鎌倉から、ものがたり。

サザンオールスターズの名付け親が描く、ゆるく自由な次の価値観 茅ケ崎のカフェ「BRANDIN」

茅ヶ崎の住宅街にある一軒家。玄関からホールに足を踏み入れると、壁一面がレコード棚になった部屋が目に入り、圧倒される。

 ここは音楽評論家の宮治淳一さん(65)と妻のひろみさん(58)が、1999年にオープンしたミュージックライブラリー&カフェの「BRANDIN(ブランディン)」。ライブラリーには1960~70年代のポップス、ロックを中心としたアナログのLPレコード約1万枚が収められている。

 棚から好きな1枚を取り出してかけてもらうこともできるし、CDコレクションからリクエストも可能。コーヒーは1杯450円から。これで、いくらでも好きな音楽を聴くことができるのだから、音楽好きには天国のような場所だ。

 茅ヶ崎で生まれ育った宮治さんは、小学校3年の時に聴いたビートルズに衝撃を受けて以来、半世紀以上にわたる筋金入りの音楽好き。

「将来、音楽の仕事に就くだろう」と、子どものときに予感した通り、新卒でレコード会社に就職して、音楽シーンの黄金時代と伴走した。ミュージシャンの桑田佳祐さんとは地元の小・中学校の同級生で、「サザンオールスターズ」の名付け親としても知られている。

 カフェを開業するきっかけとなったのは、91年から95年まで、音楽・映像プロデューサーとしてロサンゼルス(LA)に駐在したことだ。LAには最先端の音楽ビジネスとともに、ゆるくて自由なサブカルチャーが息づいていた。ひろみさんと、長女の家族3人でアメリカ中を旅行する中で、日本ではまだ珍しかったブックカフェの形に心を動かされた。

「近所のお客さんたちが、ふらっと入ってきて、本棚から好きな本を取り出して、コーヒーと一緒にひと時を過ごす。旅行者でも同好の士たちと出会えて、ちょっとした会話を交わして、『じゃ、元気でね』と、笑顔で別れていく。あ、こういうの、いいなあ、と」

 自分だったら、本をレコードに換えてできる。赴任を終え、故郷の茅ヶ崎に帰った時に自宅兼用の物件探しをはじめて、元フランス料理屋だった現在の家に出会った。決め手となったのは、木造でありながら、1階の基礎が頑健なコンクリートだったこと。これなら、重量のあるレコードコレクションに耐えうる! 東京への通勤を続けながら、3年かけて改装した。

 宮治さんの仕事盛りは、好景気の時代と重なった。その意味では幸運だったが、日本の会社員人生の決まり切ったレールには、折にふれて疑問を感じていた。経済縮小の時代に入り、世紀が明けて、音楽業界も企業社会も、余裕をどんどんなくしていく中で、「次の価値観」を探す思いは強まっていた。

 定年を待たず、55歳で早期退職に応募し、会社から業務委託を受けたフリーランスとして、月曜から金曜まで出社。以前からやりたかったDJや本の執筆などに、本腰を入れるようになった。

「収益性でいえば、このカフェはまったく役に立たない(笑)。でも、このカフェは僕の音楽活動の一部なんです。だって、ひとりでレコードを黙々と聴いているのも、ナンじゃないですか。ここでお客さんたちと、好きな話に興じて、店とお客さん以上のいい関係を築けることが、僕にとっては仕事を続けるエネルギー源になっているんです」

 折しもコロナ禍でリモートワークが進み、人々の間で「地元」を見直す機運が高まっている。宮治さんもテレワークを行う中で、次はBRANDINをコワーキングスペースとして使うことも思案している最中だ。

(→後編に続きます)

BRANDIN(ブランディン)
〒253-0031 神奈川県茅ヶ崎市富士見町1-2
TEL:0467-85-3818

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    PROFILE

    • 清野由美

      ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

    • 猪俣博史(写真)

      1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

    「私は普通」それがここでは温かい 山小屋への愛を込めた「カフェヒュッテ」

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    こだわりがあっても、とらわれない そんな自由なサブカルチャーの空気が茅ケ崎に カフェ「BRANDIN」

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