ほんやのほん

他人と自分を重ね合わせようとしても。格好良い大人のあり方

他人と自分を重ね合わせようとしても。格好良い大人のあり方

撮影/馬場磨貴 (撮影協力/RELIFE STUDIO FUTAKO)

『ファルセットの時間』

35歳を過ぎてから病院に通う回数が増えた。健康に過ごせた10代、20代の頃がうそみたいで、すぐに体のどこかが悪くなる。いくら寝ても疲れは取れないし、肌の張りもなくなった。性欲も減退した。食欲だけは旺盛で、毎晩アルコールは欠かせない。しかし、その分すぐに太る。若さを失うのはあっという間だ。もう10歳若ければ。あの頃に戻りたい。そんなことを考えるのは誰にだってあることだろう。

肉体的なことばかりではない。歳(とし)を重ねるごとにできなくなっていくことだってある。後先考えずに勢いよく決断したり、恥ずかしがらずに他人を頼ったり、素直に謝ったりすることができなくなった。心も体も八方塞がりだ。でも、そんなことだって、誰もが経験することに違いない。だからこそ、そんな自分自身と真正面から向き合える人は格好良い。『ファルセットの時間』の主人公はそんな格好良い大人だと思う。

34歳の主人公・竹村はかつて女装をしていたが、妻にはそのことを隠している。そして、ある日喫茶店で16歳の美少女・ユヅキと出会う。ユヅキの女装は完璧とはいえないが、白くなめらかな肌、美しい容姿に恵まれていて、通行人から視線を集めるくらい可愛い。そんなユヅキを女装していた若い頃の自分と重ね合わせる竹村は、ユヅキを女装バーに連れていき、化粧を教えたり、自分が持っている高価なウィッグを与えたりする。

しかし、竹村の庇護(ひご)のもと飼いならしているはずだったユヅキが、自分の知らないうちに高校の友人と女装バーに通い、常連客からちやほやされている姿を見て竹村は憤慨する。自分が育てていたユヅキが自分のもとから離れていく。

よく考えれば、竹村にはユヅキのような美貌(びぼう)もなければ、女性のような美声もない。過去の自分の中にユヅキがいると思い込んでいた竹村は、思い違いをしていたことに気付く。ユヅキが自分のたどった道をなぞるように生きると思い込んでいたが、まったくそんなことはなかったのだ。

「自分らしく生きていきたい」と願う中で

終盤、久々に女装をした竹村がユヅキを呼び出す場面が印象的だった。声変わりして思うように歌を歌えなかったユヅキに対して、「彼女のきれいな歌をまた聞きたい」という思いと、「きれいな声が出せなくなって悩み苦しめばいい」という思いが交錯する――。

この感情を私はよく知っている。竹村と自分自身を重ね合わせてそう思った。いとおしい、けれど、憎い。慈しみたい、けれど、汚したい。相反する感情に矛盾はない。いや、矛盾があったとしてもそれでいい。体も心も老いていく中で、それでも自分らしく生きていきたいと願う自分と、主人公の竹村を重ね合わせるように読んだ。それこそ、竹村がユヅキに自分自身を重ね合わせていたように。

けれど、そういった読み方こそ危ういのだと思う。私と他者とを重ね合わせようとしたところで、どうしたってピッタリとは重なり合わない。重なり合うはずだという思い込みが他者との軋轢(あつれき)を生む。では、他者とどのように関わることで私たちは幸せになれるのか。きっと、他者とは決して重なり合わないとわかった時、はじめてほんの少し重なり合えるのだろう。この小説を読みながらそんなことを考えた。

(文・北田博充)

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    出版取次会社に入社後、本・雑貨・カフェの複合書店を立ち上げ店長を務める。ひとり出版社「書肆汽水域」を立ち上げ、書店員として自ら売りたい本を、自らの手でつくっている。著書に『これからの本屋』(書肆汽水域)、共編著書に『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)がある。

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