相棒と私

「劇場」行定勲監督が大ヒットを生み出せた理由。「観客の中心にいる」相棒の存在

同じ目的を共有する「相棒」とはどんな存在? 「相棒」との大切なエピソードを語っていただくこの連載。今回は、映画監督の行定勲さんにお話を聞きました。

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これまで多くのヒット作を手掛けてきた行定勲監督が名前を挙げたのは、宣伝プロデューサーの平下敦子さんだ。行定監督とはこれまで3作の映画でタッグを組んでいる。

「劇場」行定勲監督が大ヒットを生み出せた理由。「観客の中心にいる」相棒の存在

相棒:平下敦子(宣伝プロデューサー)
1979年愛知県生まれ。2003年広告会社に入社、07年に映画会社アスミック・エースに転職。11年間同社にて映画宣伝を担当後、ソニー・ピクチャーズを経て、19年にアニプレックス入社。実写・アニメ映画の宣伝に携わる。宣伝を手掛けた主な作品に、「ピンクとグレー」(16年)「君と100回目の恋」「ナラタージュ」(17年)「坂道のアポロン」「50回目のファーストキス」(18年)など多数

映画監督と宣伝プロデューサーはどういう関係なのか――。
 
「僕は作り手なので身勝手なことを言うと、『映画を作ったら終わり』と考える映画監督はいると思います。でも、出来上がった映画は世の中の多くの人に見てもらわなければ意味がない。映画監督にとって宣伝プロデューサーは、完成した映画を理解して観客目線に立ちながら広めていく、要なんです」

行定監督が平下さんと初めて組んだ作品は、加藤シゲアキさん(NEWS)の小説を映画化した「ピンクとグレー」だった。

「宣伝があって大ヒットしたと言っても過言ではありません。映画は原作を映画的な脚本にして作っている部分があり、その見せ方がコピーを含めて見事だった」

そのコピーとは、「幕開けから62分後の衝撃」。平下さんは映画が始まって62分後にカラーからモノクロへと変わる瞬間に目をつけた。

「『数えたら62分でした』と平下が言うわけです。僕はそう言われても数えてないし、そもそもグレーにするつもりの意味でモノクロにしたわけではありません。でも、『62分後に衝撃が起こります。さてその衝撃とはなんでしょう?』という問いかけが、多くの人に『え、何?』と思わせた」

「平下は『この謎解きをしに、みなさん映画を見に来てください』と、映画をミステリーにしてしまった。これは完全に観客に読み違いをさせます。単純な手法ですが、それが一人歩きした。本当に素晴らしい“発明”でした」

「劇場」行定勲監督が大ヒットを生み出せた理由。「観客の中心にいる」相棒の存在

2作目の「ナラタージュ」は、島本理生さんの恋愛小説の映画化で、主演は松本潤さんと有村架純さん。高校時代の恩師である既婚男性と女子学生の報われない恋模様を描いた。

「『一生に一度の恋。わたしには、あなたでした。』というコピーは、不倫を肯定するというよりは一個人、個と個が結びついているのだから、誰が何を言えるんだ、と推していった」

当時はやたらと不倫がニュースとなり“文春砲”が炸裂(さくれつ)していたと言う。そのくせ映画や小説は不倫ものが多かった。

「『不倫の映画か、良くないね』『可愛い子が既婚者に恋するのね』と言われそうなところを、平下は2人の恋愛を『純愛』と言い切った(笑)。逆風を味方にしようという戦略です。2人の恋愛を個として受け止めるということが、きちんと観客に刺さるかが勝負でした」

宣伝プロデューサーの手腕

観客にとって、宣伝が腑(ふ)に落ちるかどうかはヒットの行方を左右する。宣伝プロデューサーはある意味、作り手以上に作品を理解する力が必要だ。

ポスターなどの宣伝ビジュアルを作るにしても、俳優たちをどう見せるか各所とコンセンサスを取りながら作り上げる。称賛・応援コメントの並べ方も「宣伝プロデューサーの手腕が物を言う」と行定監督は話す。さらに、力量が問われる仕事の一つが「製作委員会の調整」とも。

「製作委員会方式といって、何社もの企業が資金を出し合い協議し合い映画を作っている。そのため、宣伝を巡っても、みなさん良かれといろんな意見を言います」

「人が集まればエッジはとがらない。確実に丸くなる。その調整には時間がかかるんです。平下はその中にいて、覚悟を持ってはっきり物を言うことができる。自分が思い描いたビジョンを突き通そうとする女性だと感じています」

「劇場」行定勲監督が大ヒットを生み出せた理由。「観客の中心にいる」相棒の存在

行定監督は、平下さんの魅力を「僕より良い意味で“俗っぽい”ところ」と言う。

「僕は“俗っぽい”ところがあり、僕自身の映画には必要だと思っています。俗っぽさというのは、観客が共感しやすい。平下は僕より気持ち観客寄りですが、作り手の気持ちもよくわかっている。平下なら僕がどんなにアーティスティックな作品を作ったとしても、非常に俗っぽく観客に伝えてくれるだろうと思うんです。平下なりに僕の作品を全部理解した上で、観客に刺さる言葉を選択してくれると思える。安心感があります」

「ピンクとグレー」も「ナラタージュ」も、監督が目標に定めた配給収入や観客動員数をクリアした。行定監督の平下さんへの信頼は厚い。

又吉直樹さんの小説を映画化した「劇場」の宣伝の担当が、平下さんの所属するアニプレックスと決まったとき、行定監督は「宣伝は平下がやってくれるよね」と電話した。

「劇場」行定勲監督が大ヒットを生み出せた理由。「観客の中心にいる」相棒の存在

(c)2020「劇場」製作委員会

「劇場」に一番感情移入しているのは……

「劇場」で3度目のタッグを組むことになった。物語は劇作家を目指す不器用な男と、彼の夢をけなげに応援し続ける女性の切ない恋物語。

平下さんが打ち出したコピーは「生涯忘れることができない恋」だった。

「そんな話は世の中には掃いて捨てるほどあります。芸術家やクリエーターに見てもらったら、『これと同じ経験をしたことがある』と言う人が多かった。僕も余すところなくあります(笑)。人を傷つけていたその時は、『これは一生の恋なんだ』って思うんです。実際にはいくつもそういう恋はあるのに(笑)。観客はそれもわかっていながら、映画を見て誰かを思い出す。平下はそう考えたと思いました」

「劇場」行定勲監督が大ヒットを生み出せた理由。「観客の中心にいる」相棒の存在

(c)2020「劇場」製作委員会

平下さん自身もこの映画を「完全に自分の話だと思う」と監督に伝え、自分がいかにダメンズ好きかを説明した。行定監督は、平下さんが個人的に3作の中で「劇場」に一番感情移入していると感じたと言う。

「平下は自分が大衆の真ん中にいると設定して、この映画で何を言われると響くのか、自分の中できちんと腹落ちしている。その上で、『私がそうなので』と熱く語るから説得力があるのです」

持てる力をすべて尽くして完成した映画。にもかかわらず、行定監督は観客に対して、「僕ができることは何もない」と不安に思うそう。

「その観客の中心に平下がいて、必ず『大丈夫です』と言うんです。『大丈夫です。私がお客様に届くように考えるので』と。平下はどんな人たちが映画を見にくるかを予測し、確実に届けようとする。その人たちが共感し感情移入すると映画は自然に確実に広がります」

大丈夫――。信頼する人から言われたら?

「心強いですよ。公開する前に『大丈夫です』って言うんですから」と行定監督は笑った。

「劇場」行定勲監督が大ヒットを生み出せた理由。「観客の中心にいる」相棒の存在

(c)2020「劇場」製作委員会

劇場と配信の同時公開

「劇場」の公開は、当初全国280スクリーンで4月17日から公開されるはずだった。新たな公開日が決まった後も上映館の再調整は難しかった。そんな時にAmazonプライムビデオで配信するという話が浮上。行定監督には、映画はスクリーンで見てもらってこそ完成形との思いがあるだけに気持ちは揺れた。だが、せっかくみんなで必死に作り上げた映画がお蔵入りとなっては元も子もない。

結局、Amazon側が監督の意向をくんで、全国のミニシアター20館での劇場公開と同時にAmazonプライムビデオによる全世界独占配信が決まった。劇場と配信の同時公開は日本の映画では初めてのことだった。

「劇場」行定勲監督が大ヒットを生み出せた理由。「観客の中心にいる」相棒の存在

(c)2020「劇場」製作委員会

「僕たちが劇場公開と配信にしたのは、一人でも多くの人たちに『劇場』を届けたいから。平下が戦略として世の中に作品を広めていた延長上の結果が配信にもつながったと思う。それは映画に対する一つの評価だと思いました」

「彼女としては縮小された規模の映画館であっても、この映画をみなさんに届けるようにしたいと。もっと言うなら、ミニシアターで上映したら観客があふれて『もっと見たい』と言う人たちがこんなにいるんだ、となればいいと考えたわけです。配信で見て、この映画には次は劇場で見たいと思わせる仕掛けはあると思うので、そこにつながるとうれしいです」

実際、7月17日の公開初日から3日間で東京のメーン上映館だけでなく、それ以外の劇場でも満席が相次いだ。行定監督と平下さんの熱い思いは見事、図に当たった。
(写真 植田真紗美)

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行定勲(映画監督、演出家)
1968年生まれ。熊本県出身。初の劇場公開作「ひまわり」(2000年)が、第5回釜山国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞。01年の映画「GO」で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ、数々の賞に輝き、一躍脚光を浴びる。その後の監督作品に、「世界の中心で、愛をさけぶ」(04年)「北の零年」「春の雪」(05年)「クローズド・ノート」(07年)「パレード」(10年)「リバーズ・エッジ」(18年)などがあるほか、「窮鼠(きゅうそ)はチーズの夢を見る」が9月に公開予定。

「劇場」行定勲監督が大ヒットを生み出せた理由。「観客の中心にいる」相棒の存在

(c)2020「劇場」製作委員会

「劇場」
お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹の恋愛小説を映画化。劇作家を目指す青年・永田(山﨑賢人)と、彼の居場所を作ろうとした恋人沙希(松岡茉優)の切ない恋の行方を描く。
出演:山﨑賢人、松岡茉優、寛一郎、伊藤沙莉、上川周作、大友律/井口理(King Gnu)、三浦誠己、浅香航大ほか。
原作:「劇場」又吉直樹 著(新潮文庫)
監督:行定勲 脚本:蓬莱竜太 音楽:曽我部恵一 
東京・ユーロスペースほか全国にて公開中。Amazonプライムビデオにて全世界同時配信中。配給:吉本興業(c)2020「劇場」製作委員会

「劇場」行定勲監督が大ヒットを生み出せた理由。「観客の中心にいる」相棒の存在

(c)水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会

「窮鼠はチーズの夢を見る」
サラリーマンの大伴恭一(大倉忠義)は久しぶりに出会った大学の後輩・今ヶ瀬渉(成田凌)から長年の思いを告白され……。同性同士の切ないラブストーリー。監督:行定勲 出演:大倉忠義、成田凌、吉田志織、さとうほなみ、咲妃みゆ、小原徳子ほか。原作:水城せとな『窮鼠はチーズの夢を見る』『俎上(そじょう)の鯉は二度跳ねる』(小学館「フラワーコミックスα」刊) 脚本:堀泉杏 音楽:半野喜弘
9月11日からTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

PROFILE

坂口さゆり

生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画評や人物インタビューを中心に、金融関連や女性のライフスタイルなど幅広く執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。主な紙媒体に、「朝日新聞」(朝日新聞社)「AERA」「週刊朝日」(以上、朝日新聞出版)「Precious」「女性セブン」(以上、小学館)「プレジデント」(プレジデント社)など。著書に『バラバの妻として』(NHK出版)『佐川萌え』(ジュリアン)ほか。

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