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本当のニーズのありか。 あなたや私の仕事の価値は

本当のニーズのありか。 あなたや私の仕事の価値は

撮影/馬場磨貴

『ジョブ理論』

「理論」。この言葉には、どうしても堅苦しく難解なイメージがつきまとう。相対性理論、超ひも理論、ゲーム理論。その言葉は、世界の見方を変えるかもしれない甘美な誘惑と、どうせお前には理解できないから近寄るべからずという危険なオーラを同時に放っている。

今回ご紹介する『ジョブ理論』もそういった理由でおそるおそる読み進めたが、その心配は杞憂(きゆう)に終わった。本書には、難しい数式の類いは一切出てこなかった。むしろ私たちの毎日と密接に関係する、親しみさえ感じるような「理論」だった(それでいて世界の見方は少しだけ、確実に変わったのだった)。

「この本を『雇用』する理由」。本書は、そんな不思議な一文ではじまる。「雇用」という言葉に引っかかると思うが、それは後ほどご説明するとして、ここではいったん「購入」と置き換えて話を進めさせていただく。

この本を「購入」した理由。その問いかけは本書の核心部分につながる。私の場合で考えてみたい。身長179センチ、20代、男性、居住地は世田谷区、妻と2人暮らし、犬は飼っていない……私という人間の特徴を適当にあげてみた(こういった特徴はいくらでもあげられる)。

では、この特徴が私に本書を買わせたのかというと、答えは明らかに否である。「20代男性」が、「この本を買え」とささやいてきた記憶はないのだ。例えばあなたも、最近購入した本を思い浮かべてほしい。あなたの特徴が、その一冊を持ってレジに向かうようあなたに命じたのだろうか。

私たちが商品を「雇用」する理由

購入者目線に立った時に、この話は至極当たり前のように聞こえるかもしれないが、組織の中ではそのシンプルな真実が霧に隠れて見えなくなる。それが真剣に考えるべき問題だ。

あなたがもし出版社のマーケティング担当だったら、何から始めただろう。購入者を年代・性別で分けたヒストグラムの作成から着手しないだろうか。ターゲットは「30代男性」といったような特徴を切り口として戦略を立てないだろうか。「ジョブ理論」では、その方法を否定はしないが「足りない」という。

「ジョブ理論」は、人が商品やサービスを購入することに本質的に影響を及ぼしている(因果関係のある)ものは何かを探求する理論である。その要旨を一言でいうならば、人にはそれぞれ「片づけたいジョブ(用事・仕事)」があり、そのジョブを片づけるために私たちは商品やサービスを「雇用」する、というものである。

ジョブは私たちの毎日の中に頻繁に発生する。ささいなジョブ(行列に並んで暇をつぶす)もあれば、大きなジョブ(もっとやりがいのある職を探す)もある。突発的に発生するジョブ(タイヤがパンクしたので交換する)もあれば、定期的に発生するジョブ(毎朝娘のためにヘルシーな弁当をつくる)もある。いずれにせよ、私たちはジョブがあることに気づくと、何かを生活に引き入れて(雇用して)そのジョブを片づけようとする。

一つのケースとして紹介されるミルクシェークの話が面白い。

とあるファストフードチェーンが「どうすればミルクシェークがもっと売れるか」を考えた。値段を安くする、サイズを大きくする、味を変える……。典型的なターゲット顧客に直接アンケートするなど数カ月にも及ぶ調査もむなしく、どの施策も失敗に終わっていた。

そこで彼らは、来店客の生活に起きたどんなジョブがミルクシェークを雇用させたのか、と視点を変えて再調査を試みた。そうして分かったことは、より複雑な顧客像だった。購入者の間には性別や年代などの共通の人口統計的特徴があったのではなく、共通のジョブがあったのだ。

例えば、「朝の車での通勤中に、目を覚ましてくれて時間をつぶしてほしい」というジョブ。他にも、夕方来店する子ども連れの父親にとっては、子どもにミルクシェークを買ってあげることで「やさしい父親の気分を味わう」というジョブ。

前者には、より濃厚かつストローで吸ったときに驚きがあり飽きさせないようフルーツを入れるのが有効かもしれない。後者はもしかしたら、父親の罪悪感を小さくするためには、サイズは半分の方がよいのかもしれない。つまり、顧客像を平均化することで分析の方向が間違ってしまっていたのだが、ジョブを考えることでより精緻(せいち)に顧客を理解して、本当の意味で効果的な打つ手を考えることができたのだ。

沈黙する情報に耳を澄ます

『ジョブ理論』は、顧客のジョブにもっと目を凝らそうという。その着眼点は言われてみればシンプルなものだ。だが、多くの組織は不思議とそこに「着眼」できなくなるので、イノベーションを起こしたい組織ばかりのはずなのに、その大半がそれを果たせずにいる。

それはなぜか? 本書はそこまで踏み込んでいく。組織が霧に包まれて本当の顧客像を見失っていく理由も解き明かしていく。むしろそれがこの理論の神髄のように思えるほど興味深いのだ。

ここではすべてをご紹介できないのが心苦しいが、興味を持った方はぜひ本書を手に取っていただきたい。私たちの仕事は、売り上げや利益、購入者の属性データ、アンケート結果の円グラフのような、定量的で分かりやい主張の激しい情報に「対応」しつづけることで忙しい。

でも、「対応」よりも「想像」が必要なのかもしれない。ジョブのような、顧客の声なき声に耳を澄ませて、沈黙する情報から真のインサイトを得るのだ。

いまこの機会に、改めて自分たちの顧客のジョブに思いを巡らせて、私やあなたが提供している仕事の価値を再定義したい。きっとどんな仕事だろうと「やれることはまだまだあったじゃないか!」と思えるはずなのだ。私にとってこの理論は、そんな勇気をくれるものでもあった。

(文・中田達大)

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