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曖昧になる「仕事」と「生き方」の境界。理想の働き方はどこに

曖昧になる「仕事」と「生き方」の境界。理想の働き方はどこに

撮影/馬場磨貴 (撮影協力/RELIFE STUDIO FUTAKO)

『ぼくは蒸留家になることにした』

理想の働き方って、どうやったら見つかるのだろう?

これだけ情報があふれているのに、理想の働き方はなんだか遠く向こうでぼんやりとしているのはなぜだろう。疲れた顔ばかりの通勤電車に揺られる私たちが、それと出合える日は来るだろうか。

前々から気になっていることがあった。働き「方(かた)」の話題になると、働き「型(かた)」の話になることだ。例えば、「いつか田舎に移住して、そこでのんびり暮らしたい」といった都会vs田舎の論争。プライベート重視か仕事重視かという二項対立。大企業がいいか、中小企業がいいかという意味があるかわからない質問。オフィスワークやテレワークといった横文字で表現されることも多い。

働き方を選ぶとは、いくつかある「型」の中から一つの「型」を選びとることなのだろうか。理想の「型」を探していれば、理想の働き方は見つかるものなのだろうか。そういうことなのかもしれないし、そういうことではないような気もする(現代はそんな「型」が簡単にたくさん見つかる社会のはずなのだ)。

今回ご紹介する『ぼくは蒸留家になることにした』は、そんなとりとめのない疑問とゆるやかにつながっていく一冊だった。

「なりたい」ではなく「なることにした」

筆者の江口宏志さんは、「UTRECHT(ユトレヒト)」という本屋を東京で営んでいた。それが40代半ばになろうとしたころ、ヨーロッパで古くから「Eau de vie(オー・ド・ビー)」と呼ばれてきたお酒をつくる蒸留家に、突然「なることにした」。本書はタイトルの通り、その転身のきっかけから、実際に家族を連れて東京を離れ、自分の蒸留所をつくり、オリジナルのお酒を販売することになるまでの道のりが描かれている。

ところで、なぜ本屋が蒸留家に?と思うだろう。周りから見れば、人生を変えるレベルの大きな決断だ。でも本書によれば、そこに劇的なことはなく、20年近く本屋の仕事をする中でゆっくりと起きた変化だという。

江口さんは本屋での様々な企画を通じて、食や暮らしへの関心が徐々に高まっていった。同時に「マネジメント」や「プロデュース」という立場での仕事が増えるにつれて、最初から最後まで自分で手と体を動かして何かをつくってみたい、それを可能にする「技術」が欲しいという思いが強くなっていったという。つまり出会った人々や考え方の変化による、劇的というより複合的なものだった。肩透かしを食ったようだが、案外そういうものかもしれないな、とも思う。

それでも、蒸留家の仕事を意識するきっかけになった、具体的な「その瞬間」というものはある。オーストラリアの雑誌に載っていたドイツ人蒸留家クリストフ・ケラーのインタビュー記事との出合いだ。

クリストフは大都会フランクフルトでの華々しいキャリアを捨てて、家族と一緒に南ドイツの田舎へ移住し、小さな農場で蒸留酒をつくりはじめた人。その彼の考え方と、江口さんが当時抱えていた漠然とした興味が共鳴した。江口さんはすぐさまクリストフにメールを送り、ドイツの蒸留所に足を運ぶ。きっと、「UTRECHT」を辞めることになるのだろうという感覚と一緒に。

「生きる」喜びへと

そこからどうやって自分の蒸留所をつくるに至ったかは本書に譲りたい。とにかく、たくさんの人との出会いがあった。そして色とりどりの植物、果実がその中心にあった。コントロールできない自然を相手にすることに、喜びを感じるようになっていった。

本書には「仕事が生き方と結びつく」という言葉がでてくるが、そういう感覚なのだろう。江口さんの物語が進むにつれて、どんどんと「働き方」と「生き方」の境界は曖昧(あいまい)になっていく。そして、「働く」を通じて得る喜びは、人間として「生きる」喜びに直結していく。その感じがなんともいいのだ。気づくと一種の憧れの目線で読んでいることに気づく。

でも、そこでふと思う。じゃあ、「田舎に暮らそう」ということなのだろうかと。

話は冒頭に戻るが、私はそういう単純な話なのかなと疑問に思った。分かりやすい「型」ではなく、本書を読みながら生じるそれぞれの心の微妙な動き(それは憧れなのか、はたまた否定なのか、それとは別のものか)、その微細な振動の振れ幅と方向のなかに、その人オリジナルの働き方のヒントが隠れている気がした。それと向き合わない限り、どれだけ多くの情報に触れようが、理想の働き方は陽炎(かげろう)のようにいつまでもつかみとれないのではないか。

本書から薫る土のにおい、虫の羽ばたき、草木と花、照り付ける日差し、風。それは懐かしい喜びを、私に呼び起こした。木を植える、果実を摘む、発酵させる、蒸留する……。人間の一生分よりも長い時間軸の中で、目の前の仕事に向き合うこと。そして、食べること、飲むことという根源的な喜び。周りの人と一緒に共有すること。ありのまま楽しむこと。それは懐かしい憧れを、私の心の中に広げた。

筆者の感じたものは確かに、私自身とどこかで重なっていて、共振するように心をゆらゆら揺らす。本書を読み終えたときのその心のゆらぎのなかに、自分だけの働き方を、未来のヒントを、探してみる。

(文・中田達大)

     ◇

働くということ


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