花のない花屋

私は「ダメな母親」? 苦しみに寄り添ってくれた両親へ

全国農業協同組合連合会(全農)では、新型コロナウイルスによる大きな影響を受けた花の生産者を支援する取り組みを行っています。その一環として、連載「花のない花屋」にご協力いただきました。

〈依頼人プロフィール〉
ようこさん 29歳 女性
東京都在住
主婦

    ◇

昨秋、第2子の女の子を出産しました。その数カ月後、私は産後うつと診断されました。

二つ上の長女が生後間もない時は、夜間は早々に寝てくれる子でした。しかし、次女は夜中に何度も起きては泣き、2、3時間おきの授乳で私は寝不足に。日中もぼーっとして、体も頭もとにかく重く、動かなくなってきました。それでも、長女と次女を児童館や公園に遊びに連れて行き、お昼寝中に夕飯の準備や家事をこなすことが私のやりがいでした。

出産から2カ月ほどたったある朝、次女にミルクを上げながら空を眺めていると、突然身震いするような恐怖心に襲われました。どこからか「お前なんか必要ない」という声が聞こえ、動悸(どうき)がして息苦しくなりました。

あたりを見回すと、部屋に転がっている子どものぬいぐるみやおもちゃまで、「お前はダメな母親だ」とか「お前がいない方が家族は幸せだ」と話しかけてくるのです。それからは、会う人、見るもの全てから責められているように思え、手を伸ばしても何も届かない、真っ暗などん底にいるような感覚に陥りました。

2人をしっかり育てなければいけないのに、体が追い付かない。世の親は2人、3人の子を育てているのに、なぜ自分は出来ないのか。自分が情けなく、気持ちはどんどん落ち込んでいきました。

余計な心配をかけたくないので、多忙な夫には自分の気持ちの変化は伝えませんでした。しかし、区の新生児訪問で引っかかってしまい、保健師さんが支援の手配をしてくれました。何を言われようと「私は産後うつではない。まだまだ大丈夫」と思っていたので、保健師さんや、支援師さんにお世話になる自分が恥ずかしく、惨(みじ)めでした。涙も止まらず、絶望しか感じない日々。自分を抑えられず、衝動的に自殺しかけた日を鮮明に覚えています。

子どもを残していいのだろうか。ギリギリのところでそんな思いが頭をよぎり、そこで初めて夫に「助けて」と訴えることができました。夫は受け止めてくれ、急いで心療内科を勧めてくれました。

投薬治療でようやく落ち着いてきた今年初旬、自分の現状をお義父さんとお義母さんに伝えました。

大切な息子の嫁が産後うつだなんて、「恥ずかしい」と責められても仕方がないと思っていました。しかし「そうだったんだ。辛かったね」と、ただ優しく気持ちに寄り添ってくれたのです。その言葉を聞いた時に、自分の中に光が差し込んだように、心がスッと軽くなったのを今でも鮮明に覚えています。

今までは、「母親なんだからやって当たり前。まだまだ頑張らなければ。」と思っていましたが、「つらいと思ってもいいんだ」そう考えることが出来るようになりました。

今も眠れない、頭がふらつく、体がだるいといった不調はあり、薬を減らして離脱症状と戦っています。それでも頑張れるのは、何かあっても絶対にまた助けてくれると信じられるお義父さんとお義母さんがいてくれるから。 常にこちらの気持ちに寄り添ってくれ、変わらぬ態度で接してくれるお二人に、普段はなかなか言えない感謝の気持ちを伝えたいです。

いつも元気いっぱいで、どこへでも一緒にお出かけをする仲良し夫婦のお義父さんとお義母さん。

産後うつという現実を打ち明けられたのも、お義父さんお義母さんなら分かってくれる。と、どこかで信じていたからだと思います。この機会に、たくさんの気持ちをお義父さんお義母さんに伝えたいです。いつもありがとう。私の存在意義を認めてくれてありがとう。「大変だね。それでいいんだよ」と共感し、いつも子育てを認めてくれてありがとう……。
優しく元気で明るいお二人に似合うカラフルなお花をお願いします。

私は「ダメな母親」? 苦しみに寄り添ってくれた両親へ

《花材》アマリリス、チューリップ、ライラック、キンセンカ、カラー、バラ、ラナンキュラス、ルピナス、シャガ、ガーベラ、ブバルディア、ロータスコットンキャンディ、エキナセア、ヒヤシンス、ゼラニウム、セントーレア、ポリシャス

花束を作った東さんのコメント

いつもふたりで出かける仲の良いご夫婦に似合うカラフルな花をとのことで、元気で明るい雰囲気になるように、大きさも色もなるべくいろいろなものを選びブーケにしました。ピンクのライラックや、ブルーのルピナス、チューリップにバラとカラーなど色とりどりだけれど、優しい色合いでまとめています。ライラック、ヒヤシンス、セラニウムは香りがよく心が癒やされます。今回、根元にはヒヤシンスの球根を入れました。水につけて別に育てることができますので、長く楽しんでいただけるとうれしいです。
お義父さまとお義母さまに感謝の気持ちが伝わりますように。

私は「ダメな母親」? 苦しみに寄り添ってくれた両親へ

私は「ダメな母親」? 苦しみに寄り添ってくれた両親へ

私は「ダメな母親」? 苦しみに寄り添ってくれた両親へ

私は「ダメな母親」? 苦しみに寄り添ってくれた両親へ

(文・深津純子/写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み


  •    

    お母さんへ 生きていたらどんなおばあちゃんになっていましたか?
       

       

    お母さんへ 生きていたらどんなおばあちゃんになっていましたか?


       


  •    

    「お花見でもしませんか?」再婚して32年。外出できない彼を元気づける花束を
       

       

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  •    

    「生きる意味をくれてありがとう」元気で明るい母へ
       

       

    「生きる意味をくれてありがとう」元気で明るい母へ


       

  •      ◇

    「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
    こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
    花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
    詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

    フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

    私は「ダメな母親」? 苦しみに寄り添ってくれた両親へ

    1976年生まれ。
    2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
    近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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    PROFILE

    椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


    お母さんへ 生きていたらどんなおばあちゃんになっていましたか?

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