東京の台所2

〈206〉夫の急死を経て気づいた、日々の生活でいちばん大事なこと

〈住人プロフィール〉
会社員・47歳(女性)
戸建て・4LDK・京王井の頭線 久我山駅
入居9年・築年数約9年・長女(9歳)、次女(7歳)との3人暮らし

最後の味

 婚活の飲み会で知り合った2歳下の男性と36歳で結婚。2年後、出産を機に一軒家を購入した。1階が子ども部屋と寝室。2階にリビングダイニングと台所がある。

 母は完璧主義できれい好きだった。台所は自分のテリトリーという意識が強く、「子どもの頃はあまり手出しができない、ちょっと入るのを遠慮してしまう場所でした」。
 それだけに、新居に自分の城ができたときはことのほか嬉(うれ)しかった。

 「もともと料理が好きで、独身時代から刻んだり煮炊きすることがストレス解消でした。夫もすごいよく食べる人で、カレーやハンバーグ、肉団子、なんでもおいしいおいしいと言ってくれる。通路が広く、家事動線も効率よく何でも手が届く。日当たりの良いリビングに面したこの台所をみたとき、家族でワイワイご飯を食べているイメージがすぐに浮かんでひと目で気に入りました」
 共働きで、夫は家事も育児も進んでシェアした。料理だけは彼女の担当で、彼は、唯一具だくさん味噌(みそ)汁が得意だった。

 長女が4歳、次女が2歳のある夏の朝。
 「ちょっと頭が痛いから会社休むね」と夫が言った。
 「うん。じゃあ行ってきます」という会話が、夫と交わした最後になった。

 17時過ぎ、保育園から子どもと一緒に帰ると、階段を上がった先に夫が倒れていた。脳梗塞(こうそく)で、その3時間後、息を引き取る。

 「金曜に倒れて、土日にお葬式の打ち合わせ。月曜に出社して仕事を引き継ぎ、火曜がお通夜で、水曜が告別式。何が何だか分からないような状態で、泣いている暇はありませんでした。子どもを守らなきゃ。それだけ考えて突っ走りました」
 前夜、彼は野菜がたっぷりの味噌汁をつくった。5年経た今でも、「お父さん、お味噌汁つくってくれたよね」と、子どもたちはその味をしっかり覚えている。

〈206〉夫の急死を経て気づいた、日々の生活でいちばん大事なこと

いかに子どもと“ダラダラ”するか、に命をかける

 「私が泣いたのは通夜のときだけなんです」と彼女は振り返る。
 突然訪れた「死別」という大きな喪失から子どもたちを守らねば、私がしっかりしなければと気を張り続けた。
 亡くなってから6日後。
 保育園で、自身もシングルマザーである園長に、こう言葉をかけられた。

 「お母さんが泣かないと子どもも泣けないから、泣きたいときは泣いていいのよ」

 心のタガが外れ、気がつけば2時間、胸の内を吐露していた。
 これから子どもたちにどう接すればいいのか。どのような母親であるべきか。悩みの一つ一つに、子どもたちの個性もよくわかっている園長は、自身の経験を交えながらていねいにアドバイスをした。

 彼女は述懐する。
 「私は泣いていいんだと自分に許すことで、ものすごく楽になれました。そして子どものためにも、私自身がストレスを感じず、リラックスしていること。自分のケアこそが大事だと気づいたのです」

 そこから彼女の生活や生き方は、がらりと変わった。
 “きちんと家事と育児をこなして子どもを守ること”から、“家事はできるだけ端折って、いかに子どもと楽しく笑い合う時間をつくり出すか”に注力するようになったのだ。

〈206〉夫の急死を経て気づいた、日々の生活でいちばん大事なこと

時短とリラックスの多彩な工夫

 とはいえ、私から見れば見るほど彼女の毎日は“きちんと”している。
 21時に子どもと寝て、5時に起きる。外食より自分の料理が好きなので会社の弁当を作り、朝食のついでに夜のメイン料理を1品。会社から帰宅後はすぐ台所に立ち、超特急で夕食を作る。

 リビングには子どもと彼女の机がそれぞれあり、夕食までに宿題を終えた子どもは、ノートを彼女の机に置く。
 夕食は18時から。その間はテレビを点けない。夕食後は宿題をチェック。あとは子どもと一緒に絵本を読んだりおしゃべりしたり旅の計画を立ててみたり、“ダラダラ”過ごす。

 「いかにダラダラの時間を作れるか、それしかもう考えていません。料理中、計量スプーンをいちいち洗う時間も惜しい。だから2本ありますし、台所で子どもがまとわりついてきたら、キッチンばさみと食材をわたして“チョキチョキしよう”と、一緒に楽しんじゃう。そのためにハサミは3本あります。土日はずっと子どもとのんびりしたいから、シンクの背面に重曹やアルコールを常備し、平日料理をしながら掃除してしまう。だから週末の大掃除はしません。ご飯を作りながら翌日の分を1品作るのも、わざわざ週末に作り置き時間を設けたくないからなんです」

 彼女なりに、手を抜く時間のための工夫が満載なのだ。そして土曜日は「母公認ダラダラデー」と決まっている。テレビの前のローテーブルまで食事を運び、3人で『名探偵コナン』を見ながら食べる。ふだんは禁止している食後のポテトチップス、お菓子もOK。彼女はビール片手に3人で夜ふかしをする。

 あるとき、疲れて帰宅すると彼女の机に「お母さんへ」と題した長女からのイラスト付きのメモが置かれていた。
 絵は、足を投げ出し本を読んで笑っている母と長女。鼻ちょうちんで寝転んでいる次女の横に、ソファによりかかり腕を頭の後ろに組んでくつろぐ父が描かれていた。余白には大きく『ぐでぐでしようぜ』という鉛筆の文字。父が亡くなって5年経た今も、子どもたちの描く家族の絵には、必ず父親がいる。

 ついつい頑張ってしまう母への、素朴であたたかなメッセージだった。壁に大切に貼られたそれを見て、父は子どもたちの心の中にいつもちゃんといるのだなとわかった。

 カメラマンの本城直季さんと、本連載初めての撮影を終え、家をあとにした。あるきだすなり、もうすぐ三児の父となる彼は、開口一番言った。
 「すごくちゃんと子育てされてますよね。僕なんてまだまだだなって頭が下がりました」
 「うん。お子さんたちに会わなくても、いい子に育ってるって、あのメモ見ればわかるよね」

 子どもとゲラゲラ笑い合う時間を1分でも多く確保するために、たくさんの工夫で家事を乗り切る彼女の朗らかな笑顔を思い出しながら、私たちはいつまでも清々(すがすが)しくあたたかな気持ちに包まれていた。

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    • 大平一枝

      長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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    • 本城直季(写真)

      1978年東京生まれ。現実の都市風景をミニチュアのように撮る独特の撮影手法で知られる。写真集『small planet』(リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。ほかに『Treasure Box』(講談社)など。

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