このパンがすごい!

新進気鋭のデニッシュ専門店。口の中でぱりぱり崩れ落ちる“層”の快感/レカー

ちょっと珍しい、デニッシュ専門店。たったひとつのアイテムに、自分の持てるすべてを注ぎ込み、新進気鋭の若手が勝負をかけている。

何十にも折り重なった薄い、薄い生地、とろっとろのクリーム、宝石のようなフルーツ。人がつくる食べ物の中で、デニッシュほど繊細で、エロチックなものはほとんどないだろう。技を尽くし、神経を研ぎ澄ませ、小出貴大シェフが作り上げる乾坤一擲のデニッシュは、もはやアートの域だ。

生地とクリーム、ただそれだけのシンプルな組み合わせを味わう「ヴァームデニッシュ」。注文が入ってから、球形のデニッシュに冷えたカスタードを後注入する。カスタード、バター、北海道産小麦。それぞれの甘さ、ミルキーさの三つどもえ。ひんやりなめらかなカスタードの海に、はらはらと割れたデニッシュ生地の小片が、藻くずと消えていく。ミルキーさの流れに、小麦の旨味(うまみ)が加わることで、単なる甘さのその先にある、本能を燃えたぎらせるものへ昇華する。

新進気鋭のデニッシュ専門店。口の中でぱりぱり崩れ落ちる“層”の快感/レカー

ヴァームデニッシュ

なぜデニッシュ専門店なのか。小出さんはパンの修業をする前、パティシエとして8年のキャリアを積んでいた。

「お菓子も学んでいたことを生かして、お客さんによろこんでもらえるものができないかな。ただおいしいだけじゃなく、楽しい時間を提供したい。買い物する時間、差し上げたときのよろこぶ時間。それをイメージして作っています」

一般のパン屋のようにたくさんのパンのうちのひとつ、という位置づけではなく、たったひとつに絞ることで集中度も完成度も上がるだろう。また、物理的なメリットもある。オーブンに入るまでバターを溶かさないことが、うつくしい層、ひいてはおいしい層を作るための必須要素。だが、地価の高い都内で、折り込み作業のために低温を保つ「パイルーム」を作ることは至難。レカーでは、厨房(ちゅうぼう)全体をクーラー全開できんきんに冷やすことで、バターを溶かさず折り込むことを可能にしている。

新進気鋭のデニッシュ専門店。口の中でぱりぱり崩れ落ちる“層”の快感/レカー

バジルソーセージ、キャラメルバナーヌなど

折り込み用に薄く成形されたシートバターではなく、北海道産のバターを自ら叩(たた)いて伸ばす(そのほうがシートバターより伸展性が出る)。生地の硬さをベストに保つために10g単位の水分量、1℃単位の生地温度の変化を気遣う。

そして、焼き。レカーのデニッシュの官能とは、口の中で一層一層がぱりぱり崩れ落ちていくさまを感じられるほど、巧妙に層が作られていることに核心がある。可能にするのがコンベクションオーブン。風を送って熱するタイプのこのオーブンで、高温で香ばしい皮を作りあげたあと、低温で焼きこんで極限まで水分を飛ばす。

「ポワールヴァンルージュ」は、赤ワインでコンポートした洋梨をのせたもの。まるでゼリーのように涼やかに、するりと忍びこむ洋梨のみずみずしいテクスチャー。おだやかな酸味と甘い香り、赤ワインの香りがいっしょに。あふれるほどミルキーでありながら甘さはやさしい、とろとろのカスタードがやさしく寄り添う。

新進気鋭のデニッシュ専門店。口の中でぱりぱり崩れ落ちる“層”の快感/レカー

ポワールヴァンルージュ(左)、デニッシュ・オ・ザマンド

「キャラメルバナーヌ」に没入して、食べ狂った。火を入れたバナナと、カスタード。とろとろ同士が正体不明に混ざり合うとき、現実と夢の境さえ混ざり合って消滅してしまうようだ。南洋のフルーツの香りとミルキーさ。それらの輪郭を、キャラメルソースのほろ苦さが浮かび上がらせるとともに、香ばしさでデニッシュとつないでいる。

「デニッシュ・オ・ザマンド」。さりげない見かけとは裏腹、デニッシュの器に、ぱんぱんにクレームダマンドが充填(じゅうてん)されている。デニッシュの香ばしさとともに口の中に流れ込んでくる、アーモンドの圧倒的芳香は未体験ゾーン。

「バジルソーセージ」はデニッシュで作った総菜パン。フルーツ系のデニッシュより厚めに折った層は、はらはらではなくばりばりと割れる。一方、ぼいーんと弾んでぶちっとちぎれ、濃厚な肉の香りを噴出させるソーセージ。肉と麦、一対一の取っ組み合いが快楽をレッドゾーンへ導く。

新進気鋭のデニッシュ専門店。口の中でぱりぱり崩れ落ちる“層”の快感/レカー

バジルソーセージ

小出さんが肝に銘じていることがある。

「価値を決めるのはお客さん。それを忘れた瞬間にエゴになる。『食べればわかる』とは僕は思っていません。お客さんに伝わらないこだわりはやりたくない」

レカーの扉を押せば、100%エンタメなデニッシュショーが幕を開ける。

 
レカー(Laekker)
東京都渋谷区代官山町9-7 サンビューハイツ代官山1F
10:00~18:00(なくなり次第閉店)
水曜休(その他不定休)
https://www.instagram.com/laekker_daikanyama

>>写真をもっと見る ※写真をクリックすると、拡大表示されます

こんなお店もおすすめ

  • 50年もののマザーイーストから生まれる看板パネトーネ/LESS

    50年もののマザーイーストから生まれる看板パネトーネ/LESS


    東京都・目黒区

  • 前歯と奥歯が大喜び! 焼きたて「ぱっつん」ベーグル/SIDEWALK STAND BAISEN & BAGEL

    前歯と奥歯が大喜び! 焼きたて「ぱっつん」ベーグル/SIDEWALK STAND BAISEN & BAGEL


    東京都・目黒区

  • 「『365日』より先いく近未来パンを」、渋谷に杉窪シェフプロデュース新店/グリーンサム

    「『365日』より先いく近未来パンを」、渋谷に杉窪シェフプロデュース新店/グリーンサム


    東京都・渋谷区

  • 世界的パン職人直伝、若き女性シェフが焼く男前ブレッド/GARDEN HOUSE CRAFTS

    世界的パン職人直伝、若き女性シェフが焼く男前ブレッド/GARDEN HOUSE CRAFTS


    東京都・渋谷区

  • 前人未到の領域に踏み込むクロワッサン/TOLO PAN TOKYO

    前人未到の領域に踏み込むクロワッサン/TOLO PAN TOKYO


    東京都・目黒区

  • >>まとめて食べたい!「このパンがすごい!」記事一覧

    >>地図で見る

    PROFILE

    池田浩明

    佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
    日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
    http://panlabo.jugem.jp/

    ソーセージ、あんこまで自家製。和も洋も、型やぶりの“表裏一体”/O to U

    一覧へ戻る

    ぷりぷり、とろーり「全粒粉のハードトースト」。秘密は意外な発酵種に/ブーランジュリー ラニス

    RECOMMENDおすすめの記事