東京の台所

「東京の台所」はこの春、「東京の台所2」にリニューアルします。

大平一枝さんから、読者の皆様へ ~撮影者交代に寄せて~

私が撮影も担ったきっかけ

 2013年1月、&wの創刊とともに始まった『東京の台所』は、私が文章とともに撮影も担ってきた。書き手が撮るという手法は、書籍として企画した編集担当者の発案である。彼女は、学生時代『TOKYO STYLE』(文・写真 都築響一)に深い感銘を受けていた。私も好きで、京都書院とちくま文庫から出たものと両方持っている。また、各家庭の冷蔵庫の中身をひたすら写した写真集『冷蔵庫 ICE BOX』(潮田登久子 著)もふたりとも愛読していた。

 そこから「台所を切り口に、『TOKYO STYLE』のように書き手が撮って綴(つづ)る」というコンセプトが生まれ、私は初めて三脚や単焦点のレンズを買った。そんな写真に関して素人の状態で、ぼちぼちと取材活動を続けていた折、縁をいただき本サイトで連載が始まった。

 だから、写真に自信がない。6年間、その自信が回復することはなかった。連載中2度、見ず知らずのカメラマンから「あなたの代わりに私が撮ってさしあげたい」とメールをもらったことがある。私の写真はそんなにだめかと落ち込んだ。

「東京の台所」はこの春、「東京の台所2」にリニューアルします。

下手でも“その人らしさ”を

 しかし、205軒、番外編を入れると全233軒、自分の撮った台所はすべて、誰のものかわかる。取材した人の顔や家族構成、間取りが浮かぶ。執筆だけを担っていたら、そうはいくまい。うまくはないが、「その人らしさ」を写真で表現するにはどう撮ったらいいかには腐心した。その思い入れの結果だと思っている。

 ところが連載3年目あたりから、撮影のたび股関節が痛み、翌日の歩行に支障をきたすようになった。
 診断は、女性によくある変形性股関節症である。重い機材を持っての移動、地下鉄や取材者宅への階段の昇降がよくないといわれた。
 以来、リュック形のカメラバッグにしたり、三脚含め機材一式、軽量のものに替えたり、あるいはアシスタントをつけていただいたりと、&w編集部とともにチャレンジを繰り返してきた。

 現在も月2回の通院を続けるなか、半年間&w編集部と試行錯誤しながら出した結論は、新たに写真家にお願いし、私は執筆に専念するという『東京の台所』第二幕である。

本城直季さんのこと

 恐る恐るの打診を快諾してくださったのは、旧知の本城直季さんだ。彼とは2009年より住宅雑誌で、2本の連載の撮影者とライターとして組んできた。クリエーターのアトリエを訪ねるものと、著名人の書棚を訪ねるシリーズだ。

 彼の写真がいかにすぐれ、唯一無二のものであるかは私などが書くまでもない。さらに惹(ひ)かれたのは、食と健康に対する関心の高さ、心と体の関係を解明しようとする探究心の深さ、そしておそらくお母様を早くに亡くしているということに端を発する慈愛に溢(あふ)れたあたたかな家族観だ。
 3児の父であり共働きでもある彼は、夕食づくりを担当することが多いそうで、料理や栄養に関する雑談をよく交わした。

 あるとき彼から、近所に住む心身に不調のある妻の親戚に、顔色や体調を観察しながら時々手作りの煮込み料理や自分で焼いたパンを届けていると聞いた。その後、会うたび食事によって親戚の体調が好転していると、うれしそうに教えてくれた。
 そういう人が撮る東京の台所はどんなだろう。私はそれを見たいと思った。

四つの目

 撮影者交代に関し、本城さんは「東京の台所は僕には撮れない写真です」と言った。つぶやいた意味については、下記対談を参照願いたい。
 撮影者交代について長く悩んでいたが、それを聞いた友達の「そこまで東京の台所のことをわかってくださっている方がカメラマンとして伴走してくれるのは、奇跡なのではないかと思う」という一言で、心の霧が鮮やかに晴れた。

 本城さんという新たな表現者が加わることにより、取材はより深度が増し、私はこれまで使っていない別のエネルギーをさらに注ぐことができる。なにより、彼の眼差(まなざ)しを通して切り取った光景が、東京の台所に厚みと奥行きをもたせる。
 これからは四つの目で、とりつくろおうとしてもとりつくろいきれない台所という奥の院を通して、新しい心の物語をかたちにしてお届けしたい。

 205回まで、つたない写真にお付き合いいただき、ありがとうございました。
 206回目からは、私の文、本城直季さんの写真で『東京の台所2』が始まります。
 どうぞよろしくお願いいたします。

大平さんの取材撮影同行記『明日のわたしに還る』(&w編集部)

市井の「台所」を見つめ続ける。 大平一枝さん×本城直季さん

大平 本城さんとは、雑誌でクリエーターのアトリエを取材したのが、最初ですよね。毎号ご一緒したんですけど、インテリアの取材って、こういう写真が上がってくるんだろうなって思っていると、だいたいその通りに上がってくることが多いんです。だけど本城さんは全く違うアングルから撮っていて、すごく新鮮だったんですよね。市井の人の台所も、本城さんの目を通したらまた違う空間になるんだろうな、私の見えていないものを気づかせてもらえるんだろうなっていう期待がありました。

本城 そんなに意識して撮ってはいないですけどね(笑)。

大平 今回お願いするにあたって、この連載の写真の意味を初めて考えさせられた部分があって。というのは、打ち合わせのとき、本城さんが「ちょっとドキドキするなあ」「なんか緊張するなー」って何回も言っていたんですよ。こんなすごい人がなんで緊張するんだろう?と思ったら、「大平さんのようには撮れない」ということを言っていて。そのときはまだ言葉の意味をよくわかっていなかったんですけど、その後、「読者に寄り添ってる」「僕みたいな仕事してると、こういう写真撮れないんですよ」とも言っていたんですよ。

本城 やっぱり、より良いアングルをみつけようとしちゃいますから。僕は大平さんの連載を見せてもらって、すごくリアルだなって感じて。ドキッとするような写真っていうか、すごく生々しい。取材相手の表面的ではない部分に入り込んで、本当にリアルの生活が描かれてると感じました。

「東京の台所」はこの春、「東京の台所2」にリニューアルします。

大平 実は、本城さんに撮影をお願いするとき、1人だけ相談した人がいて。過去に連載にも出てくれた、出版社の知り合いなんだけど、この決断が良かったのかどうか迷ってるってメールをしたら、長い返信をくれて、いまも心にあるんです。

それは、まず「大平さんの写真が読者に寄り添ってるとわかっているカメラマンが撮ったら、もうそれで大丈夫だよ」って。しかも、本城さんみたいにすごい人が、あの連載がどういうものかわかってくれているなんて、あなたはもっと感謝しなければいけないって言われて。

もう一つは、撮影しない分はあなたの体が空くと。そのとき、書き手としてまた違うステージに上がるつもりで深めたら、それはいいことじゃない?って。本城さんが楽しんで撮ってくださるなら、あなたが迷うことはないんじゃない?って言ってくれて、心が晴れやかになったんです。ああそうだって。
本城さんは、どうして受けてくださったんですか?

本城 大平さんとの仕事は楽しいんで、最初から断るっていう選択がなかったんです。やるって言った手前、準備もしました。レンズを買ったりとか。

大平 えっ、そうなの?

「自分が出てしまう部分を、出来るだけなくそうと思った」

本城 レンズはとりあえず、単焦点。感覚的なものですけど、ズームのついているものではなくて単焦点で、パッパッと撮っていこうかなって。

大平 画角をあれこれ計算しないで、ライブ感みたいなものを大事にしたいと思った。

本城 そうそう。便利になっちゃうと、これはこう見せた方がいいなとか、写真の中に自分が出ちゃうんで。そういうのを出来るだけなくそうと思って、あえて単焦点でマニュアルフォーカスで。三脚も持っていかないですね。三脚を使っちゃうと、もっと考えちゃうから。「台所」の取材では自分の下手な部分をいっぱい認めて、それを出していこう、みたいな。そういうライブ感を入れた方がリアルになるかなと思って。あとは、いままでと変わっちゃうのがちょっと怖いなっていうのもありました。

大平 世界観ってこと?

本城 そうそう。やっぱり大平さんの写真が独特なんで。1人であれだけの荷物を担いでいって撮ってるっていうのは写真にも出るもので、まあ、ぶれてるのもあるし(笑)、画角の崩れ方とか、そういうのも全部もろもろ含めてね、いいと思うんですよ。それがおかしいって言うカメラマンがいると、わかってないって思いますね。まあ、頭でごちゃごちゃ考えてても、結局は自分です。自分は自分のやり方しか出来ないから。

「東京の台所」はこの春、「東京の台所2」にリニューアルします。

大平 私、自分の写真に関しては一回もいいって思えたことがなくて、いっつもコンプレックスだったの。でも本城さんにそれも味なんだって言ってもらって、自分の写真を正面から見ることが出来たっていうか、取材もすごく楽しくなった。もともと楽しかったんだけど、いままで以上に学ぶことがあるし、本当に「東京の台所」の第二幕だなっていう気がする。

本城 もう2回分取材していますけど、想像以上に面白いですね。正直、いままで大平さんと一緒にやった取材の延長かな、みたいに思っていた部分もあったんですけど、取材の深さもあるし、自分の興味ともすごいリンクしているし。なんか40代中盤に差しかかって、人生なんとなくわかってきたような気もしてたけど……。

2人 全っ然(笑)。

本城 話を聞いていても、自分の人生とすごい重ね合わせたりとか、いろいろ思い返したりとか。大平さんは単なる表面的な取材できれいにまとまりますねっていうのではなくて、背景もどんどん引き出していくから、こっちも「ああ、なるほど」って。

大平 本城さんが撮影してくださることで、私も話の方に深く集中できる。撮影のときはメモが出来ないから、前はわざとしゃべっていただかないようにしていたのもあって、インタビューと撮影を完全に分けていたんですね。だけど、いまは撮りながら聞けるし、そうすると深く話せる。ただ今度は、聞き過ぎて時間がどんどんオーバーしていっちゃう(苦笑)。

「扉を開けたら、開けた分だけ人生がある。それをシェア出来る」

本城 みんなしゃべりたいんですよね。本当に。しゃべってるうちに、自分の中で気づいていなかったことも、どんどん整理されていく。

大平 普通の人はなかなか自分の半生って振り返らないし、私としても「あなたの半生を聞かせてください」なんて言いづらいけど、台所はやっぱり雄弁ですよね。

本城 僕としては、大平さんがどんどんしゃべり、話が弾んでもらえるようにと思っていて。僕自身は無口なんで、不審に思われないように(笑)。

大平 えー、すんごいリラックスしてるじゃないですか(笑)。

本城 僕自身、食にすごく興味がありますし、普段なかなか見られないところをのぞけるっていうのは、楽しいですね。主夫目線でも、「あっ、こういうの使ってるんだ」とか、収納の扉を一つひとつ開けるのが、本当にワクワクします。

「東京の台所」はこの春、「東京の台所2」にリニューアルします。

大平 人のお宅の棚とか冷蔵庫の中って、なかなか見ることないですもんね。人によって収納しているものが全然違って、つり戸棚一つにも人間性とか生活とか、思想とか、哲学みたいなものがあったりするんですよね。本城さんのお宅も、今度取材しようよ。

本城 僕はマスオさんみたいに妻の家にいるんですけど、家のことはだんだん僕のテリトリーになってきて。

大平 奥さまもお仕事されてるから。

本城 ごはんも作ってますし、いろいろこだわる方です。だから取材のときは、食材とか調味料とか参考にしています。あっ、いいなって。

大平 引き出し開けて、「おおおー!」とか言ってるもんね(笑)。最初の頃、この連載の最大の敵はマンネリだなって思ってたの。芸能人じゃない素人の方のおうちに行って、フンフンって予定調和に書いて、撮ってしまうことだなって。だけど、全然そうじゃなくて、扉を開けたら開けた分だけ人生がある。それをシェア出来る表現者がもう1人増えたっていうのは、すごくありがたいなって感じます。

本城 東京には、本当にいろんな人が住んで暮らしていて、みんな一生懸命生きてるんですよね。そういう東京の深さを、僕自身もどんどん楽しみたいなと思いますね。

大平 今回、この連載における写真の意味をすごく考えさせられました。私は時代の記録みたいに思っていたけど、それ以上の、人柄とか人生を写しだすという魅力を再確認した感じがします。「東京の台所」がますますパワーアップしたらいいなと思っているので、読者のみなさんには、本当に期待して欲しいです。

     ◇

「東京の台所2」の初回は、4月22日の予定です。隔週水曜日に配信しますので、どうぞお楽しみに!

(&編集部 対談撮影・林紗記/構成・岡田慶子)
撮影協力/No Room For Squares

>>200軒を超える市井の台所を取材!「東京の台所」まとめ読み

PROFILE

  • 大平一枝

    長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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  • 本城直季(写真)

    1978年東京生まれ。現実の都市風景をミニチュアのように撮る独特の撮影手法で知られる。写真集『small planet』(リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。ほかに『Treasure Box』(講談社)など。

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