私のファミリーレシピ

ボルシチ、始まりのファミリーレシピ

「おふくろの味(ファミリーレシピ)を作ってください」。ニューヨーカーの自宅を訪ね、料理を囲み、家族の話を聞いてつづった、ドキュメンタリーな食連載です。今回は、エヴァン・ハンサーと、レイチェル夫妻のお話です。(文と写真:仁平綾)

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「食べること」がトップ・プライオリティーの私のまわりは、気づけば自他共に認める食いしん坊ばかり。ブルックリンにあるレストランEggのシェフ、Evan Hanczor(エヴァン・ハンサー)と、ミュージシャンのRachel(レイチェル)夫妻もそんな類友のふたりだ。

東京にもレストランがあり、年に数回日本を訪れるエヴァンは、日本の食や食材にぐいぐい迫る探求者。昆布とカントリーハム(アメリカ版の骨付き生ハム)で出汁(だし)をとりラーメンを作ったり、アプリコットで梅干しづくりを試みたり。発酵食品マニアのため、自宅でコンブチャやキムチを手づくりすることも。

一方のレイチェルは、「冷蔵庫にどんな食材があって、それをどう組み合わせておいしいものを作ろうかと考えるのが好き」と話す料理愛好家。そんなふたりが、それぞれのファミリーレシピを振る舞ってくれるというのだから、色めき立たずにはいられない。おなかを最大限にすかせ、夫妻が暮らすブルックリンのアパートメントへ向かったのだった。

ボルシチ、始まりのファミリーレシピ

玄関ドアを開けた先はダイニング。エスプレッソマシン、十分なストックのワイン、棚にはたっぷりの小麦粉(エヴァンはパンを焼くのも得意)など、食いしん坊の部屋らしい風景

ニューオーリンズの大学で出合った後、ニューヨークで10年以上一緒に暮らしているふたり(昨年に結婚)。背の高いエヴァンと、小柄なレイチェルの対照的なコンビは、玄関に並ぶ靴の大きさから、結婚指輪のサイズまで随分違う(エヴァンの指輪はナプキンリングと見まがうほど大きい)。

ふたりのバックグラウンドも違っていて、エヴァンの家族はキリスト教のカトリック、レイチェルの家族はユダヤ教だ。だからレイチェルは子どもの頃から「クリスマスを祝ったことがない」と話す(ユダヤ教では“ハヌカ”と呼ばれるお祭りを12月に祝う)。

ボルシチ、始まりのファミリーレシピ

丁寧に刻まれた野菜。ダイニングテーブルの上で、レイチェルがスープの下準備を進めているところ

私がアパートメントに到着すると、ダイニングテーブルでレイチェルがじゃがいもを角切りにしているところだった。すでに同じ大きさに刻まれた玉ねぎやキャベツが、整然と器に収められている。この日レイチェルが作ってくれるのは、根菜のビーツが主役のスープ、ボルシチだと言う。東欧やロシアの家庭の味、あの真っ赤な、見るからに滋養たっぷりの冬のひと皿だ。

一方のエヴァンは、キッチンでじゃがいもをゆでながら、ダイニングにある作業台で小麦粉の袋を並べ、何やら“粉もの”の準備中。じゃがいもや肉などの具を小麦粉の皮で包み、ゆでて食べる東欧の水餃子(ギョーザ)、ピエロギを作ると言う。

ボルシチ、始まりのファミリーレシピ

ポーランドからアメリカへやってきた、エヴァンの曽祖父母はかつてベーカリーを営んでいた。料理上手のDNAはそこからきている模様

偶然にも、ふたりのファミリーレシピのキーワードは“東欧”。いわく、レイチェルもエヴァンも、東欧のポーランドにルーツを持つ家系だという。

レイチェルの母方の曽祖父は、ポーランドから単身アメリカへ渡り、ニューヨークでテイラーとして働いた後、ポーランドに戻って結婚。「夫婦で再びニューヨークへやって来て、ブロンクスに住み食材店を営んでいました」。

店の地下でアルコールやワインをひそかに醸造し、それを警察官に渡す代わりに店を守ってもらっていた、なんて逸話もある、たくましい生涯を送った曽祖父母だったそうだ。

ボルシチ、始まりのファミリーレシピ

「家で料理を作っていたのは、主に父。父の家族は、ニュージャージー州の海辺でレストランを経営していたんです。私の料理好きは、きっと父からの遺伝」(レイチェル)

そんなポーランド出身の曽祖父母から代々大切に受け継がれたのが、レイチェルのボルシチ。と思いきや、「そうではない」と笑う。祖母も、母のマリリンさんも「手間のかかる料理は作らないタイプ。祖母のボルシチといえば缶詰を開けて温めるだけ。だから母はボルシチが苦手(笑)」。

特別に受け継いだレシピはなく、「ボルシチは私から生まれたファミリーレシピ」とレイチェル。なるほど。これから継承されてゆく、始まりのファミリーレシピというわけだ。

「叔母から受け継いだ、ピエロギ」へ続く

ボルシチ、始まりのファミリーレシピ

「かなり料理しているな」とひと目でわかる、使い込まれた鋳物ホーロー鍋たち。ル・クルーゼのもの、ヴィンテージのものなど

ボルシチ、始まりのファミリーレシピ

キッチン棚に並ぶスパイスやシーズニング。一味唐辛子、ふりかけなど、見慣れた日本の食材も

ボルシチ、始まりのファミリーレシピ

たっぷりのディルを刻むレイチェル。タイ料理にパクチーが欠かせないように、ディルはボルシチになくてはならない存在

《レシピ》ボルシチ(約4リットル分)

★材料
ビーツ(中サイズ) 3個
じゃがいも 2個
玉ねぎ 1個
にんにく 2片
キャベツ 1/3玉
オリーブオイル 1/4カップ
赤ワインビネガー 3/4~1カップ
ローリエ 2枚
ケチャップ 大さじ1
ディル 1束
塩コショウ 適量
サワークリーム 1カップ
レモン 1個

★作り方
1 鍋にビーツとかぶるくらいの水を入れ、やわらかくなるまでゆでる(約45分)。ゆであがったビーツは冷まして粗熱をとる。ゆで汁の約半量を取っておく。
2 じゃがいもと玉ねぎは角切り、にんにくはみじん切り、キャベツは粗めの角切りにする。ビーツは皮をむき、チーズおろし器で粗くおろす。
3 鍋にオリーブオイルを熱し、にんにく、玉ねぎ、じゃがいもと、塩をひとつまみ入れて炒める。全体に火が通ったら(約5分)、キャベツを加えてさらに炒める。
4 3の鍋にビーツのゆで汁(1で半量取っておいたゆで汁)とビーツ、ひとつまみの塩、赤ワインビネガーの半量を加える。沸騰したら、水(1で半量取っておいたビーツのゆで汁と同量)、ローリエ、ケチャップ、刻んだディル(大さじ3)を加える。
5 味を見て残りの赤ワインビネガーを加え(少し酸味を感じるぐらいでOK。煮るうちにバランスの取れた味わいになる)、45分またはそれ以上煮る。塩コショウで味を調える。さらにビネガーを加えても良い。
6 皿にスープを盛り、サワークリーム(大さじ11程度)を浮かべ、刻んだディル(適量)を乗せる。上からレモン汁を絞って食べる。

ボルシチ、始まりのファミリーレシピ

レストランEggのウェブサイト https://www.eggrestaurant.com/
エヴァンさんのインスタグラム https://www.instagram.com/evanhanczor/

※2020年3月の取材時のものです

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PROFILE

仁平綾

編集者・ライター
ニューヨーク・ブルックリン在住。食べることと、猫をもふもふすることが趣味。愛猫は、タキシードキャットのミチコ。雑誌等への執筆のほか、著書にブルックリンの私的ガイド本『BEST OF BROOKLYN』、『ニューヨークの看板ネコ』『紙もの図鑑AtoZ』(いずれもエクスナレッジ)、『ニューヨークおいしいものだけ! 朝・昼・夜 食べ歩きガイド』(筑摩書房)、共著に『テリーヌブック』(パイインターナショナル)、『ニューヨークレシピブック』(誠文堂新光社)がある。
http://www.bestofbrooklynbook.com

2人の相違を“違い”だとは思わない

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叔母から受け継いだ、ピエロギ

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