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素敵な文字が書けたらな。筆ペン1本で楽しむ、ブラッシュレタリング

漠然と思っている。いまよりもう少し、キラキラした毎日を送りたい、と。たとえば、何か新しいことを始めるのはどうだろう。それも肩ひじ張らず、初めてでも楽しさが味わえるようなものを。「&w文化部」では、様々なコトに熱中している方々へのインタビューを通して、新しい趣味にチャレンジしたいあなたを応援します。今回は、筆ペンを使った手書き文字、ブラッシュレタリング。AからZまでの26文字をマスターすれば、メッセージカードやウェルカムボード、ラベルなど、用途は無数に広がります。

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「もっと字がうまければ……」と思ったことは数え切れない。祝儀袋や記帳は、毎回ゆううつ。でも、いまさらどうなるものでもないし……と諦めていたとき、インスタグラムで、ある手書き文字の写真に目を奪われた。「書」くというより「描」いたような欧文のフォントは、気取った感じがないのに上品でかわいい。単なる記号にとどまらない、どこか“あか抜けた雰囲気”すら感じさせた。

作者は、櫻井志保さん。3年ほど前から、イラストとブラッシュレタリングの作品を発表したり、ワークショップを開いたりしている。

文字の趣味というと「カリグラフィー」もあるが、何が違うのだろうか。櫻井さんによると、ブラッシュレタリングもカリグラフィーも、手書き文字という点では同じ。筆ペンと金属ペンという道具の違いこそあれ、筆圧を変えることで細い線と太い線を書き分けるのも共通している。

素敵な文字が書けたらな。筆ペン1本で楽しむ、ブラッシュレタリング

櫻井志保さん

ただ、カリグラフィーはもともと、ヨーロッパでは聖書を書き写すためのものだったそう。「いかにお手本通りに美しく書くかというのが目標で、修行みたいな感じでやるものだったんですね。最近、モダンカリグラフィーといって『もう少し自己流でいいよ』というものも出てきましたが、ブラッシュレタリングはもっと自由度が高くて、カジュアルな印象。文字にオリジナリティーを出せるのが特徴です」

筆ペンと紙さえあれば始められるという手軽さも、魅力のひとつ。「カリグラフィーだとインクを用意して、こぼしたらいけないとか、最後に洗わないと、とかありますけど、これならカフェでも練習できるし、お子さんがいても安心。赤ちゃんが泣いてもペンのキャップを閉めればすぐ行ける、みたいな。手も汚れないし。それが一番だと思いますね」

書くときのルールは一つ「だけ」

百聞は一見にしかず。今回も編集部員・秋田が教わってみた。使うのは、櫻井さんお手製のテキストだ。

「レタリングをやるときのルールは一つだけ。それは、上から下に書く線を太く、下から上にあがる線を細く書くということ。このルールに従ってアルファベットを書けばいいだけです」

「だけ」と聞くと簡単そうだが、もちろんそんなことはない。初心者はまずこのルールに慣れるため、直線、曲線、丸と、アルファベットに出てくるパーツごとに練習を重ねる。

素敵な文字が書けたらな。筆ペン1本で楽しむ、ブラッシュレタリング

黙々と基本練習を繰り返す編集部員・秋田。「集中できて、気持ちがいいかも」とご満悦

線の太さを変えたくても、どれほどペン先を押し付ければいいのか、さじ加減が難しい。細い線はとくに、力を抜きすぎて線がよれてしまったり、途中で切れてしまったり。「簡単に書けそうに見えるんですけど、自在に筆圧を変えるって難しいですね……」。筆ペンを繰る秋田の手元は、たしかに心もとない。「調子に乗るとダメですね。ああ、もうダメだ……」。悲壮な声が聞こえてくる。

基礎を反復練習した後は、いよいよアルファベットへ。お手本を見せてくれる櫻井さんは、背筋がピンと伸びて書き姿も美しい。サラサラと迷いなく動くペン先を見て、秋田がほうっとため息を漏らす。「これはみんながマネできそうだけど、実際やっぱりできませんね。字の独特なかわいらしさとか、その人の個が出る感じが……」

すると「自分の字でいいんですよ!」と、櫻井さんの語気が強くなる。「今日は“シホ文字”でやってもらっていますけど、こういうものだっていうのを分かってもらえたら、あとは自分の好みでいいんです」

素敵な文字が書けたらな。筆ペン1本で楽しむ、ブラッシュレタリング

「大丈夫。やってるうちに体が覚えていきます」「すごい上手ですよ!」。いろんな言い回しで励ましてくれる

好きなアーティストの文字をマネてもいいし、自分だけのフォントを考えたっていい。櫻井さんは書く内容によって、文字の雰囲気を変えているそう。「たとえば、ここをこうしてもいいし……」と、目の前で様々なアレンジを見せてくれる様子は、それこそ「文字で遊んでいる」雰囲気だ。

子どもに我慢させない仕事を

東京藝大出身という櫻井さん。作品で季節の花々をモチーフにした、水彩タッチのイラストも描いているが、学生時代の専攻は彫刻だった。「絵は受験のときにデッサンをやっていただけ。絵はむしろコンプレックスだったんです。絵画科には本当に素敵な絵を描く人がいるので、私の絵なんて見せられないわって感じだし、彫刻ってだいたいは素材の色を使って形で見せるものなので、配色も自信がなくて」

大学を卒業すると、今度は1年間、写真の学校に通った。「写真を仕事にしようかなと思っていたんです。高校は写真部だったし、大学時代も暗室でプリントしたりしていたので」

素敵な文字が書けたらな。筆ペン1本で楽しむ、ブラッシュレタリング

「and w」「Thank you」と書き下ろしてくれたカード。フラワーリースのイラストも、櫻井さんによるもの

だが、縁あって教師として働くことに。たまたま実家の近くの中高一貫校が、美術の教諭を探していたのだ。4年半教壇に立ち、出産を機に退職。2人目の子どもが保育園に入ったのを機に、今度はベビー用品のネットショップで働きはじめた。

自社のオリジナル商品を作るために新設された部署で商品開発に携わったが、次第にモヤモヤが募っていった。「企業の中でやっていると、100%自分が作りたいものは作れない。子どもが2人とも延長保育がすごく嫌いで、子どもに我慢させて遅くまで仕事をやるのもなあって。小さいうちこそ一緒にいようと思うようになりました」

オーダーで絵を描く仕事でもしてみようか。ぼんやりと次の道を思い描き始めた頃、ブラッシュレタリングに出会った。「最初は、自分の絵にかっこよくサインを入れたいって思ったからなんです。インスタでなんとなく調べたら、アメリカに、日本の筆ペンで字を書いてる人がけっこういたんですよ。筆ペンでこういう文字が書けるんだ!?と衝撃を受けました」

素敵な文字が書けたらな。筆ペン1本で楽しむ、ブラッシュレタリング

櫻井さんの手元。滑らかな筆運びに、思わず見とれてしまう

海外アーティストの動画をまねて筆ペンを動かしてみると、一気にのめり込んだ。「けっこう深夜だったんですけど、明け方まで夢中で書いて。いま見ると下手くそなんですけど、勢いでインスタグラムのアカウントを立ち上げて。練習用に恐る恐る載せたら、けっこう反応もよく、私も楽しくて。それから絵と字を組み合わせたデザインもするようになりました」

2018年秋、2年間勤めた会社を辞め、ブラッシュレタリング一本に絞った。

「器用貧乏日本代表」

「前はよく、友達に『器用貧乏日本代表』って言っていたんです、自分のこと」

櫻井さんの自宅には、ありとあらゆるハウツー本があるそうだ。子どもの頃からとにかく何かを作ることが好きで、編み物、キルト、刺しゅう、アクセサリー作り……と、トライしたものは数しれず。だが、一つ二つ作品を作ってしまえば熱は冷め、興味は別のものに移っていった。

ブラッシュレタリングは違った。「なんでなんだろう、ゴールにたどり着いてないからやってるっていう感じはあるかもしれないです。まだ研究途中だし、やっている人も教える人も、本当に日本では少なくて、自分が教えることで広められるし、魅力をみんなに伝えられるし……使命?(笑)。わかんないけど、使命感もありますね」。決して熱っぽく語るわけではないのに、自然体の言葉からは、純度の高い「好き」という気持ちが伝わってくる。

素敵な文字が書けたらな。筆ペン1本で楽しむ、ブラッシュレタリング

イベントなどで人前で書くこともある

もともとの性分、学生時代に学んだこと、会社勤めで身につけたスキル……。そのどれもがブラッシュレタリングに生きている、と櫻井さんはいう。「結局いま、原画も描くし、写真も撮って、それをデータ化して商品にするっていうところまで一通り自分でできているのは、いろいろ手を出してきて、それがなんとか形になってきたからかなって」

いまでは、作品が百貨店に置かれるようになり、壁紙や雑貨メーカーにデザインを提供するようにもなった。イベントでは、日に200枚もの作品を書き上げることもある。「よく疲れませんかって聞かれるんですけど、全然。書いててすごく楽しいから、たぶん1日中でも書けちゃいます(笑)」

「これからは絵も字も、私の書いたものがもっと世に出たら楽しいな」

あっちを試して、こっちを試して。その時は気づかなくても、糧にならないことなんて一つもないのだ、きっと。様々な経験を経てたどり着いた現在地で幸せをかみ締める彼女の笑顔に、そんなことを教わった。

素敵な文字が書けたらな。筆ペン1本で楽しむ、ブラッシュレタリング

編集部員・秋田が書いた「Thank you」

櫻井さんのおすすめ

筆ペン

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トンボ鉛筆の筆之助を愛用。「しっかり仕立て」「しなやか仕立て」と2種類のやわらかさがあるので、好みで選べる。「筆圧が弱い方はやわらかい方(しなやか仕立て)がいいかもしれないです」とのこと。

 

『カジュアル ハンドレタリング ライフ』(主婦の友社)

素敵な文字が書けたらな。筆ペン1本で楽しむ、ブラッシュレタリング
レタリングのハウツーや様々なフォントの紹介に加え、レタリングを取り入れたインテリアのアイデアも、豊富な写真で紹介している。

 

櫻井さんのワークショップ情報はインスタグラムでチェックを

(文・写真 &w編集部・岡田慶子)

ビンの中の小さな世界。作っても見ても楽しい、苔テラリウム

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