このパンがすごい!

パンで季節を教えてくれる。花、果物、野菜……自然の恵みを酵母に/タロー屋【通販あり】

パンで季節を教えてくれる人がいる。タロー屋(さいたま市)の星野太郎さんだ。花や、果物、野菜など折々の素材から起こした酵母で作られるパンには、季節の香りがあふれる。

春、花が咲くようになると、タロー屋のメニューは一気に華やぐ。

「バラ酵母のフリュイ」は、むせかえるようなバラの香りの中に、オレンジや、レーズンなどドライフルーツの果汁が弾け、パレットをひっくり返したように風味はカラフルだ。

「八重桜酵母のコンプレ」から放たれる桜の香りは、あんぱんのそれとは少しちがって、もっとぼんやりとして厚みがあり、バニラに似た甘い香りにうっとりさせられる。

「カモミールのイングリッシュマフィン」から放たれる香りはハーブティーよりもっと生き生きとうつくしく、北海道産小麦をより甘美なものへと変えている。

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カモミール酵母のイングリッシュマフィン

これらのパンが並ぶ、春から初夏へと移ろっていく数カ月は、コロナウイルスが日本を席巻した期間と重なる。店主の星野太郎さんは、この時期をどんなふうに過ごし、なにを考えたのか。太郎さん自身が撮ったうつくしい写真とともに振り返る。

3月の下旬、緊急事態宣言が出る前にタロー屋は店を閉める決断をした。

「母が重病を患っていることもあり、コロナについては、武漢で流行した頃からずっと心配していました。ここは完全に住宅街なので、ここでもしなにか起きたとき、近隣の方にご迷惑をかけることになる。お店を閉めるべきかかなり悩みました。営業をつづけた近所のパン屋さんにはたくさんお客さんが入っている。お客さん、もう来てくれないんじゃないか。葛藤、戸惑いはありました」

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八重桜酵母のコンプレ

「自粛」を迫られた飲食店が売り上げを失い苦境に立たされる一方、タロー屋は「通パン」(パンの通販)に活路を見いだした。自宅に閉じこもる必要があって通販の需要が伸びた時期。従来週2日だった通パンの日を週3日に増やしたが、通パン開始時刻からわずか2分で完売することもあるほどの人気を博した。

「パンをお送りしたお客さんがはがきをくれたり、SNSでもたくさん投稿してくれました」

届いた箱を開けると、花々のうつくしい香りが飛びだしてくる。閉じた生活の中に風が吹き込むように感じられ、受け取った人が救われたことは想像に難くない。

小中高校が休校したことで、子供と触れ合う時間が増えたという。仕事の合間を縫って、小2になる子供の勉強を見て、ときには、密な場所を避けつつ、自然の中へ連れ出した。

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子供といっしょに捕まえたザリガニ

「見沼田んぼ(さいたま市の東側に残る貴重な農地・緑地帯)でザリガニ釣りをしたり、ホタルを見に行ったり、夕焼けを見に行ったり。子供が眠れないというので、夜中の1時にドライブしました。普段ならできないことができるのは贅沢(ぜいたく)。いい時間だな」

太郎さんは、浦和という都市の中にうつくしい自然を発見することの達人である。街や庭先で見つけた花々から取り出した香りをパンとして定着させるとともに、愛らしい姿は愛用のキヤノンEOSで写真に収める。それと同じ要領で、子供たちを自然の中へとナビゲートしているのだろう。

太郎さんは酵母を起こすための花や野菜などの素材を、自宅の庭で育てている。その可憐(かれん)な光景は、まさにエディブルガーデン(食べられる庭)の趣だ。

「店を閉めていた期間は、ちょうどバラがどんどん咲く季節でした。畑に植えるものを、(夏に出すパンに備えて)夏の野菜に切り替えていきたいが、母が病気になってから花を植えているので、やめるわけにいかない。植物に触れることが母のいまの生きがい。見守ることが親孝行かな」

パンで季節を教えてくれる。花、果物、野菜……自然の恵みを酵母に/タロー屋【通販あり】

バラ酵母を作る。瓶の中に摘んだ花を入れ水を注ぐと、花についた酵母が活動を開始し、数日後に泡が湧きだす

この春、お母さんが丹精込めたバラは「バラ酵母のフリュイ」に結実した。できあがったパンを手渡すと「言葉にこそ出さないけど、うれしそうにしてる」。

自然が与えてくれる季節の恵みは、まったく無償のものだが、あらゆる人の心をなごませ、弾ませる力を持っている。タロー屋の仕事は、町へ出られない、人と会えないという危機を、ポジティブに反転させていたのだ。

 
(この記事の写真は、星野太郎さんにご提供いただきました)
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畑のコウボパン タロー屋
埼玉県さいたま市浦和区大東2-15-1
048-886-0910
10:00~売り切れ終了
木曜・土曜営業
通販サイト http://taroya.shop-pro.jp
通販のスケジュールはInstagram @taro__yaで告知

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    PROFILE

    池田浩明

    佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
    日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
    http://panlabo.jugem.jp/

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