鎌倉から、ものがたり。

つながる、それぞれの個性で、価値観で 茅ケ崎のコーヒーショップ「小川売店」

 茅ヶ崎の鉄砲道にあるコーヒーショップ「小川売店」は、入って正面のキッチンスタンド、向かって右手のスナック席、左手のカフェスペースと、場所によってまったく違う雰囲気が味わえるつくりになっている。

前編からつづきます)

 白、水色、ピンクが基調のキッチンスタンドは、ハワイのドライブインやアイスクリームショップのイメージ。右手にある大窓の開いた空間は、少しレトロなスナック。左手奥のカフェは大胆な柄の壁紙が、ひと昔前のゴージャスな喫茶店を思い起こさせる。

 元は地元で長く営業した写真店だった。時代から微妙に取り残されていた建物に息を吹き込んだのは、店主の小川卓哉さん(32)、小雪さん(34)夫妻だ。店舗をリノベートする際、ヒントにしたのは、ふたりで国内や海外を旅したときに見た光景だったと、小雪さんはいう。

「たとえば熱海のような温泉街は、リノベしたカフェもステキですが、古びて人通りがなくなったような一画に、ぐっと心を持っていかれます。新婚旅行でハワイに行ったときも、華やかなショッピングモールではなく、普段づかいの店ばかりを回っていました。わびしげなフードコートやドライブインに、何ともいえない愛着を感じてしまうんですね」

「ハレ」ではなく「ケ」(日常)の空間、時間をいとおしく思う。そんな小雪さんの感性は、卓哉さんとも共通するという。だから、ふたりで店を開くときも、「この場所で長く続けること」を念頭に取り組んだ。

小雪さんが惹(ひ)かれる古い店は、店内に中二階を設けたり、ソファや緞帳(どんちょう)に装飾感たっぷりのビロードを使ったりと、つくり込んだ造作になっているところが多いという。

「いまの感覚でいうと、過剰でおおげさに見えるかもしれませんが、そこに店主の思いの強さを感じるからなんです。きっとみんな、ここで一生、商いをしていくって決めていたんだろうな、と。その思いの強さが自分たちにも重なって」

 小川売店の空間は、小雪さん、卓哉さんに、高校の同窓生である建築家の友人が加わり、3人でわいわいとアイデアを出しながら、「好きなようにつくった」という。それぞれのこだわりは、壁紙や天井などディテールに反映されている。一見違うスタイルでいて、全体に統一感がある空間は、息の合ったコラボレーションのたまものだ。

 店ではハードだけでなく、ソフトでもコラボレーションを大切にしている。たとえば年に2回、東京・西荻窪の「Satén japanese Tea」店主、藤岡響さんと行うイベントでは、藤岡さんが小川売店の空間に合う日本茶と甘味を用意して、BGMもみずから選ぶ。いつもとちょっと雰囲気の違った店内でも、いつものように近所の常連、家族連れ、観光客と、さまざまな人が訪れて、そこからマニアックなBGMに反応した音楽好きが、キッチンにいる3人に声をかけて話が弾んでいく。

 茅ヶ崎は鎌倉と海続きの場所だが、山の陰影が濃い鎌倉にくらべて、平地が続く茅ヶ崎の風土は、風と光の通り方がフラットで、肩の力が抜けている感じがする。そんな「茅ヶ崎風」を受け継ぎながら、30代の夫妻が時代に合った、新たな居場所をつくっている。

小川売店
〒253-0061 神奈川県茅ヶ崎市南湖5-11-1
TEL:0467-37-5082

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

出会ったからこそ、できた店 茅ケ崎のコーヒーショップ「小川売店」

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