東京の台所2

〈213〉36平米の団地に4人暮らし。ステイホームで全身に湿疹が

〈住人プロフィール〉
ランドスケープデザイナー・43歳(女性)
団地・2DK・小田急線 祖師ヶ谷大蔵駅
入居7年・築年数55年・夫(46歳・建築士)、長男(10歳)、長女(7歳)との4人暮らし

4月はのんきだったが……

 子どもは小学2年と4年。団地の6畳ふた間に4人で住んでいる。夫は建築設計を、自分はランドスケープデザインを生業(なりわい)とし、近所に40平米の事務所を借りている。コロナで学校が休みの間は、ここに朝から子どもを連れて4人で通った。

 彼女は語る。
 「今年の3月は、まだ楽しかったんです。4月は、『1日1時間は勉強をやろうね』なんて、のんきでした。子どもたちはタブレットでオンライン塾の授業を受けたり。その横で私たちは仕事をしていました」

 5月に時間割が配られ、家での自習に指針を示されたあたりから様子が変わってきた。
 「いつまで続くかわからないなかで、課題や宿題が次々出されて。そのうち長男がLINEのビデオ通話をやりだしたんです。長女は横で算数の動画を見ている。仕事部屋はひとつですから、うるさくて。仕事に集中できず、夫婦ともにイライラ、疲弊しました」

 家族4人分、毎日3食作ることにも疲れはてた。
 「料理は好きなのですが、コロナの時期はストレス解消と負担の両方で、正直きつかった。自分の味にも飽きるし。生協でたくさん買いだめして、その食材を使わなきゃというプレッシャーも負担でした」

 5月半ば。気がついたら全身に湿疹ができていた。
 6月、学校が始まった。しかし、すべてが通常通りではない。
 「いまでも多少ストレスはありますよ」と胸の内を明かす。

 家族みなが健康で、経済的損害も少ない。事務所を持つ共働きで、もともとがリモート勤務のようなものだ。もっとつらい思いをしている人はたくさんいる。しかし、ニュースに載らないそんなふつうの人々の暮らしをも、コロナはじわじわと駆逐し、安寧を奪う。湿疹は特別変わった話ではない気がした。

 「子どもとともに家から出られないというのはけっこうこたえましたね。ときには夫にまかせて近所のママ友と飲んだり、うちは6畳ほどの区民農園を借りているのでそこで4人で畑仕事をしたりしてだいぶすくわれましたが」

 そのうち彼女は食材を買い込まないようになった。使い切らなければという呪縛から逃れるためだ。また、ふだんは冷凍や加工食品は苦手だが、たとえば冷凍餃子(ギョーザ)にたよることもよしとした。
 栄養や健康にこだわりすぎるより、多少偏っていても、自分も家族も笑顔で「おいしい」と思える時間を大事にしたかった。

 「夫が料理を作ったとき、卵かけご飯だけっていうことがあったんです。でも子どもたちはすごく喜んでいて。おいしくて楽しければそれが一番だなあと気づきました」

〈213〉36平米の団地に4人暮らし。ステイホームで全身に湿疹が

同じ団地で3回住み替え

 発疹こそあれど、基本的には自分の体の悲鳴や不調に敏感で、軌道修正や、肩から力を抜くのがうまい。
 きっかけは33歳の出産だ。食生活にこだわる助産院で、産前産後に自然食を学んだ。

 「過去に自分の体調を整えるためにマクロビを取り入れたことがあるので、産後は数年、ストイックにマクロビを実践しました。白砂糖や乳製品をいっさいやめて。ところが4歳くらいになると自己主張が出てきて、子どもが嫌がるようになったんです。私が頑張りすぎちゃったんですね。それをみて、まいっか。好きなものを好きなように、楽しく食べられればいいやと考えるようになりました」

 マクロビを学んで役立ったこともたくさんある。
 体が重くなったら朝食を抜いて調節したり、体調に合わせて砂糖や肉をセーブしたりして、自分でコントロールできるようになった。

 住み継いできた人々がおのおのに好きな植物を植えた団地の庭が、55年を経て森のようになっている。庭のデザインを生業とする彼女にとって、この緑も大きな支えになっている。

 「春になると桜や桃が満開で、夢みたいに美しいんです。ベランダから見える景色がすごく幸せで、同じ団地内で3回引っ越して10年になります」
 一歩出ると顔見知りだらけで、会話の多い団地暮らしも、大好きな商店街も宝物だ。
 まだ多少のストレスがあり、コロナの行く末が見えなかろうとも、自分を癒やすすべをいくつも知っている彼女なら大丈夫だろう。と、思ったら。
「団地は建て壊しのため、来年3月で退去しなければいけないんです」
 
 残り6カ月余。
 だがここで暮らした10年はきっと未来の礎になる。トライアンドエラーを繰り返しながら知恵を蓄えていく人のようだから、きっと新しい土地でも肩の力を抜いて、聡明(そうめい)に生きてゆくだろう。
 ぬか漬けや梅干しや次々冷蔵庫から出てくる手作り調味料を見ながら、そう思った。
 笑顔と緑と人のつながり。自分に必要なものを知っている人は強いのだ。

〈213〉36平米の団地に4人暮らし。ステイホームで全身に湿疹が

 

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    • 大平一枝

      長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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    • 本城直季(写真)

      1978年東京生まれ。現実の都市風景をミニチュアのように撮る独特の撮影手法で知られる。写真集『small planet』(リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。ほかに『Treasure Box』(講談社)など。

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