つむぱぱの幸せの気づき方

サプライズ好きな父の車は、私のびっくり箱

娘の「つむぎちゃん」や、息子の「なおくん」との何げない、ほっこりした日常のイラストをInstagramに投稿する「つむぱぱ」さん。

そんなつむぱぱさんが、みなさんの「家族との、個人的な幸せの思い出」をもとにイラストを描く連載「つむぱぱの幸せの気づき方」。

今回のお話はサプライズ好きなお父さんとの思い出。

>連載「つむぱぱの幸せの気づき方」

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あなたの「家族との、個人的な幸せの思い出」を教えてください。そのエピソードをもとにつむぱぱさんが世界に一つだけのイラストを描きます。採用された方には、つむぱぱさんが描いたイラスト入りのトートバッグをプレゼントします。

 

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兵庫県在住・50代女性

サプライズ好きな父の車は、私のびっくり箱

半年ほど前、病院の廊下で父の手術を待つ間に、色んなことを思い出した。それは脚にできた悪性の腫瘍(しゅよう)の摘出手術だった。嫌が応でも襲ってくる不安を少しでも振り払いたくて、私はすがるように幼い頃の楽しい記憶をたどっていた。

私が子どもの頃、世のお父さんといえば頑固な人というイメージが強かったけれど、私の父は慣習にこだわらず新しいものを好む人だった。明朗かつ博識な父は我が家の中心人物で、いつも様々な工夫をこらして家族を楽しませてくれた。

サプライズ好きな父の車は、私のびっくり箱

ある日の夕方、父は「あ、車のトランクに忘れ物したから、取ってきて!」と私と妹に頼んだ。小学生だった私たちは、仕方ないなあと思いながら駐車場に行き、2人でトランクを開けると、なんとそこには可愛いウサギがいた。

サプライズ好きな父の車は、私のびっくり箱

「なんで、ウサギがおるん!」とびっくりして聞くと、「こないだ、2人ともウサギが好きやって言うとったやろ。学校からもらってきたんや」と父。当時、父は小学校の先生をしていた。勤務先の学校に野良犬が入ってきてウサギを襲おうとしたから、教員たちで手分けして助け、そのうちの2羽をもらってきたという。

サプライズ好きな父の車は、私のびっくり箱

なかなか人に懐かないウサギの世話は大変だったけれど、家族全員で協力して小屋を建てたり、そこから逃げ出したウサギを追いかけたりした日々は、かけがえのない幸せな時間だった。

サプライズ好きな父の車は、私のびっくり箱

私の誕生日にも、似たようなことがあった。お祝いの夕食の席にみんなが着いた時、「しまった! 忘れてもたぁ!」と父がさけんだ。肝心のケーキを用意し忘れたと言う。本当に失念したような父の表情を見て、小さな私はひどくショックを受け、目に涙がたまり始めた。

サプライズ好きな父の車は、私のびっくり箱

「ほな、急いでケーキ屋に行こ!」と言う父に手を引かれ、車に乗ろうとすると、助手席に白い箱が置かれていた。

サプライズ好きな父の車は、私のびっくり箱

「うわ、こんなところにあるやん!」と私が驚くと、「その顔が見たかったんや!」と父は笑顔で言った。今ではサプライズと呼ばれるものだが、当時はそんな風にして周りの人を喜ばせようとする人は、あまりいなかったと思う。

父の車はいつも私たち家族にどきどきを与えてくれていた。さながら大きなびっくり箱だ。そんなおちゃめで楽しい父は私の自慢だった。

時は流れ、80代になった父の脚にしこりが見つかった。まだまだ元気だった父は、自分が病気になるなんて考えてもいなかったが、私が無理やり検査に連れて行くと、それは癌(がん)だと判明した。

あの廊下での長い待ち時間を経て、幸いにも手術は成功した。相変わらず何事にも精力的な父は、リハビリにもはりきって臨み、周囲の人々が驚くほど早く、また歩けるようになった。

サプライズ好きな父の車は、私のびっくり箱

快気祝いには、家族全員で温泉旅行に行った。私の子どもたちからのサプライズのプレゼントは、渡す側の手際が悪くて、その道の達人の父に見破られてしまったけれど、父はそんなことも含めて、すべての時間を慈しんでいた。

そして最後に、「わしもお前も、子育ては大成功やな。本当に楽しい家族を受け継いでくれてありがとう。もうあと1回か2回は、みんなで旅行に行きたいなあ」。

お父さん、そう言わんと、5回でも10回でも、またみんなで行こうよ。次こそは、孫たちもうまくサプライズの仕掛けをしてくれるはずですよ。

サプライズ好きな父の車は、私のびっくり箱
(文・構成/井川洋一)

つむぱぱさんの言の葉

驚いたり、喜んだりする子どもの顔を見たくて、何か仕掛けるっていうパパの気持ちはとてもよくわかります。

僕も子どもの感情が揺れ動く様子を見るのが、とても好きです。感動したり、驚いたり、喜んだりするのを眺めていると、こちらも同じ気分になることがあります。

それがなぜかを考えたことがありました。僕ら大人は、動物園や水族館に行っても、楽しいけれど大した感動はありません。

だいたい見たことある生き物だし、多くの大人にとっては、新しい発見や驚きがそこにはない。それが「経験」というもののある側面だと思います。

多くの経験によって刺激に対してのある種の鈍感さを手に入れることによって、難しい社会の中を大人は強くしなやかに生きることができるのですが、同時にそれは少し寂しいことでもあります。

一方で子どもは、ほとんどが初めて見るものだらけの世界。未経験だからこそ、ストレートに感動します。先日、下の1歳の子を初めて水族館に連れて行ったとき、目を丸くして泳ぐ魚を見ていました。純粋に世界に対して感動している様子が、ある種、僕にとっても感動的でもありました。

驚いたり、喜んだりする子どもの顔を見たくなるのは、子どもだからこそ感じることのできる強烈な感動を、大人は、子どもの瞳を通して再体験しているんじゃないかと思うんです。

そうそう、世界はこんなに美しくて、驚きにあふれているんだった。と、もう一度思い出させてくれるからかもしれないなあ、子どものキラキラした目を見て、思いました。

つむぱぱ

娘「つむぎちゃん」、息子「なおくん」との日常をInstagramで、ほっこりとしたイラストで表現し、子育て世代を中心に幅広い人気を誇るインスタグラマー。Instagramアカウントのフォロワーは、60万人を超える。

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