花のない花屋

ケンカばかりの年子の姉、不仲な両親 一家は「解散」し、私はひとりだと思っていた

全国農業協同組合連合会(全農)では、新型コロナウイルスによる大きな影響を受けた花の生産者を支援する取り組みを行っています。その一環として、連載「花のない花屋」にご協力いただきました。

あなたの「物語」も、世界で一つだけの花束にしませんか? エピソードの応募はこちらから。

吉田沙羅さん 25歳 女性
千葉県在住
看護師
    ◇

私には年子の姉がいます。幼い頃は一緒に遊んでいましたが、中学生くらいから次第に距離ができました。

姉は華やかで活動的、そして何でも要領よくこなします。私とは、まるで正反対……。年子ということで、姉にライバル心を抱くことも多く、中高生のときはケンカばかりしていた気がします。

両親が不仲だったことや思春期の不安定さも原因だったかと思います。姉が浪人して私の大学受験と重なった時は、「私も受験生なのに、お姉ちゃんのせいで誰も私のことを心配してくれない」などと無神経な言葉をたくさん投げつけました。

当時は、早くこの家族から抜け出すことばかり考えていました。手に職をつけようと看護師を目指しました。私たちの大学進学を機に、一家は「解散」。父はひとりで暮らし、私は母と同居し、姉は大学の近くでひとり暮らしを始めました。その後は授業が忙しく、姉と遊ぶことはほとんどありませんでした。私は念願かなって3年前に大学病院に就職し、ひとり暮らしを始めました。

経済的に自立し、誰かの役にも立ちたいと志した看護師の仕事ですが、その道は予想以上に厳しいものでした。患者さんときちんと向き合いたいのに、忙しくてままならない。患者さんが亡くなるたびに後悔の念に苦しみました。「気持ちをうまく切り替えないとダメだよ」と先輩に言われますが、うまくできないのです。ついに過労とストレスで精神的に参ってしまい、5月から休職することになりました。

辛くて悲しくてたまらない。誰かに助けてほしい。でも母や友達に泣き言は言えない。そんな葛藤がピークに達したある晩、無意識に姉に電話をしました。大学時代からほとんど連絡も取っていなかったので、どんな態度を取られるか心配でした。ところが姉は私の辛い気持ちを何時間もじっくりと聞いてくれました。

「あなたは昔からまじめでやさしい子だったもんね。無理して頑張らなくてもいいよ」。説教がましいことは一切言わず、寄り添うようにつらさを受け止めてくれる姉にどれほど救われたでしょう。幼いころから実は自分のことを見ていてくれた人がいることのありがたさを、しみじみ感じました。

「お姉ちゃんがついているよ」。不仲な家族が悲しくて嫌いで、ひとりぼっちで頑張らなきゃと思っていたけれど、私にはお姉ちゃんがいる。昔はケンカばかりで、わかりあえるところなどないとさえ思っていた姉の存在が、とても心強く思えました。

姉の温かい言葉に支えられ、私もようやく8月から復職できる見込みとなりました。遠くに暮らしているのでなかなか会えないけれど、つらいときに寄り添ってくれた姉に、面と向かっては伝えきれない感謝の花束を届けられたらうれしいです。

花のない花屋

《花材》ダリア、ケイトウ、ガーベラ、カーネーション、エキナセア、ブバルディア、グリーンネックレス、ドラセナ

花束を作った東さんのコメント

華やかなお姉さまということでしたので、上はダリアやガーベラ、カーネーションなど比較的大ぶりで、暖色系をミックスしたアレンジを。でも下には小ぶりなブバルディアを散らし、かわいらしさも忘れずに。一番下のリーフはドラセナの「ソング・オブ・インディア」という種類。リボンのようにくるりと巻いて、ワイヤで束ねました。色も緑と黄色がまざっていて、明るい印象を与えつつも、上の花たちを引き立ててくれます。全体に巻き付けているのは、グリーンネックレスといいます。普段からブーケなどのアクセントに使われます。今回は華やかさとかわいらしさだけではない、ピリリとさせるエッセンスとして投入しました。

近しい関係のお姉さまに感謝を伝える花束なので、仰々しくなりすぎないよう心がけました。

花のない花屋

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花のない花屋

(構成・深津純子/写真・椎木俊介)

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    フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

    ケンカばかりの年子の姉、不仲な両親 一家は「解散」し、私はひとりだと思っていた

    1976年生まれ。
    2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
    近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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    PROFILE

    椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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