上間常正 @モード

大人の着こなしバイブル、再刊。スタイリスト石田純子の本が、今なぜ新しい?

書店に行くと、幅広い年齢層の大人の女性の装いに向けた雑誌や単行本が、ますます増えてきているようだ。そんな中で、2011年に出版されたスタイリストの石田純子さん(64)が監修した『大人の着こなしバイブル』(主婦の友社)は、その草分けともいえる本だった。

発行からわずか1年足らずの間に9回の増刷を重ねて、売り上げは10万部を超えた。最近は入手困難な状態となっていたが、5月28日から新装版が発売される。新型コロナウイルスの影響で室内着への注目が高まっていることが背景にあるのだろう。

しかし、この本にはそれを超えて、ファッションの今後のあり方を考えるうえでも大きな存在価値があると思う。主な理由は二つある。

その一つは、内容が感覚的な言葉ではなく、具体的で分かりやすいルールの形で書かれていることだ。

石田さんは文化服装学院を卒業後、雑誌『装苑』(文化出版局)の編集部を経て、個人を相手にしたパーソナルスタイリストとしての経験を積んだ。この本は、石田さんが伊勢丹(現・三越伊勢丹)で社員向けのコーディネート研修をしていた時のやり取りを、毎回出席していた主婦の友社の編集者・浅野信子さんが書きためたノートが基になっている。

大人の着こなしバイブル、再刊。スタイリスト石田純子の本が、今なぜ新しい?

石田純子さん

スタイリストの仕事で最も肝心なのは、提案を相手に納得してもらうこと、そして、相手の言葉や反応のうちから何が本当なのかを見極めることだろう。一般的にファッションについての知識・体験はスタイリストの方が圧倒的に勝っているし、個人的なセンスや好みは千差万別なのだから、相手の同意を得ることは難しい。そうした難関を乗り越えるためには、まずお互いに同意できる点を基本的なことから積み上げていくしかない。浅野さんは「この本は、石田純子さんがスタイリストの仕事を通して培った知識と経験、感覚をより具体的に、できるだけ簡潔なファッションの法則として編集しました」と書いている。

本では最初に、大人の着こなしの基本ルールを四つに分けて解説している。

ルール1は「シルエットづくり」で、全体を細長の形にしたIライン、ウエストを絞ったXライン、なだらかに広がるAラインの三つの基本シルエットを薦める。加齢などで体形が気になるとルーズな服で隠そうとしがちになるが、石田さんは「逆に細長のIラインと小物使いや服の組み合わせで目立たなくする考え方の方が効果的なのです」と語る。

ルール2「色選び」では、色の明るさと鮮やかさを考慮した組み合わせで肌や顔色を明るく見せる工夫。

大人の着こなしバイブル、再刊。スタイリスト石田純子の本が、今なぜ新しい?

4年前に東京・月島に石田純子さんがオープンしたセレクトショップ「DUE deux」(ドゥーエ・ドゥ)で

ルール3では同じ色でも違う素材の組み合わせで軽快なリズムが生まれること。

ルール4は、最も肝心だと思われるバランスについて。バランスの良さとは安定感のイメージがあるが、石田さんはバランスを崩す基本テクニックを薦める。バランス感覚というのは、異なる要素が対立し合って一時的な均衡をかろうじて保っている状態にすぎない。だからこそ、そこに生き生きとしたインパクトが生まれる。

そしてそのバランスを保つには「街などで見かけた〝すてきな人たち〟をいつも観察してみる目を養うこと。どうすればよいのかの答えは、自分で見つけることです」という。

大人の着こなしバイブル、再刊。スタイリスト石田純子の本が、今なぜ新しい?

「DUE deux」の店内にはコーディネートに役立つユニークなアクセサリーなども多彩にそろう

この本が大きな存在価値があると考える二つ目の理由は、何よりも石田さんがファッションの楽しさを自らの経験によってよく知っていることだろう。それは、彼女自身の優れた共感能力やコミュニケーション力によるものだろうが、もう一つの背景もあるのだと思う。いわゆる団塊の世代やその子どもの団塊ジュニア世代は、20世紀後半の高度経済成長期が生み出した高級ブランドの華やかなファッションをさまざまな形で体験している。サステイナブルであることが重視される今ではあり得なくなっているとしても、ときめきを感じさせるような魅力があったのは確かだ。

石田さんの近著の一冊『おしゃれの魔法 18人の物語~おしゃれが上達する大人服』(主婦の友社、2019年)で登場する各分野で活躍している60~80代の〝読者モデル〟の女性たちは、同じ背景を共有している。そして石田さんも含めて、21世紀の新たな変化に向けたサステイナブルでエイジレスなファッションへの自分なりのバランス調整を、着々と続けているように思えるのだ。

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    PROFILE

    上間常正

    ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

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