このパンがすごい!

素材の旨味がほとばしる! 20年の歩みが生んだ、孤独のサワードゥ/LEE’S BREAD

JR大磯駅近く、雑貨店などが入居した古民家数軒が並んだ「茶屋町路地」の奥。和の雰囲気を漂わせる小さなパン屋の店主はアメリカ出身のベイカー、内海リーさん。彼女が作るのは、発酵種・高加水の生地を高温で焼きあげる「サワードゥ」だ。

3種のオリーブが入った「オリーブ」。なよっとしなだれるほどやわらかい高加水の生地。ふるふると舌を撫(な)でたかと思うとみずみずしく溶け、発酵種の風味、小麦のミルキーさ、そしてオリーブの酸味と旨味をほとばしらせる。

素材の旨味がほとばしる! 20年の歩みが生んだ、孤独のサワードゥ/LEE'S BREAD

オリーブ

世界的流行を見せる「サワードゥ」。日本でも、サンフランシスコ・タルティーンベーカリーのチャド・ロバートソンさんの著書を通じて浸透しはじめている最先端のパン。その新しい流れにリーさんのパンも連なっているのだと思った。

ところが、リーさんは「オリーブ」を昨日今日はじめたのではなく、約20年も前から焼きつづけているのだという。どういうことなのか?

「チャドがタルティーンベーカリーをはじめる前、サンフランシスコ郊外(ポイントレイズ)にあった工房で、彼のパンを食べた。びっくりした。『今まで食べてたのはパンじゃない!』っていうぐらい大好きになりました」

素材の旨味がほとばしる! 20年の歩みが生んだ、孤独のサワードゥ/LEE'S BREAD

内海リーさん

実に20年以上前、当時無名だったチャドさんのパンを、リーさんは食べている。サンフランシスコの料理学校に一時留学していた35歳頃のことだ。

「チャドのパンを食べたら、私もパンを作りたくなった」

大学進学のため19歳で来日して以来、料理やお菓子作りに熱中していたリーさんが、突如パン作りに目覚めた。

サンフランシスコから日本に再来日後は、自宅でパンを焼き、イベント会場や店頭、ホテル、教会のバザーなど、「Lee’s Bread」と書かれた木箱にパンを入れ、出張販売に出向いた。

素材の旨味がほとばしる! 20年の歩みが生んだ、孤独のサワードゥ/LEE'S BREAD

販売をはじめた当時から使用する木箱

「みんなに『硬いパン』だと言われて、苦労しました」

それは誤解であろう。リーさんのパンは硬くもすっぱくもなく、むしろ高加水によってやわらかく、皮は薄いのだから。でも、自家培養した発酵種を使うパンを売る店は日本にまだ少なかったし、人々にとってあまりにも馴染みがなかった。リーさんの歩みは孤独だった。

「ひとりで勉強しました。本もあまりなくて、1冊の本をぼろぼろになるまで読んだ。あとは、サンフランシスコ、北欧……いろんな国を食べ歩き、参考にしました(たとえば、『オリーブ』もサンフランシスコで食べたパンが基になっている)。ぜんぶ偶然の発見。何回も試行錯誤して、自分のレシピを作りました」

素材の旨味がほとばしる! 20年の歩みが生んだ、孤独のサワードゥ/LEE'S BREAD

加水の多いやわらかい生地を成形する

約20年のキャリアを持つリーさんは、西海岸流のサワードゥの、日本における草分けというべき存在ではないか。

べたつく高加水のパンをどのように成形するかという難問にも自分で答えを出した。1個分の重量に分割した生地を、温度・湿度を低く設定したドゥコンディショナー(温度を調節できる保温庫)にしまう。乾いた外側の部分だけを触れるようにして生地を編み込んでは発酵カゴに入れる。

酸味もなく、うつくしい香りの理由は種の作り方にある。

「種がフレッシュなときに使いたい。ピークになる前のほうが、発酵がいい」

LEE’S BREADのパンにある発酵の香りは複雑で、パンごとに異なる。「フルーツナッツライ麦」ではしょうがと黒糖のように感じられ、「ポテトローズマリー」ではしょうゆとダシに似て感じられる。そして共通して感じられるのは、紫蘇のようなさわやかな香り。発酵種の香りは、その土地にすむ微生物の種類によって異なる。リーさんがもしアメリカでサワードゥを作っていたら、こんなオリエンタルな香りになったかどうか。

素材の旨味がほとばしる! 20年の歩みが生んだ、孤独のサワードゥ/LEE'S BREAD

ポテトローズマリー

「日本の小麦は、アメリカの小麦より甘みがあって、もちもちして、おいしい。キタノカオリ、南部小麦、春よ恋……」

種の風味と国産小麦の甘さが合わさって、LEE’S BREADのパンはできあがる。

20年前とはちがい、いまや孤独ではない。Instagramで、サワードゥを究める内外のベイカーたちとつながる。

「みんなといろんな話ができる。でも、みんなちがう。製法を真似(まね)できるかもしれないけど、同じじゃない。パンを食べると、どういう人かわかる。それがおもしろい」

アメリカというルーツと、日本への愛。その両方の要素を兼ね備えたリーさんのパンは唯一無二だ。

なお、隣の「茶屋町Cafe&deli」でドリンクを購入すれば、LEE’S BREADのパンをイートインできる。古民家で食べるサワードゥの味は格別だ。

LEE’S BREAD
〒255-0003 神奈川県大磯町大磯1156-10
0463-74-6499
9:00~16:00
月~水曜休
https://leesbread.com

茶屋町Cafe&deli
〒255-0003 神奈川県大磯町大磯1157
0463-74-6499
10:00〜16:00
月~水曜休

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    PROFILE

    池田浩明

    佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
    日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
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