東京の台所2

〈211〉台所は不調に備えて自分を整えておく場所

〈住人プロフィール〉
会社員・41歳(女性)
賃貸マンション・1K・西武池袋線 江古田駅
入居3年・築年数21年・ひとり暮らし

人付き合いに困難を感じていた

 大学を卒業したものの、同時に複数の作業をこなせず、情緒に波があり、仕事が長続きしない。日によって食べる気力もないほど沈んだり、強い焦りやイライラが出たりする。些細(ささい)なことが癇(かん)に障り攻撃的になる時期がある。「それで失った友人も何人かいます」(住人)。
 よるべない生きづらさを抱えていた8年前、初めて脳機能の疾患のひとつと診断された。

 過去に何軒かの心療内科を受診していた。いつも「あなたは知能も高く理屈も通っているし、普通に話せるので」と、あいまいな診断だった。
 それだけに、病名がわかったことは大きな転機になった。

 「あ、頑張れば治る病気じゃないんだとわかったら、腹が据わりました。マルチタスクができず、人間関係でも支障をきたして派遣の仕事が続きませんでした。関西に住む母や周囲の人は病名もわからず、みな心配していたので、障がいとわかってどこかほっとしたというか、すとんと腑(ふ)に落ち、納得できました」
 33歳だった。

 特効薬はない。その後も入院したり、実家で休養したり、体調の波があり、また薬の見極めにも時間を要した。
 自分の症状に合う薬を求め、主治医とともに根気よく試して、ようやく適切なものにたどりつくのに数年かかった。今も決してベストだと言い切れるわけではないが、以前よりも症状に折り合いがつくようになった。

 正確な病名がわかったことで、障害者手帳を取得できると、主治医や友人の助言から知った。

 「認定されれば、障がい者雇用を促進している企業で、安定した職を得られるかもしれない。これはもう一度、私が社会の中で働けるチャンスだと思いましたね」

 幸運なことに転職がかない、不安定な雇用での日々に終止符を打つことができた。

 とはいえ今の職場でも、不定期に情緒が乱れる時はある。
 「悶々(もんもん)としているときはさりげなくランチに誘ってくれたり、攻撃的になったりムキになっているときは、周囲がそういう時期だろうと察してやり過ごしてくれる。何日もしてから、“あのとき調子悪そうだったね”と言われて、職場の人たちがそれとなく観察して理解してくれているんだなと。とてもありがたいし、救われています」

 入院時は心身の限界を経験し、「自分の底が見えた」と表現する。あとは這(は)い上がるだけ。“寛解”はない、「この障がい、この状況と一緒に生きていくしかないのだ」と、真に腹をくくったあたりから少しずつ彼女の生活は変わっていった。

〈211〉台所は不調に備えて自分を整えておく場所

「流れに任せて生きてみますか」

 3年前、会社に近い今の家に越した。決め手は敷地の庭や住戸が少ないことと、台所の大きさだった。
 「体調を崩すと、食材の買い物はもちろん、野菜を洗うのも嫌になります。前の家は台所と居室が完全に分かれていました。そうなると台所が視界に入らず、もっと料理をしなくなります。今の家は部屋とのあいだに扉がなく、緩やかに台所とつながっている。目に入る。それがいい」

 小さな窓には、コレクションの緑色の瓶を並べた。インテリア雑誌を眺めるのが好きで、まねて自分でドライフラワーを作ったり、300円ショップで買ったキャンドルを飾ったりしている。
 「キッチンの写真を見るのも好きで、キャンドルに憧れたのですが、実際飾ってみたら、全然さまにならなくて、憧れのおしゃれ生活は未遂に終わりました」

 居室から台所に風が抜ける。明るく、心地いい部屋だ。転職当初はあまり料理をせず、社食や外食で済ませていたが、この家に来て台所に立つようになったという。
 「意外と作るのって楽しいなって。人間関係のことなどを忘れて没頭できる。ひとくちコンロだし、魚焼き器もないけれど、とても気に入っている場所です」

 体調の良い日に、悪い日のために備えて、料理の下準備をしておく。野菜は買ってきたら全て切り分けて冷凍する。玉ねぎならみじん切りに。ピーマンやきのこは千切りに。気力がなくても、必要最小限のエネルギーで料理ができるようにしているのだ。
 「こうしておくとすぐ野菜スープができますし、カレールーに野菜を放り込むだけでもいい。不調の日はとくに野菜を欠かさず、ビタミン、ミネラルを補給するよう心がけています」

 通勤電車の人混みがつらい時を見越して、ふだんからウォーキングを欠かさない。なにかあったとき長距離でも歩ける体力をつけるためだ。

 今日は片付いていますが、掃除をできない日、自分の障がいに納得できない日だっていまだにあるんですよ、と彼女はさばさばとした表情で語る。

 「でも、『東京の台所』を読んでいたら、いろんな人生がある。幼い子を抱え、突然夫に先立たれた人の回を読んで、みんな精いっぱい一日一日を生きているんだなと。それがその人の運命なら、この障がいも私の運命。だったら腹くくってやっていきますか、流れるように波に任せて生きてみますかと思い、取材に応募してみました」

 病名がわかって8年。「やっとわかってきた人生を楽しむコツ」は三つ。
 無理をしないこと、がんばりすぎないこと。あとは、なにごとも気にしないこと。
 障がいのある無しに関わらず、誰の心にも響く示唆に富んだ生きる術(すべ)である。けれども言葉でいうほど簡単ではない。
 難しくもシンプルな人生の基本にたどり着くのにかかった長い歳月に敬意を払いつつ、応募した勇気や体験から得た彼女の言葉が、今苦しんでいる誰かの役に少しでも立つことを願っている。

〈211〉台所は不調に備えて自分を整えておく場所
 

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    • 大平一枝

      長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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    • 本城直季(写真)

      1978年東京生まれ。現実の都市風景をミニチュアのように撮る独特の撮影手法で知られる。写真集『small planet』(リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。ほかに『Treasure Box』(講談社)など。

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