花のない花屋

還暦過ぎに23歳差の夫とアメリカで再婚 ふたりで日本へ戻った矢先に

全国農業協同組合連合会(全農)では、新型コロナウイルスによる大きな影響を受けた花の生産者を支援する取り組みを行っています。その一環として、連載「花のない花屋」にご協力いただきました。

あなたの「物語」も、世界で一つだけの花束にしませんか?エピソードの応募はこちらから。

中山野乃さん(仮名)71歳 女性
東京都在住
無職

    ◇

今の夫である高夫さん(仮名)と私は10年程前に、アメリカ・カリフォルニアで出会いました。日米文化交流イベントのお手伝いをしたのがきっかけでした。私は1972年に渡米し、現地で結婚と離婚を経験。子どもたちも独立し、仕事をしながら気楽な生活を送っていました。高夫さんは1960年からアメリカで暮らし、数年前に奥さまを亡くして有料老人ホームに移ったばかりでした。

会場準備や講師のお世話を一緒にするうちに仲良くなり、自宅に招いて得意の和食を振る舞う機会がありました。すると、おいしいおいしいと喜んでくれ、毎日通って来るように。それからお付き合いが始まり、2011年に結婚。高夫さんが86歳、私が63歳の時でした。

高夫さんは教授として、アメリカ各地の大学に立ってきました。前の奥さまは長い間ご病気で、介護をしながら子育てと研究に取り組んでいたそうです。なんて優しく博識で立派な人なんだろう、残りの人生を楽しく過ごさせてあげたい、おいしい料理をたくさん作ってあげたい――そんな思いで新たな生活に踏み出しました。

私が退職してからは、日本に何度も旅しました。ふたりとも長く日本を離れていたので、食べ物、風景、文化など、すべての変化が新鮮で、すっかり気に入ってしまいました。2人ともアメリカ国籍のため、ビザなしで滞在できる上限いっぱいの長期旅行も2回敢行。本州の極端を全て周りました。

しかし高夫さんも90歳を超えると、飛行機で行き来し、荷物を抱えて宿を渡り歩くのも大変になってきました。日本の新鮮な食材でまた和食を作ってあげたくなり、定住を考えるように。

幸い定住者ビザが取れ、今は東京に住んでいます。高夫さんは現在95歳。いずれは彼の終焉(しゅうえん)を見守って……と思っていた矢先、私のお腹に腫瘍(しゅよう)のようなものが見つかりました。

気づいたのは緊急事態宣言のさなか。「ステージ4のガンの可能性もある」と言われました。高夫さんを残して先に死ねない……。なんとか治療方法を探ろうと、あらゆる検査をやりました。コロナ禍で、高夫さんをアメリカに帰すことも、むこうの家族を呼ぶこともできません。神様、どうか私の命をつないで下さいと、ただただ祈る毎日でした。

検査入院の間も、高夫さんはずっとLINEで寄り添ってくれました。研究者らしくPCであれこれ論文を調べまくっては都度、教えてくれました。

体に目立った不調はないものの、いまだにはっきりした診断はついていません。そんな中で彼なりの優しい励ましにはいつも救われています。

そんな高夫さんに感謝の花束を贈りたいと思いました。

日本各地を旅して、一番思い出深いのは富山県の雨晴(あまはらし)海岸でした。そこから撮影された雪の立山連峰の写真が大好きだったのですが、きれいに見えるのはまれらしく、私たちは見ることができませんでした。いつか再挑戦したいのですが、出来るかどうか……。立山連峰をイメージしたお花というのはできるでしょうか。

「ごめんね、ありがとう、楽しかった!」のメッセージを添えて届けたいです。

花のない花屋

《花材》シャクヤク、リンドウ、グラジオラス、宿根スイートピー

花束を作った東さんのコメント

雪が積もり、快晴の空の下で青と白のコントラストが美しい立山連峰を目の前に感じていただけるよう、花を束ねました。大輪のシャクヤクは、雪のようにも、雲のようにも見えると思います。流れゆく雲が、時に山肌を覆う雪に溶け込んでいくような、そんな景色を眺めている気分になっていただければ。先端だけが白いリンドウも、雪をかぶっている山肌に見立てています。上にぴょんと飛び出ているのがグラジオラス。これは山の周りを飛んでいる鳥をイメージしています。

おふたりで旅した中で、一番思い出深い場所から望めるはずだった景色……。この花束をご覧になって幸せな時間を思い出していただけますように、そしてまた再訪が叶(かな)い、今度こそ最高の立山連峰を心ゆくまで眺められることを祈っております。

花のない花屋

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花のない花屋

(構成・深津純子/写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み


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    詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

    フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

    還暦過ぎに23歳差の夫とアメリカで再婚 ふたりで日本へ戻った矢先に

    1976年生まれ。
    2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
    近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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    PROFILE

    椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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