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13歳が望む“分断” 純粋さゆえの暴走の軌跡。映画「その手に触れるまで」

ベルギーの名匠ジャン=ピエール・ダルデンヌ&リュック・ダルデンヌ兄弟の最新作「その手に触れるまで」が6月12日から公開される。13歳の移民の少年が純粋さゆえに過激な思想にのめり込んでいく姿をつぶさに追い、昨年のカンヌ国際映画祭で監督賞に輝いた。新型コロナウイルス禍で来日が果たせなかった監督が、オンラインインタビューで作品への思いを語った。(文・深津純子)

13歳が望む“分断” 純粋さゆえの暴走の軌跡。映画「その手に触れるまで」

昨年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したジャン=ピエール(左)&リュック・ダルデンヌ /Reuters

カンヌのコンペティション初挑戦の「ロゼッタ」(1999年)で最高賞のパルムドールと女優賞をW受賞し、その後8作品連続でカンヌのコンペ入りを果たしたダルデンヌ兄弟。ドキュメンタリー映画の監督として出発し、1980年代半ばから劇映画に軸足を移して、苦境に立たされた市井の人々の葛藤を独特のリアリズムで描いてきた。静かな口調の兄ジャン=ピエールと、能弁で早口の弟リュック。それぞれの自宅とZoomでつないだリモート取材でも、絶妙のコンビネーションは変わらない。

11作目の劇映画となる「その手に触れるまで」は、初めて宗教をテーマに据えた。主人公はベルギーの中東系移民家庭に育ったアメッド。ゲームが大好きなごく普通の少年だったが、近所のモスクに通ううち、原理主義的なイマーム(導師)の教えに傾倒していく。母の心配をよそに自分の殻に閉じこもるアメッドは、課外授業で熱心に指導してくれる女性教師を「イスラム教の敵」として嫌悪し、殺意を抱くようになる。

13歳が望む“分断” 純粋さゆえの暴走の軌跡。映画「その手に触れるまで」

2015年のパリ同時多発テロや翌年のベルギー連続テロの衝撃が、この作品の出発点だったという。どちらも、ベルギーの移民家庭で育ったイスラム教徒の若者らが実行犯に加わっていた。自らのルーツへの愛着に過激な思想が火をつけ、若者たちを凶行に駆り立てる。そんな現実を見過ごすことはできなかったのだと言う。

しかし、映画では現実のテロリストよりもはるかに若い思春期の少年をあえて主人公に選んだ。

若さゆえの“チャンス”

「もっと年長の人物が主人公だったら、今回の映画は出来なかったと思います。大人になってテロに加わった人々は、許しを請うことも改悛(かいしゅん)することもない。残念ながら、現実がそれを証明しています。けれども、もう少し若ければ変化のチャンスはあるのでは……。そんな楽観的な考えから、私たちは13歳の少年の物語を考えました」(リュック)

13歳が望む“分断” 純粋さゆえの暴走の軌跡。映画「その手に触れるまで」

これまでの2人の作品では、主人公は他の人物との出会いを通して苦境から脱出していった。今回も、先生や母親、教育官、農場で出会う少女といった様々な人々がアメッドの説得を試み、愛情を示そうとする。しかし、彼はかたくなに心を閉ざす。

「この子をどうやって狂信から脱却させるか、その手段を見いだすまでいくつもアイデアを考えなければなりませんでした。最後に選んだ方法も、彼が子供だから可能だったもの。20歳前後の若者なら成立しなかったでしょう」(リュック)

13歳が望む“分断” 純粋さゆえの暴走の軌跡。映画「その手に触れるまで」

「ヨーロッパの十字路」とも呼ばれるベルギーには、古くから様々なルーツの人々が暮らす。近年は中東からの移民が増え、イスラム教徒は総人口の5%前後を占めるとされる。西洋とアラブの架け橋を目指して活動する人々も多く、ダルデンヌ兄弟も2年前、チュニジア出身の2人の監督の映画を続けてプロデュースした。

「奇遇にも、どちらも過激派に身を投じた若者と家族の物語でした。監督がたまたま友人だったから協力しただけで、私たちの作品とも関係はありませんが、時代がこうした作品を求めているのかもしれないとは思います」(ジャン=ピエール)

13歳が望む“分断” 純粋さゆえの暴走の軌跡。映画「その手に触れるまで」

昨年のカンヌ映画祭の記者会見に出席した監督と、アメッド役のイディル・ベン・アディ /Reuters

オーディションで100人近い候補の中からアメッド役に選ばれたイディル・ベン・アディ(14)も、モロッコ系移民の3世。ぽっちゃりとした体つきや幼さが残る面差しが起用の決め手になったという。

撮影前に1カ月以上もリハーサルを重ね、物語の時系列通りに順撮りするのがダルデンヌ組の流儀。イマームを手伝い、矯正施設の農場で働くアメッドの自然なふるまいや、移民家庭の本音が飛び交う保護者会の臨場感は、フィクションを見ていることを忘れさせる。

「ベルギーでも人種差別はありましたが、かつては概(おおむ)ね平穏でした。しかし1990年代にサウジアラビアなどから様々な宗教指導者がやってきて、新しい移民も増えた。雇用をめぐって摩擦があることは否定できません。ただ、そうした差別は限定的なもので、多くの人は受け入れようとしている。移民の側にも独自の文化を大切にしつつ、相対的な価値観で視野を広げるべきだと考えている人が多い。保護者会の議論はそうした現実を反映しています」(ジャン=ピエール)

穢れあるものへの賛歌

13歳が望む“分断” 純粋さゆえの暴走の軌跡。映画「その手に触れるまで」

アメッドが宗教に傾倒するきっかけは、イスラム過激派に加わり「殉死」した従兄へのあこがれだった。だが、映画ではそれ以上の社会的背景には深入りしない。差別や経済格差、家族の事情などと結び付け、「ああいう境遇の子だったから……」と安易に納得してほしくないからだ。

「映画の中のイマームは、世の中を二つに分断したいと考えています。自分たちを犠牲者ととらえ、その他の人間を否定する。こうした考え方は、極右のポピュリストにも共通する。グローバル化によって自分たちの存在が消されてしまうことを恐れているのです。極端な考え方に執着する人々は宗教を問わず存在する。違いを受け入れず、分断を煽(あお)る思考がなくならない限り、いつまでたっても対立は止められないのです」(ジャン=ピエール)

13歳が望む“分断” 純粋さゆえの暴走の軌跡。映画「その手に触れるまで」

カンヌ映画祭公式上映のレッドカーペットに並んだ監督とキャスト /Reuters

アメッドの潔癖さや「正しさ」へのあこがれ、視野の狭さや頑固さは、誰もが思春期に通り過ぎた覚えがあるだろう。危うい暴走で周囲を翻弄(ほんろう)するのは、決して特異な人々だけではない。

「私たちはこの作品を、穢(けが)れあるものへの賛歌にしたいと考えて撮りました。穢れあるもの、不浄なるもの、それはすなわち人生のことです。生きて行く中で、私たちは様々な人と出会う。文化は違っても、相手を知ろうとし、混じり合い、決して敵視しないこと――それこそがいま求められているのではないか。主人公のアメッドが『絶対に触りたくない』と言っていた先生の手に触れるまでの過程を描くことで、この作品を戦争ではなく平和の映画にしたかった。そう受け取ってもらえたらうれしいです」
 

「その手に触れるまで」

ベルギーの移民家庭に育った13歳のアメッドが、原理主義的なイスラム教指導者の教えに感化され、学校の先生をイスラムの敵と見なし、殺害しようと企てる。純真さゆえに危険な激情に突き動かされる少年を救うことはできるのか……。2度のパルムドールに輝くダルデンヌ兄弟が脚本・監督を手掛けた最新作。原題は“Le Jeune Ahmed(若きアメッド)”。

6月12日から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで公開
公式サイト

     ◇

ジャン=ピエール & リュック・ダルデンヌ

兄のジャン=ピエールは1951年、弟のリュックは54年、ベルギー東部の工業地帯リエージュ生まれ。70年代からドキュメンタリー映画製作を始め、86年に初の長編劇映画「ファルシュ」を発表、劇映画第3作「イゴールの約束」(1996年)で国際的な注目を浴びる。「ロゼッタ」(99年)と「ある子供」(2005年)でカンヌ国際映画祭パルムドールを2度受賞。「ロルナの祈り」(08年)はカンヌの脚本賞、「少年と自転車」(11年)は第2席にあたるグランプリ、本作は監督賞に選ばれた。

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