book cafe

<135>計画通りじゃなくても大丈夫 「古本と肴 マーブル」

東京メトロ東西線東陽町駅を降りて、江東区役所方面に少し歩くと、都営の団地が立ち並ぶ場所がある。その一角に、もんじゃ焼き屋や洋食屋、飲み屋などが立ち並ぶ路地が延びている。

「古本と肴(さかな) マーブル」も路地にある小さな店の一つだ。2月中旬のある日、店を訪れてみた。(編集部注:現在は一時休業しています)

ドアの横の大きな黒板に、体を伸ばした猫の絵が描いてあり、ここだとすぐにわかった。のれんのかかったドアをあけると、通路は人ひとりがやっと通れる広さ。右側は壁一面が年季の入った古本がびっしりと詰まった本棚。小説や人文系の本が中心だ。

店の半分くらい奥まで入ると、数人が横並びで立ちながら酒を飲み、楽しそうにしゃべっていた。カウンターにいた男性が、「ここ入ったら?」と間に招き入れてくれ、カウンター越しに立つ店主の蓑田(みのだ)沙希さん(38)も笑顔で迎えてくれた。

「たぶん13人くらいは入れると思うけど……」

と蓑田さんは言うが、10人も入るといっぱいいっぱい。それでも客たちは少しずつ間を詰めたり、「じゃあそろそろお会計して」と帰るなどしたりして、融通しあいながらこの場を楽しんでいた。

<135>計画通りじゃなくても大丈夫 「古本と肴 マーブル」

大学時代に国文学を専攻し、古書店めぐりや古本が大好きだったという蓑田さん。フリーランスで編集者をしており、「50歳くらいになったら古本屋をやりたい」と思っていた。編集プロダクションに在籍していたが、子どもを育てながら、この先もずっと働いていくことを考えた時に、「家で仕事ができたらいいのに」と願うようになった。

「ふと、年を取ってからじゃなくても、自分がいまやろうと思えば店はできるはず、と思ったんです!」

蓑田さんにとっては、「今は子育てもあるから、一段落したらいつかやる」ではなく、「やりたいなら今やればいい」という気持ちのほうが自然だった。むしろ子どもがいるからこそ、今までの働き方を見直し、好きに働いたらいいんじゃないかと考えたという。

夫との間で、当時住んでいたマンションの住み替え話が出たため、それならいっそ家を店にしてしまおうと考えた。物件を探していて出合ったのがこの場所で、飲食店が並ぶ一角だというのも気に入った。1階を店舗、2、3階を住居にリフォームし、念願の自宅兼店舗を実現させた。編集の仕事はフリーランスとして続けている。

「店をやることについて、夫は面白いことになりそうと思っていたようで、『別にいいんじゃない』という感じでしたね」

<135>計画通りじゃなくても大丈夫 「古本と肴 マーブル」

蓑田さんの頭の中には、以前から古書店と飲み屋という組み合わせが漠然とあったという。昔からよく通っていた高円寺の「コクテイル書房」の存在も大きかった。築100年の古い建物で、壁いっぱいの古本に囲まれながら酒やおいしい肴を食べられる、趣のある店だ。

「ただの飲み屋ではなく、古書店でもあるということが私にとっては重要でした。本屋って、特に買う目的がなくても自由に入れて、何も買わずに帰ってもいい場所。そこがいいと思っていたからです」

また、買い取りができるのも古書店にこだわった理由の一つだという。本を売りたいという地域の人と、本を介してつながりが持てるからだ。

「うちはブックカフェというよりは、古本屋で立ち飲みをやっているという感じです。本をただの飾りにしたくはないという気持ちもあるからです」

<135>計画通りじゃなくても大丈夫 「古本と肴 マーブル」

店の営業を始めたのは2018年5月のこと。基本的には月・木・金・土の午後7時頃から店をあけ、午後11時頃に閉店する。告知ツールはツイッターで、「今日は子どもが体調不良のため、臨時休業します」「編集仕事が立て込んでいるので、お休みさせていただきます」などと、当日になって休みを知らせることもたまにある。

「店舗用の物件を借りて店を開いていたらできないやり方ですよね。自分でやっているのだから、営業するかどうかも自分で決めていいだろうという開き直った気持ちは確かにあります。でも、辛い時やできない時があってもいいんじゃないかとも思うんです。こんなやり方で2年も続けることができ、通ってくださるお客さんがいることは本当にありがたい」

週4日、夜にしか営業しておらず、突然休むこともある。気まぐれな猫のような営業スタイルが、逆に客の興味をひきつけているのかもしれない。古書店でもあるため、自然と本好きや出版関係者が多く集まる一方で、地元の客も多いという。狭い立ち飲みスペースだからこそ、初対面でも気軽に会話を交わしやすいという利点もあるのだろう。実際、女性の一人客もよく訪れているという。

<135>計画通りじゃなくても大丈夫 「古本と肴 マーブル」

しかし、こんな憩いの空間も新型コロナウイルスの影響で、対応に追われることになる。感染拡大が深刻化した3月からは換気を十分に行い、利用は1時間までに制限し、土曜は休みにするなどさまざまな対策を試みてきたが、4月は様子見で店を休むことに決めた。

「ひとまず4月はお休みすることにしましたが、長く続くようであれば、今できることを考えて開きたいとは思っています」

2年間店を続けてみて蓑田さんが改めて思うのは、「自分がやろうと思えばできる!」ということ。なりゆき任せの連続で、今後どうなっていくかはわからない。あらかじめ計画を立てていたとしても、その通りに進むとは限らない。

「計画通りに行かないのが当たり前、くらいの気持ちでいたほうがいいのかもしれません。自分にできることを続けていければいいんだろうなと」

現在進行中の新型コロナウイルスの拡大感染にしても、半年前には誰にも予想できなかった事態だ。この店でもつい2カ月前までは、肩が触れ合う状態で楽しく酒を飲むのが日常だった。この先のことは誰にも分からない。それでも、そう遠くない日に再び、この狭い店内に笑い声が響く日常が戻ってほしいと願っている。

<135>計画通りじゃなくても大丈夫 「古本と肴 マーブル」

■おすすめの3冊

『物食う女』(監修/武田百合子)
小泉八雲、谷崎潤一郎、萩原朔太郎、宮沢賢治、志賀直哉、内田百閒、中原中也、夢野久作、吉行淳之介、安部公房など、そうそうたる面々が食についてつづったエッセイを集めた一冊。「文学と食のつながりをダイレクトに感じられる名作ぞろいで、私の大好きな一冊です」

『闇のなかの黒い馬』(著/埴谷雄高)
作家の埴谷雄高、唯一の連作短編集。夢にまつわる物語を9話収録。「私は大学時代に埴谷雄高を研究していました。なので、うちの店には埴谷の本がたくさんあります。埴谷といえば『死霊』が有名ですが、この作品はかなり詩的な内容で、すごく印象的な一冊です」

『ハムキャベツ』(編/ハムキャベツ)
原稿用紙約10~40枚の短い小説が5話収録された同人誌。「酒場で、1人で飲みながら読めるような小説が収録されています。それぞれの作品のなかに、確かな時間が流れていて、酒場のざわめきとよく合います。うちの店でも販売しています」

    ◇
古本と肴 マーブル(4月中は休業)
東京都江東区東陽4-9-4
https://twitter.com/sakinekoko

問い合わせはメール(oldbookmarble@gmail.com)でも受け付けている。

(写真・山本倫子)

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

おすすめの記事

  • グラス傾け本に酔う 女性店主の古本バル

    グラス傾け本に酔う 女性店主の古本バル

     東京都・杉並区

  • 出版社営業マンが始めた本との出合いを楽しむ空間 「余白」

    出版社営業マンが始めた本との出合いを楽しむ空間 「余白」

     東京都・新宿区

  • 東京&新潟、

    東京&新潟、”ダブルローカル”の利点を生かす自由空間 「gift_lab GARAGE」

     東京都・江東区

  • >>book cafeまとめ読み

    PROFILE

    吉川明子

    兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
    https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
    https://note.mu/akikoyoshikawa

    <134>「自分に優しい職場」を作ったら 「本とメイドの店 気絶」

    一覧へ戻る

    <136>“ふだんどおり”が一番大切 「COYAMA」

    RECOMMENDおすすめの記事