ほんやのほん

村上春樹が、ディズニーランドが。「雑貨化」する社会の行き先

村上春樹が、ディズニーランドが。「雑貨化」する社会の行き先

撮影/猪俣博史

『雑貨の終わり』

ひとことで「何々についての本」と名指すことのできない奥深さが、この一冊にはある。その魅力をどう伝えたらいいのだろう。

著者の三品輝起(みしな・てるおき)さんは東京・西荻窪で雑貨店を営んでおり、タイトルにも「雑貨」と入っていることから、「雑貨についてのエッセー」「消費をめぐる論評」などと紹介されることが多い。ところが、筆致は淡々としながらも、時に読み手が戸惑うほどの個人的な感傷の提示があり、説明がなければ小説=フィクションとしか読めない一編もある。

ただ言えるのは、さまざまな事象をとらえるまなざしは鋭く、静謐(せいひつ)で端正な文章がしみるように読み手の内奥に届くということだ。

前著は2017年、夏葉社から出た『すべての雑貨』で、「それまでは雑貨とみなされてなかった物」が、「つぎつぎと雑貨に鞍(くら)がえをしている」世の中に対して、「豊かさ」とは異なる「雑貨化する社会」が現出していることへの危惧を提示した、異色かつ孤高なる雑貨論だった。

しかし、『すべての雑貨』のなかでも、三品輝起というその人そのものの日常や、記憶にまつわるエピソードがふんだんに差しはさまれており、「雑貨とはなにか」という問いを追いつづける著者自身の思考をたどる日々に同道するかのような不思議な感覚を抱く読書体験となった。

美しい文章と、無二の物差し

論より証拠。人の心をわしづかみにするのは、こういう文章を指すのではないだろうか。

物と物のあいだに、一秒まえと一秒後のあいだに、ちがいさえあれば価値がうまれ、雑貨はどこまでも増えていく。ほんとうは、それは進化でも退化でもないはずなのに、私たちは、ちがいをたえまなく消費することで、どこかへ前進しているような夢をみている。(『すべての雑貨』「ちがいさえあれば」)

時が止まり、ほこりがつもった店のなかで私は、道具が雑貨に変容してしまうことに戸惑う姿、あるいは雑貨がまだ道具だったころの記憶の残滓(ざんし)をかいまみることとなった。それらはおそらく、まばゆい戸外にもちだした刹那(せつな)、貪欲(どんよく)な雑貨感覚にさらされ、ただのレトロ雑貨として消費されてしまうだろう。それくらい儚(はかな)いなにかが宿っていた。(同「路傍の神」)

そして、『すべての雑貨』で提起された雑貨をめぐる諸問題は、『雑貨の終わり』でさらに深められていく。

私は迷いこんだ霧深い原っぱで、足もとだけを見ながらさまよい、もはや自身が業界のどのあたりにいるのかも不明のまま、この濁流の行きつく先を想像した。目下を流れる、高貴な物から下賤(げせん)な物まで、なにもかもをひとしく雑貨へと変えて飲みこんでしまう大河のなかで、どうすれば物の美醜や真贋(しんがん)の判断を手放さずにすむのだろう。(『雑貨の終わり』「毎朝」)

物にたいする感受性が高まればたかまるほど、目や手足の動きは老体のごとく鈍くなり、どんな些末(さまつ)な物もつぶさに愛玩する力にじぶんがのっとられていく。困ったことにその物神崇拝的ともいえる力能は、世の店頭にあふれる商品にもおなじようにはたらくのだった。(同「ホテルの滝」)

選び取る単語へのこだわり。漢字をつかうところ、つかわないところ。句読点ひとつに至るまで神経を行きわたらせる呼吸の冴(さ)え。美しい文章とは、こういう文章なのだと嘆息させられる。

俎上(そじょう)にあがるモチーフは多岐にわたり、文化史の側面ももつ。そして、無印良品が、村上春樹が、東京ディズニーランドがいかに「雑貨化」してきたかをつまびらかにしようと分析する。一過性の流行への辛辣(しんらつ)な批評も容赦ない。

観察する目。聞き逃さない耳。書き漏らさない筆。「三品輝起」という唯一無二のスケール(物差し)によって定義されようとする「雑貨」のほんとうの姿を、私も見てみたい。「すべて」「終わり」と来たけれど、彼もまだ雑貨の終焉(しゅうえん)を見届けたわけではないはずだ。雑貨の漂着点に、彼に書かれるべきことばが待っている。

(文・八木寧子)

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    新聞社、出版社勤務などを経て現在は書店勤務のかたわら文芸誌や書評紙に書評や文芸評論を執筆。ライターデビューは「週刊朝日」の「デキゴトロジー」。日本酒と活字とゴルフ番組をこよなく愛するオヤジ女子。趣味は謡曲。

    大人も胸が熱くなる。“なりたい職業”と『ドラえもん』が教えてくれる、夢の描き方

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