東京の台所2

〈210〉30代で食生活を大きく変え、人生を軌道修正

〈住人プロフィール〉
ファッションデザイナー・36歳(女性)
賃貸マンション・2DK・田園都市線 駒沢大学駅
入居6年・築年数31年・夫(会社員・41歳)との2人暮らし

     ◇

 世田谷に生まれ、父はタクシー運転手、母はパート勤務という家庭に育った。父は元来料理好きで、勤務時間も母より自由なため、幼い頃から普段の食事作りを担うことが多かった。

 「今は父だけ仕事を引退したので、3食作っているようです。若い頃飲食店をしていたこともあり、チャーハンには必ずオールスパイスを使ったり、カレーもいちから作ったりする。私は小さいときから、父が料理をしているのを見るのが好きでした」

 母はベトナム料理やタイ料理などエスニックなものが好きで、夫婦ですみ分けができているらしい。
 その影響で彼女も料理好きになった。

 しかし、実家を出て後に夫となる彼と暮らし始めた1年間は、料理をあまりできなかった。アパレルブランドで、社員として毎日働き詰めだったからだ。仕事を認められ、自分のブランドを任せられるとさらにのめりこみ、連日終電になった。帰宅すると、出勤まであと何時間寝られるだろうと数えながら床につく。

 翌年。体が重く、頭痛や肌がひどく荒れていることに気づいた。
 「朝からだるくて、気づいたら年中風邪もひいている。あるとき、近所の実家に寄ったら、顔色が悪いけどちゃんと食べてる?って聞かれて。行くたび必ず言われているなと思い、ああ、こんなに両親を心配させちゃいけないなと痛感しました」

〈210〉30代で食生活を大きく変え、人生を軌道修正

 運動、生活、東洋医学、西洋医学……etc。人は体調を崩すとさまざまな見直しや療法を試すが、彼女の場合は「食事をちゃんとしよう」と迷いがなかった。

 「そのとき32歳で、同年代の友達と会うと、みな健康や食事の話をする年齢でもありました。お土産においしい塩や豆を持ち寄ったり、ホームパーティーでご飯を作ったり。同時に、私は食を大事にする親の影響が大きかったかもしれません」

 調味料の質にこだわり、野菜や豆を意識して取り入れるようになった。また、温かいもの、体を温める食材を摂(と)ろうと決めた。
 「毎日会社で飲んでいたコーヒーをルイボスティーやハーブティーに替え、朝起きたらまず白湯(さゆ)を飲みます。食事には必ず温かい汁物をつけるようにしました」

 朝食は温かなオートミールや、グルテンフリーのクリスピートーストに。冷蔵庫が2ドアで小さいこともあり、野菜を買ってきたらすぐ切って小分けし、保存しておく。こうすると忙しいときでも料理がしやすく、時短になる。

 同業の夫は、趣味のDJで帰宅が遅くなりがちだ。
 「私よりさらに不規則な生活を送っていますが、それでも体調を崩さないのはこの食事のおかげもあるんじゃないかなって勝手に思っています」

 1年後、だるさや冷えもすっかり消え、多忙でもダメージのない健康体になっていた。
 「30代前半で食生活を変えたことは、大きな経験でした。たんに体調を整えるということだけでなく、生きる根本や本質を考えるようになった。洋服作りは幸せを形にすること。ハードな毎日で、作る側が幸せな気持ちを忘れたら本末転倒だなと気づきました」

 今年2月、会社から独立し、現在、自分のブランドを立ち上げる準備をしている。コロナによる自粛期間は、今後のことをじっくり考えることができ、有意義だったらしい。

 自宅が仕事場なので、料理もゆっくりできる。夫とふたりで収納を工夫したコックピットのような台所に立つのは、「宝探しのようで」楽しく、夜、自分の作った料理を食べると、「今日も一日が終わったな」と、ほっとするという。

 「これからは自分のペースで、生活も仕事も自分らしくやっていきたいです」
 仕事と暮らしは、どんなにどちらかが充実していても、バランスがとれていないとどこかに破綻(はたん)が出る。うまいバランスのコツのひとつは両方「自分らしく」なのだと、試行錯誤の歳月が教えてくれる。

〈210〉30代で食生活を大きく変え、人生を軌道修正
 

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    • 大平一枝

      長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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    • 本城直季(写真)

      1978年東京生まれ。現実の都市風景をミニチュアのように撮る独特の撮影手法で知られる。写真集『small planet』(リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。ほかに『Treasure Box』(講談社)など。

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