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<137>再開を待ちながら作り続けたカクテル 「BAR燐光」

神楽坂には、無数のバーが存在している。坂沿いにはもちろんのこと、路地裏や雑居ビルの一角などにも個性的なバーがある。

神楽坂下の路地裏にたたずむ「BAR燐光」もそのひとつ。山谷(やまや)頼子さん(33)が2019年4月から一人で切り盛りする。木を基調としたシンプルな空間は、柔らかな雰囲気。二重扉の外側のドアが開け放ってあれば営業中の印。4月7日からずっと閉じたままだったが、5月7日から短縮時間で営業再開を決めた。

「実は人としゃべるのがあまり得意ではなくて。当時はまだ行ったことはなかったのですが、バーで働いてみたら少しくらいは直るかもと思いまして。お酒のことを覚えたらどこかで役立ちそうというのもありましたけど」

<137>再開を待ちながら作り続けたカクテル 「BAR燐光」

少し低くて、耳に心地よく響く声の持ち主が山谷さん。かつては演劇の道を志していたが、「自分が表現できる店を持ちたい」と目標を変更、初めて修行したのが神楽坂のバーだった。

かつて泉鏡花や北原白秋などの文人が居を構え、今も出版関係者が多く集まる神楽坂の文化的な雰囲気に惹(ひ)かれるようになった山谷さん。いくつかのバーで修行を重ね、顔見知りの客が増えたこともあり、自分もこの場所で店を持ちたいと考えるようになった。

「はじめはカフェかなと思っていたんですけど、バーで働いてお客さんと接するのに慣れるとどんどん面白くなってきたんです」

この店を作る時、本棚を置くことははじめから決めていた。入口や店内の数カ所に本棚が設置されており、大半は山谷さんの蔵書。客が「読み終わったから」と置いていくこともあり、少しずつ増えている。

<137>再開を待ちながら作り続けたカクテル 「BAR燐光」

「本があると一気に自分が好きな空間になるような気がしたからです。自分の部屋のような居心地のいい空間で、お客さんにも本を読みながらのんびりしてもらいたかったですし。あと、本好きな人に来てもらいたいというのもあります」

青年コミックを中心とした漫画が多めなのは、山谷さんが好きだから。ちなみに店の一番人気は『ジョジョの奇妙な冒険』。文庫版の全シリーズや画集などを揃(そろ)えており、「ジョジョ」目当てで店を訪れ、じっくり読みふける人や、「あの場面がかっこいい!」と語る人がいるという。

<137>再開を待ちながら作り続けたカクテル 「BAR燐光」

本とともにどんなお酒を注文しようかと、クリップで留められた、シンプルなメニューをペラペラとめくってみる。すると、「金萓(きんせん)烏龍茶のジン&シトラス」「スパイシーラムチャイ」「ネパール山椒(さんしょう)とジンのカクテル」などといった個性的なカクテル名が並んでいる。ノンアルコールカクテルも充実しており、「文旦フィズ」「自家製スパイスビネガーのカクテル」「ローズマリーと柑橘のカクテル」などと、こちらも味の想像をかき立てられる魅力的な品揃えだ。

「私のバーテンダーの師匠が、やわらかい感じのカクテルを作る人だったので、その影響が大きいです。あと、茶葉やハーブを使ったドリンクに興味があって、これらを使ったオリジナルカクテルを作っています」

お酒が飲めない人にも気後れせずにバーを楽しんでほしいと、「ノンアル禁煙タイム」も設定。ノンアルコールカクテルのみの人はノーチャージ。お酒を飲みたくなった人は、もちろんお酒を頼むこともできる。お酒が好きだが、タバコが苦手という人も利用しやすい。

<137>再開を待ちながら作り続けたカクテル 「BAR燐光」

「お酒が飲めなくてもバーの雰囲気は好きというお客さんはそこそこいらっしゃると思うんです。また、お酒が飲める方でも子どもができて飲めなくなったとか、あまり飲める方ではないのでバーに行きづらいという方もいらっしゃるでしょうし」

店から徒歩10分のところに住む常連の女性も、この店のノンアルコールカクテルファンの一人。山谷さんがツイッターでカクテルの新作を発表するのをチェックしては、仕事帰りに寄り道するのが楽しみだという。

「ここはお酒が飲める人も、そうでない人もそれぞれ楽しめるのがいいですよね。飲んでいるものが違うだけで、マインドは共通だと思うんです」(常連客の女性)

店の造りがどことなくカフェに似た雰囲気なのも、お酒が飲めないけどバーには興味があるという人たちにとっては足を踏み入れやすいだろう。実際、女性の一人客も多いという。

「お酒が苦手とか、いかにもなバーの雰囲気が得意じゃないとか、いろんな人がいるはず。でも、ここがどんな人にとってもほっとできる場所になっているとうれしいですよね」
店がオープンして1年が過ぎ、新型コロナウイルスの感染拡大で状況は一変した。3月は営業時間を短縮したり、ノンアルコールカクテルのテイクアウトを行ったりしていたが、4月7日から休業。その間も、ツイッターに「落ち着いたら飲みに来てください」という一言を添え、オリジナルカクテルの写真を投稿し続けた。

<137>再開を待ちながら作り続けたカクテル 「BAR燐光」

5月7日からは、入店者の数を制限して営業を再開することにした。当面は14~16時を「ノンアル禁煙タイム」とし、19時に閉店。 山谷さんはマスクを着用し、来店客にもアルコール消毒や手洗いの協力を求めるなど、出来る限りの対策を講じる。

「バーもカフェも、なくなったところですぐに命が絶たれるものではないでしょう。でも、『なくても死なないもの』がどれだけ生活を豊かにしてくれていたかということが、いま痛いほど身に染みています。再開についてはかなり悩みましたし、まだ様子を見ながらの状態。開業間もない小さな店なので経済的な問題はあります。でも、私もそうなのですが、家にこもっていると気持ちがネガティブな方向に行きがち。そんな時、お客さまにはここで静かに本を読みながら好きなドリンクを飲んでほんの少しリフレッシュしていただき、先の見えない状況をなんとか一緒に乗り切っていければと思っています」

当たり前だと思っていた日常を失って、はじめてその尊さに気づかされる。不要不急なものによって、どれだけこころが豊かになっていたかということも。かつてのにぎわいが戻るまで、まだしばらくかかるかもしれない。でも、カウンターで飲む山谷さんのオリジナルカクテルは、きっと格別の味がするだろう。

<137>再開を待ちながら作り続けたカクテル 「BAR燐光」

■おすすめの3冊

『星を継ぐもの』(著/ジェイムズ・P・ホーガン、訳/池央耿)
月面調査員が真紅の宇宙服姿の死体を発見した。調査の結果、死後5万年を経過したものだったことが明らかになる。さらに木星の衛星ガニメデを訪れた探検隊が驚異の物体を発見。謎は人類の生い立ちへと広がっていく……。ハードSFの新星が放ったデビュー作。「兄が漫画版を持っていて、原作を読んでみたんです。はじめは難しいけど、じわじわと感動がくるんです。壮大でスケールが大きくて、伏線の回収も鮮やか。SF小説の金字塔です」

『宮沢賢治コレクション1 銀河鉄道の夜』(著/宮沢賢治)
宮沢賢治生誕120年を記念して筑摩書房から出版された全10巻の全集の第1巻。「『銀河鉄道の夜』に “燐光”という言葉が出てくるのですが、お店の名前もここから。大学時代の恩師が退官時によんでくれた『告別』という詩も好きで、宮沢賢治は思い入れのある作家です。この全集は全巻お店に揃(そろ)っています」

『スター・レッド』(著/萩尾望都)
23世紀末の地球に、火星で生まれた第5世代の火星人の少女がいた。しかし、夢にまで見た故郷に帰った時、大いなる災いが始まった。そこで少女が見たものは……。「私がSFにハマったきっかけはこの漫画。ここから萩尾望都さんのSF作品を一気読みしました。萩尾さんと言えば『ポーの一族』の印象が強いと思うのですが、実はガチガチのSFもよく描いていらっしゃってかっこいいのです。この作品は、ラストがすごく美しいところが大好きで気に入っています」

    ◇
BAR燐光
東京都新宿区神楽坂2-3YYビル
http://barrinkou.livedoor.blog/

営業時間の変更などについては店のTwitterでご確認ください。

(写真・山本倫子)

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

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    PROFILE

    吉川明子

    兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
    https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
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