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<136>“ふだんどおり”が一番大切 「COYAMA」

JR南武線・向河原駅から徒歩3分、武蔵小杉駅から徒歩10分の「COYAMA」(編集部注:現在は一時休業しています)。昨年5月のオープン以来、店主の奥真理子さん(31)は想像を超えた出来事に見舞われ続けている。まず、昨年10月に関東地方を襲った台風19号、そして現在進行中の新型コロナウイルス禍だ。

店があるのは築48年の木造の建物で、かつて「小山印刷所」という町工場兼住居だった。奥さんは印刷所を営んでいた夫婦の孫に当たる。以前は工場だったところにアメリカンプレスで淹(い)れたスペシャルティコーヒーなどを提供する「CAFE」、デザイン関連を中心にした本を取り揃(そろ)え、自由に閲覧できる(一部販売もあり)「BOOK」というスペースを作った。その隣にあった居間は、さまざまな展示やイベントを行える「GALLERY」に生まれ変わった。

<136>“ふだんどおり”が一番大切 「COYAMA」

カフェの営業は土日のみ、水曜は飲食物持ち込み可のワークスペースとして開放した。古い柱や天井、店内の随所に置かれた家具や棚には、歳月を経た温もりが宿っている。そこに、壁面の本棚や店中央のディスプレイ台、レトロな窓に面したカウンター席などをセンスよく配置。かつては物置小屋同然だったそうだが、そんな姿はもはや想像できない。

「ここをどう生かして、どう知ってもらうかを考えるのは楽しいもの。隠れ家的、といいようにとらえてもらえればうれしいです。本当は隠れたくはないんですけど」

そう笑顔で話す奥さん。住宅街の一角で決してわかりやすい場所ではないが、わざわざ足を運ぶだけの価値はある。とにかく魅力的な空間で、居心地がいいからだ。「店内を撮影してもいいですか?」という客が多いのもうなずける。店内に並ぶ書籍は、フリーランスの空間・ディスプレイデザイナーとしての顔を持つ奥さんの蔵書が中心。ビジュアルを多用した本が多く、棚を眺めているだけでも楽しい。

<136>“ふだんどおり”が一番大切 「COYAMA」

店を「BOOK」「CAFE」「GALLERY」の3つで構成したのは、どれも奥さんの好きなものだったから。また、目的が一つしかなければ足を運びづらいかもしれないけれど、本とコーヒーなど二つ以上の理由があれば来てもらいやすくなるのではないかとも考えた。

「あそこに何の店ができるんだろう?」と、オープン前から気に留めていた近隣の人たちが常連となり、SNSで店を知った人も遠くから足を運んでくれるようになった頃、一つ目の試練に直面する。昨年10月の台風19号だ。武蔵小杉周辺では林立するタワーマンションの一部が深刻な被害を受け、この店も浸水被害に遭った。

「念のため、本棚の下の方にあった本を避難させてはいたのですが、棚の下から2段分くらいまで浸水するとは思ってもいませんでした」

翌日、水が引いた頃合いを見計らって店に駆けつけた。椅子などが転がっていたものの、床に湿った泥が残り、陽の光を受けてキラキラと輝いていた。この時はきれいに掃除すれば再開できると思っていたが、読みが甘かった。

「調べてみると、壁の中の断熱材はカビだらけ。床も板を剥がして泥をかき出し、地面が完全に乾くまで待たなければいけませんでした。それに消毒も必要で……」

<136>“ふだんどおり”が一番大切 「COYAMA」

「小山印刷所」時代から使っていた家具やキャビネットなども捨てたくはなかったので、丁寧に洗って消毒し、乾かした。結局、復旧作業にかかったのは約3カ月。今年1月11日、ようやく再開にこぎつけた。

「近所の人も大変だったのに、『おめでとうございます!』って来てくれたのが本当にうれしかった。うちが再開したことで、周囲の人にも元気になってもらえたらという思いがあったのに、逆に励まされました」

「GALLERY」での展示も再開し、新しい企画の相談なども舞い込み始めた。ただ場所を貸すだけでなく、デザイナーとしての強みを活かしてPOPや告知ツールを作ったり、カフェでコラボメニューを提供したりと、店全体で盛り上がれる仕掛けづくりに一層力を入れるようになった。

4月4日からは初の試みとして「小山古本市」を始めた。これは、「古くて、懐かしくて、新しい」をテーマに、7組の古書店がギャラリー内に売場を作って選書した古書を販売するというものだ。4月上旬は換気や衛生面に配慮して続けてきたものの、緊急事態宣言発出後、このイベントを含め臨時休業を決めた。

「台風の時には遅々として進まない清掃と乾燥に追われ、今は先の見えない自粛で、何ができるのだろうかと考える日々。そんな中、“ふだんどおり”がいかに大切かを実感しています」

<136>“ふだんどおり”が一番大切 「COYAMA」

カフェの営業を休止後、SNSを活用した「オンライン古書市」は継続中で、次回の開催は本来の営業日だった4月25、26日。カタログ式の通販ではなく、来店を希望する客にツイッターやインスタグラムのダイレクトメッセージ(DM)で連絡をもらい、DMで1対1のやり取りをしながら、その日の売り場に並ぶ本を写真で案内する。「あの本をよく見たい」といった注文にもリアルタイムで応じ、客が購入した本は郵送ではなく「取り置き」に。店が再開した時、ここに遊びに来てもらうためだ。ヴァーチャル接客で本と客を続ける試みに、今できることを 少しでもしたいという奥さんの気持ちが現れている。

「台風被害を乗り越えて店を再開し、この空間をどう生かしていくか、デザイナーとしての経験をもっと活用できないか、といろんなことを考えていた矢先でした。でも、うちは『不幸が重なった店』ではありません。様子を見て必ず再開しますし、面白いと思ってもらえるような店作りはこれからも続けます」

世界中の誰もが先行きの見えない不安を抱える中、心の励みになるのは、「ふだんどおりの生活に戻ったら、これをしたい、あの場所に行きたい」といったささやかな願望ではないだろうか。この店も、ぜひ「行きたい」リストに加えておきたい。

<136>“ふだんどおり”が一番大切 「COYAMA」

■おすすめの3冊

『陰翳礼讃』(著/谷崎潤一郎、写真/大川裕弘)
谷崎潤一郎の名著『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』の世界観を美しいビジュアルで表現した一冊。「お店ではじっくり読む小説ではなく、視覚的なものを中心に置いています。なので今回紹介する3冊もそういったテーマで集めています。谷崎の『陰翳礼讃』はもともと好きなのですが、文章が小難しいですよね。今まで文章を想像で補っていたことがビジュアル化されていて、理解しやすくなっているのでおすすめです。もちろん谷崎の文章も楽しめます」

『グラフィックス×リノベーションでつくる こだわりのショップデザイン』(編/パイ インターナショナル)
さまざまな業種の店舗のコンセプト、ショップツール、施工データ、見取り図などを多彩なビジュアルとともに紹介。「お店って内装と連携してPOPや紙もののデザインを作ったりするものですが、実例がたくさんあって私も参考にしています。お客さんの中には、自分の店作りに興味がある人も多くて、そんな人にこちらの本をご紹介しています」

『WILDER MANN (ワイルドマン)』(著/シャルル・フレジェ)
ヨーロッパ19カ国で古来より継承されている仮装や伝統衣装を収録。「日本でいうなまはげのヨーロッパ版みたいな感じなのですが、すごく新鮮で神々しいんですよ。いろんな歴史や物語があるんですけど、解説を読まなくても写真そのものに不思議な魅力があり、想像力をかきたてられます。これはお店でも販売しています」

    ◇
COYAMA
神奈川県川崎市中原区上丸子山王町2-1314
https://coyama.net/

オンライン古本市はTwitterまたはInstagramで開催予定。

(写真・山本倫子)

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

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    PROFILE

    吉川明子

    兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
    https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
    https://note.mu/akikoyoshikawa

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