花のない花屋

「お花見でもしませんか?」再婚して32年。外出できない彼を元気づける花束を

全国農業協同組合連合会(全農)では、新型コロナウイルスによる大きな影響を受けた花の生産者を支援する取り組みを行っています。その一環として、連載「花のない花屋」にご協力いただきました。

〈依頼人プロフィール〉
宮内美耶子さん 77歳 女性
神奈川県在住
主婦 

    ◇

私たち夫婦は、32年前に再婚しました。 当時、彼は52歳、私は45歳。彼は奥様をがんで亡くされてから10年間、男手ひとつで2人の子供たちを育ててきました。私は42歳でアルコール依存症だった元夫と別れ、2人の娘たちと家を出ました。

夫と出会ったのは勤務先の社内研修でした。私たちは同じ会社に勤務していましたが、大きな組織で職場も違い、それまで顔を合わせたことはありません。彼は研修所の担当者で、受講者が2人1組で行う課題で1人余った私と1時間ほどペアを組んでくれました。感じのいい人だなと思いましたが、私的な会話は特になく、職場に戻った後で、彼が働きながら1人で子育てをしていることを同僚から聞きました。

その1カ月後、本社の玄関でばったり再会して挨拶(あいさつ)したのが、今思うとご縁のきっかけだったのかもしれません。私は元夫との離婚が成立して引っ越すことになり、彼にも事情を書き添えた転居通知を送りました。しばらくして「お花見でもしませんか?」と電話が。彼の車で埼玉の長瀞あたりに出かけたのが最初のデートでした。

2年ほど交際し、お互いの下の子が20歳になった年に「じゃあ、結婚しようか」ということになりました。彼は下の子が幼い頃に「お父さんが再婚したら絶対に許さない」と言っていたのを気にしていたのですが、本人に確かめると「私、そんなこと言った?」。子どもたちもみな賛成してくれました。今では4人ともそれぞれ家庭を持ち、孫たちにも恵まれ、仲良くやっています。

私たちも、日々の散歩やドライブを楽しみ、海外旅行にもよく出かけ、健康な日々を過ごしていました。真面目で優しく、明敏な頭脳の彼は、運動神経も抜群。走るのも泳ぐのも得意で会社のボウリング大会で優勝したこともあります。定年退職後も毎日「エアロバイク」や腕立て伏せ、筋トレなどに励み、体力の維持向上に努めていました。

健康な老後を送っていたはずでしたが、80代になる前後から彼の物忘れが目立ち始めました。運転中に道に迷ったり、大型スーパーの駐車場で車の場所が分からなくなったり。子供たちの勧めもあり、車の運転は止め、認知症の検査を受けました。診断結果は、アルツハイマー型認知症。現在は要介護1に認定され、デイサービスに通いながら、私が在宅介護をしています。

運転を止めたことで活動量も減り、あんなに体を鍛えていたのに、いまではヨチヨチ歩きしかできなくなりました。技術畑出身でメカに強く、私にパソコンを教えてくれた彼ですが、もう1年以上パソコンは開いていません。

最近は嚥下(えんげ)機能も衰え、食も細くなりました。宅配の介護食と私の手料理で飽きないように工夫していますが、元々はとんかつやステーキが大好きな肉食系。介護食は魚が多いので、好きなものが食べられなくてかわいそうだなと思います。元気だった頃より体重は10キロ近く落ち、筋トレでカチカチだった二の腕やふくらはぎも柔らかくなってしまいました。

私は70歳から始めた写真撮影が楽しく、二つの写真クラブを掛け持ちして、介護の合間に仲間たちと撮影に出かけています。撮るのは自然の風景やお花。カメラを手にするといくら歩いても疲れないのが不思議です。彼に習ったパソコンで編集も自分でやり、今では、写真が私の唯一の気分転換となりました。

去年の春は彼を連れ出してバスツアーで富士山の近くの芝桜も見に行きました。でも、今年の春はコロナウイルスの流行もあり、どこにも出かけずじまい。家にこもりがちな彼は、季節の移ろいにも無関心になりました。

デイサービスに渋々出かける以外は、リビングのマッサージチェアでテレビを見ながらうとうとすることが増えました。関西人だけれど口数は少なく、言葉には出さないけれど優しい人。私もいつまで支えられるかわかりませんが、彼の大好きな家でなるべく長く一緒に過ごしたいと思っています。外に出かけられない彼を元気づけるために、野原のような気持ちが晴れやかになる花束をお願いしたいと思います。

「お花見でもしませんか?」再婚して32年。外出できない彼を元気づける花束を

《花材》コリアンダー、キャンディータフト、マトリカリア、カーネーション、シレネ(サクラコマチ)、アルケミラ・モリス、アスチルベ、ニゲラ

花束を作った東さんのコメント

野原のような気持ちが晴れやかになる花束をということで、摘んできた野花のように全体をまとめました。
やさしい柔らかい感じを出したかったので、丸いフォルムの器を使い、花は寒色系は入れずに淡いピンクのアルケミラ・モリスと濃いピンクのお花でグラデーションに。黄色のマトリカリアをアクセントに入れています。ちりばめた小花は、まるで宝石箱のようです。この花をみて、ご主人と一緒に野原を歩いているような気分になってもらえたらと思います。

「お花見でもしませんか?」再婚して32年。外出できない彼を元気づける花束を

「お花見でもしませんか?」再婚して32年。外出できない彼を元気づける花束を

「お花見でもしませんか?」再婚して32年。外出できない彼を元気づける花束を

「お花見でもしませんか?」再婚して32年。外出できない彼を元気づける花束を

(文・深津純子/写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み


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    フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

    「お花見でもしませんか?」再婚して32年。外出できない彼を元気づける花束を

    1976年生まれ。
    2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
    近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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    PROFILE

    椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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