ロイヤルバレエ団に作品を提供。権威ある賞を多数受賞し、高い評価を得ている。

異なった背景をもつ二人が、どのように「メントー&プロトジェ」として交流したのだろうか? トゥーレは、2年にわたる交流期間中、パイトと過ごすことによって、その想像力豊かで演劇的な作品世界を知ることができただけでなく、ダンスとステージングの仕組みや、ダンスカンパニーのあり方について学べたと語る。

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コウディア・トゥーレとクリスタル・パイト ©Rolex/Tina Ruisinger

「クリスタルは私に、新しいアイデアや違った見方など、様々なものを与えてくれました。間違いなく、私のキャリアの大きな転換点になると思います」と、トゥーレ。メントー&プロトジェの2年間は、10年分にも値するという。パイトも「学ぶ一番よい方法は、教えることです」と語る。形式は違いながらもダンスという共通言語を持つ二人が、刺激し合う。ステージ上で、互いへの思いを熱く語り、涙する姿に、築かれた絆の深さを感じた。

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ダンスを披露したあとで語る、コウディア・トゥーレとクリスタル・パイト(2020年2月8日、バクスター・シアター) ©Rolex/Reto Albertalli

知識を、惜しみなく次の世代へ――【建築】サー・デイヴィッド・アジャイ&マリアム・カマラ

建築の分野のメントー&プロトジェは、ガーナ出身の英国人、サー・デイヴィッド・アジャイ(53)と、ニジェール出身のマリアム・カマラ(39)。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

サー・デイヴィッド・アジャイ(左)とマリアム・カマラ ©Rolex/Thomas Chéné

アジャイは外交官の父を持ち、9歳のときに英国に移住。アートから都市生活までにわたる自身の幅広い関心を建築へと落とし込み、独創的な素材の使い方や大胆な設計方法で、同世代の第一人者に数えられている。2017年、タイム誌の「世界で一番影響力のある100人」に建築家として唯一選ばれ、サーの称号も授けられた――。

そんな輝かしいキャリアを持つアジャイが、メントーとして、カマラがニジェールの首都・ニアメで計画している新しい文化センターの建設プロジェクトに参加することを申し出たのだ。

「近年、ニジェールでは経済成長が進んでいます。都市の再構築に真剣に取り組まなければなりません。建築の力によって社会全体に利益をもたらしたいという思いが、私の原動力になってきました」と、カマラ。アジャイの申し出に驚いたそうですが、「建築家の真の使命は、変革をもたらすこと。その考えが共通していたから」と、アジャイは言う。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

ニジェールの首都、ニアメ ©Rolex

ニアメには、イスラム圏から旅してきた商人との交流から建築を進化させてきた歴史があったが、19世紀にフランスの植民地となってからは、その流れが断たれてしまった。街も、植民地として支配する側と、もともと暮らしてきた地元民の側に分断された。建築が、市民のための民主的な公共スペースをつくるツールになりえないだろうか? グローバル化によって都市の均一化が進む今、古くからの文化や歴史を尊重した街づくりができないだろうか? 住民が集まり、対話し、みなで未来を描ける場所を生み出せないだろうか? と、さまざまに思いを巡らせたという。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

カマラのプロジェクトに助言するアジャイ ©Rolex/Thomas Chéné

新しい文化センターは、誰でもどこからでもアクセスしやすい設計。素材には、何世紀にもわたって用いられてきた、伝統的な生土レンガを用いている。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

新しい文化センター ©Rolex

「21世紀は膨大な問題がありますが、カマラには、なにか希望のようなエネルギーを感じる」とアジャイ。カマラは「彼は、いつも思いがけない答えをくれる、よきアドバイザー。そして、言葉なしでも深くつながれる」とアジャイへの感謝を語る。積み重ねてきた経験や知識を、惜しみなく次の世代へと受け渡し、思いをつないでいくやりとりを目の当たりにした。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

アジャイとカマラ(2020年2月8日、バクスター・シアター) ©Rolex/Reto Albertalli

注目のアイルランド作家がコラボ 【文学】コルム・トビーン&コリン・バレット

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

コルム・トビーン(左)とコリン・バレット ©Rolex/Bart Michiels

文学の分野のプロトジェは、アイルランド人作家コリン・バレット(38)。アイルランドの地方都市に暮らす、鬱屈(うっくつ)した若者たちを描いた処女短編集「ヤング・スキンズ」が、英国ガーディアン紙のファーストブック賞をはじめとする3つの大賞を受賞するなど、いま注目の若手だ。

メントーは、ニューヨークをベースに活動する、同じくアイルランド出身の作家、コルム・トビーン(64)。

バレットはトビーンのアドバイスを受けながら、初の長編小説「イングリッシュ・ブラザーズ」を手がけることになった。アイルランド・メイヨー州の小さな町の3兄弟を題材に、21世紀における家族やコミュニティーのあり方について問いかける作品だ。トビーンも帰属や自己同一性といったテーマを関心領域としており、バレットにとってぴったりなメントーとなった。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

バレット初の長編小説「イングリッシュ・ブラザーズ」について語る、トビーンとバレット。二人のトークに先立ち、3人の南アフリカ人の俳優によって小説の一部が披露された。小説は、今年末か来年の初旬に出版される予定(2020年2月9日、バクスター・シアター)©Rolex/Reto Albertalli

交流期間中、バレットは、トビーンが講義するニューヨークのコロンビア大学や、毎年夏を過ごすスペインで、公開朗読会や、学生とのワークショップ、ディスカッションを行う機会を得たという。出身が同じでも、年齢や時代感覚は大きく異なる。しかし、ともに過ごすことで、バレットは、同じく新作を執筆中だったトビーンから、書く姿勢を学べただけでなく、サッカー談義するかのように、文学について話し合う男友だちのような関係を築くことができたという。

インド古典音楽とジャズ。打楽器が響き合う 【音楽】ザキール・フセイン&マーカス・ギルモア

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

ザキール・フセイン(左)とマーカス・ギルモア ©Rolex/Bart Michiels

「アート・ウィークエンド」を締めくくったのは、音楽の部門。米国人ジャズドラマー、マーカス・ギルモア(33)が、インドのタブラ奏者ザキール・フセイン(69)の指導のもと手がけた、オーケストラとドラムのための曲「Pulse」が初披露された。ギルモアがオーケストラの大作を手がけたのは、初めてだ。

舞台上に、ギルモア本人と、ケープタウン・フィルハーモニー管弦楽団、そして、2010-11年度の文学のプロトジェを務めたアメリカの詩人、トレーシー・K・スミスも登場。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

演奏に合わせて朗読する、トレーシー・K・スミス(2020年2月9日、バクスター・シアター)©Rolex/Reto Albertalli

重層的な楽団の音色と、ギルモアが繰り出す複雑なビート、スミスの朗読が見事に絡み合い、ひとつの世界が形成されていく。アフリカ系アメリカ人が、困難を抱えながらも希望を失わず生きてきた歴史をテーマとした曲に引き込まれた。

「メントーとしての私の目標は、才能あふれる若いミュージシャンを、ためらいのない境地へと導くことでした。その目標に到達できたのではないかと思います」。フセインがそう語るように、ステージ上には、経験のない領域に足を踏み入れ、自信を深めるギルモアの姿があった。

最後に披露されたのは、ギルモアとフセインの演奏。ギルモアの神業のドラムに呼応するように、フセインがタブラをたたく。二人がアイコンタクトで、ぴたっと音を合わせていく。表現の幅が広がったギルモアの演奏を、フセインが頼もしく見守っているかのよう。二人の超絶技巧のプレーを、息を止めて聴き入った。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

ギルモアのドラムとフセインのタブラが響き合う(2020年2月9日、バクスター・シアター)©Rolex/Reto Albertalli

ギルモアとフセインは、ともに偉大な音楽家を家族に持ち、子どもの頃から打楽器に触れてきたことで共通する。

フセインの父は、伝説的なタブラ奏者、アラー・ラーカ。フセインは幼少期からタブラの手ほどきを受け、12歳でプロとしての活動を始め、1970年にアメリカでデビュー。ハービー・ハンコック、ジョージ・ハリスン、ヨーヨー・マなどと共演、インド古典音楽の枠にはまらない幅広い音楽に挑戦してきている。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

ザキール・フセイン ©Rolex/Bart Michiels

ギルモアの祖父は、ドラマーのロイ・ヘインズ(95)。チャーリー・パーカー、ビリー・ホリデイ、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、セロニアス・モンクらジャズの巨星と共演してきた、“生きるレジェンド”だ。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

マーカス・ギルモア ©Rolex/Bart Michiels

そんな境遇の似た二人が交流を重ね、インド・ムンバイやモロッコで複数回にわたって演奏。「ハイレベルな奏者と1対1で関われたのは、夢のよう」とギルモアは語る。伝統を大切にしながら、可能性を広げる姿勢を教えるザキール。異文化同士でありながら、“リズム”という共通言語によって、メントーからプロトジェへとバトンが受け渡される。

アーティストの交流は続いていく

これまでメントー&プロトジェに選ばれたアーティストたちは、指導期間が過ぎても交流を続けている。メントーが主宰するダンスカンパニーに入団したり、メントーとともに作品を共同制作したりするなど、関係性が発展していくことも多いという。プログラムが創設されてから20年近く。アーティストのコミュニティーは、回を重ねるごとに規模が膨らみ、深みを増してきている。

ロレックスの創立者、ハンス・ウィルスドルフは、卓越性のあるものを支援し、知識を伝承していくという考えの持ち主だった。その精神を受け継ぎ、ロレックスでは時計製造だけでなく、スポーツ、環境、探検と芸術、文化など幅広い分野で多くの人をサポートしており、このプログラムものその一環だという。

2020-21年度の「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアヴ」は、映画、舞台芸術、視覚芸術、今回から新設されるオープンカテゴリーの各分野。メントーにアメリカ人映画監督のスパイク・リーなどが就任。プロトジェもこのほど決定した。

巨匠から新進気鋭へ、芸術のバトンを渡す 「ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴ」

メントーをつとめるスパイク・リー(右)と、プロトジェに選出された、同じくアメリカ人映画監督のカイル・ベル ©Rolex/Bart Michiels

これまでのメントーとプロトジェたちがどんな花を咲かせていくのか、また、次回の「アート・ウィークエンド」でどんな成果が披露されるのかが、楽しみだ。

(文/&編集長 辻川舞子、トップ写真/©Rolex)
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PROFILE

辻川舞子

1993年、朝日新聞社に入社。広告局(現・メディアビジネス局)に配属、ファッション業界などを担当。2013年の朝日新聞デジタル「&」の創刊から編集部員として携わり、2018年6月から編集長。

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