花のない花屋

尽きない悩みと、充実感と。37年間、先生でいられたのは……

全国農業協同組合連合会(全農)では、新型コロナウイルスによる大きな影響を受けた花の生産者を支援する取り組みを行っています。その一環として、連載「花のない花屋」にご協力いただきました。

〈依頼人プロフィール〉
橋本久美子さん(仮名) 57歳 女性
神奈川県在住
主婦

    ◇

小学校の先生になりたいという夢がかなったのは、短大を出たばかりの20歳の春でした。かわいい子どもたちとの毎日はとても楽しかったのですが、社会人としても、教員としても未熟だった私は、ことあるごとに悩み、涙することもよくありました。そんなとき、いつも親身になって話を聞き、支えてくれたのが、母でした。

よい出会いがあり、教員3年目の秋に結婚し、翌年に長男を授かりました。1年間の育児休暇後は長男を保育園に預けようと考えていましたが、隣に住む母は「私が面倒みるから」と、パートの仕事を辞めてしまいました。毎日のように近くの公園へ遊びに連れて行ってくれたり、手作りのおやつを食べさせてくれたりと、息子を愛情いっぱいに育ててくれた母。公園に出かけた後、「ママと間違えられちゃったわ」とうれしそうに報告してくれたこともありました。

活動的で元気な母ですが、長男が3歳の時に病気で入院したこともありました。幸い大事には至らず、すぐに良くなりましたが、「お母さんになにかあったら、今度は私が仕事を辞めるから」と言う私に、ちょっぴりうれしそうな顔をして涙を流した母の姿は忘れられません。

教員として経験を重ねていっても、仕事の悩みは尽きることはありませんでした。さすがに若いときのように母に相談することは減っていきましたが、私の表情からいま抱えている仕事の大変さを読み取るのか、「大丈夫なの?」といつも声を掛けてくれました。

10年前、私は初期の乳がんを患い、仕事を休むことになりました。その時も、母は「私が代わってあげたい」と、ずいぶん心配してくれました。職場の人たちの協力もあって無事に復帰できましたが、その後も私の健康のためにと、青汁、ニンジンジュース、サプリメントを袋に入れて、毎朝持たせてくれるようになりました。この「朝の3点セット」の習慣は、今も変わらず続いています。

私は、在任校での勤務10年の節目を迎えたこの春、仕事を早期退職しました。学級担任として着任し、最後の2年間は校長職を務めました。新型コロナウイルスの影響で、最後の1カ月は大忙し。子どもたちやお世話になった皆さんにゆっくりお別れのあいさつをすることもできなかったので、退職後はあちこちにお礼状を書きながら、これまでの日々を振り返っています。

役目が変わるたびに、母は「あなたにそんな大役が務まるの?」といつも心配してくれました。私が大きな役目を無事終えることができて、母もほっとしているのかもしれません。お母さん、夢だった教員の仕事を37年間も続けてこられたのは、あなたが支えてくれたおかげです。本当にありがとう。これからはずっとそばに居られるから、もっともっと親孝行させてね。

母は花が大好きで、いつも明るく元気な人です。人付き合いもよく、一緒に買い物にでかけるとあちこちから声がかかって驚かされます。時間ができたら両親を旅行に誘ってねぎらいたいと思っていましたが、まだしばらくは様子見でしょうか。その前に、母への感謝の気持ちを込めてお花を贈りたいと思います。母の好きなピンク系を中心に、愛らしい、心がほっこりするような感じのものをお願いします。

尽きない悩みと、充実感と。37年間、先生でいられたのは……

《花材》スプレーバラ、スプレーカーネーション、ブバルディア、スターチス、ディサ・アーティスト、ポリシャス

花束を作った東さんのコメント

お花が大好きで明るいお母様への感謝の花束。とても優しい印象を受けたので、ピンク色の中でもふんわりとしたものでアレンジしました。ピンクと言ってもマーブル色など様々な色調を混ぜました。スプレーバラやスプレーカーネーションを中心に小ぶりな花で構成し、ディサ・アーティストという珍しい蘭(ラン)も加え、花束のアクセントに。下部のグリーンもポリシャスという、ふんわりしたものを選びました。
長い間支えてこられたお母様の、包み込むような優しさを、淡いピンクの小ぶりな花々で表現してみました。感謝の気持ちが、どうか伝わりますように。

尽きない悩みと、充実感と。37年間、先生でいられたのは……

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尽きない悩みと、充実感と。37年間、先生でいられたのは……

(文・深津純子/写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み


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    私は「ダメな母親」? 苦しみに寄り添ってくれた両親へ
       

       

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    お母さんへ 生きていたらどんなおばあちゃんになっていましたか?
       

       

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  •    

    「お花見でもしませんか?」再婚して32年。外出できない彼を元気づける花束を
       

       

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    「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
    こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
    花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
    詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

    フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

    尽きない悩みと、充実感と。37年間、先生でいられたのは……

    1976年生まれ。
    2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
    近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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    PROFILE

    椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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