川島蓉子 コロナ後の暮らし

コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん

新型コロナウイルスは私たちの生活をどう変えるのか? withコロナ時代の先にはどんな価値観が定着していくのか? ifs未来研究所所長でジャーナリストの川島蓉子さんが、各界の気になる人たちに問いかける連続対談。第7回のゲストは、帝国ホテル第14代東京料理長の杉本雄さんです。2019年4月に38歳の若さで、約350人の優秀な料理人たちのトップに立ちました。

「日本の迎賓館」の役割をもって開業した帝国ホテルは、今年11月3日で開業130周年を迎えます。そんな記念すべき年に、世界的に拡大した新型コロナウイルス。杉本料理長は、どのようにコロナ危機と向き合ってきたのでしょうか。(構成・坂口さゆり 撮影・篠塚ようこ)

コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん
コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん

コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん

川島蓉子(かわしま・ようこ)

伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。

 

コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん

杉本 雄(すぎもと・ゆう)

帝国ホテル 第14代東京料理長
1999年、帝国ホテル入社。「レ セゾン」などを経て2004年、退職し渡仏。「ホテル・レクラン」 「ホテル・ドゥ・キャランテック」で経験を積む。2006年から「ホテル・ル・ムーリス」でヤニック・アレノ氏、アラン・デュカス氏のもとシェフを務め、同ホテルのメインダイニング(三つ星)で責任者の役割を担う。その後、「レストラン レスペランス」や「レストラン スクエア(ロンドン)」で総料理長として活躍。2017年、帝国ホテルに再入社。2019年、東京料理長に就任。

 

当たり前なことが、当たり前ではなくなったとき

川島蓉子さん(以下、川島) ホテル業界は新型コロナウイルスによって様変わりしたと思いますが、最も大きく変わったことは何でしたか。

杉本雄さん(以下、杉本) 帝国ホテルは1890年に開業して以来、幾度となくいろんな困難を乗り越えてきましたが、今回の新型コロナウイルスに関しては、この130年の歴史の中で、ビジネスとして大がつくほどの打撃を受けました。人々が外出できなくなった。私たちも、お客さまをお迎えして、料理を楽しんでいただくことができなくなってしまった。当たり前のことが、当たり前でなくなってしまいました。

川島 緊急事態宣言が出されてからの自粛期間中、杉本さんはどういう働き方をされていたのですか。

杉本 ほぼ毎日出勤していました。いつ収束するかわからないので、その時のための準備をしていました。

時間がたくさんある時にしかできない準備があります。バイキングの準備もその一つ。緊急事態宣言が出た時、バイキング形式は控えてほしいという政府からの要請があったので、「インペリアルバイキング サール」(帝国ホテル 東京内のビュッフェレストラン。以下「サール」)も閉めたのですが、必ず再オープンさせるとも決めていました。なぜなら「バイキング」というスタイルを作ったのは、われわれ帝国ホテルだからです。バイキングをやめるという選択肢はありませんでした。

密を避け、好きなものを好きなだけ召し上がっていただくバイキングの良さを残しつつ、帝国ホテルらしさをどう作っていくか。再開にあたってどのようなバイキングのレストランをオープンするかを考え続けた結果、今の形態に行き着きました。

コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん

新しいバイキングのスタイルは、「オーダーをいただいてから調理し、お届けする」

川島 バイキングなのに、オーダーしたものを届けてくださることに驚きました。

杉本 お客さまが取りに行くことで密になるのであれば、こちらからお届けすればいい。新しいバイキング形式はわれわれからお届けしよう、オーダーをいただいてから調理しようという方向性は、割と早いうちから決まっていました。

川島 お届けすると簡単におっしゃいますが、手間隙もシステムも考えないといけないわけですよね。

杉本 そうですね。並行し、オーダーにはタブレット端末を導入することにしました。初めての試みですし、バイキングではオーダーを取ること自体がありませんでしたので、スタッフからはそれで対応し切れるのか、という疑問は出ました。

コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん

「インペリアルバイキング サール」の料理。(左上より時計回りに)「アスパラガスとトリュフのリゾット」(10月現在は、茸とクリームの焼きニョッキ トリュフ添えに変更)、炎の演出「季節のフルーツのジュビリー」、「エスカルゴのパイ包み焼き」、「アクアパッツァ」(写真提供:帝国ホテル)

川島 お客さまの満足のいく対応ができるかどうかは、スタッフも心配ですよね。

杉本 おっしゃる通りです。でも、すでにタブレット端末を導入している飲食店は多くあるので、われわれにできないわけがない。運営再開準備委員会には進めてほしいとお願いしました。

川島 そんな委員会があったのですか?

杉本 レストラン部門に関しては、調理、サービス、システム系、食料調達の購買、マーケティング、広報など、各所から20人くらいが集まってチームを作り、どうやってレストランを再開させるかを話し合ってきました。

コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん

新しいバイキングは、タブレット端末でオーダーする形式(写真提供:帝国ホテル)

率先して新しいものを 日本を代表するホテルとしての誇り

川島 伝統あるホテルですから、新しいことに対して抵抗する力も働くのではないかと思うのですが、いかがでしたか。

杉本 レストランの再開だけに限っての話ではありませんが、新しいことをしようとすると、ポジティブな点を並べるよりも、ネガティブな点が先に出てきます。「これをすることによって、今まで満足している人たちの気持ちはどうなるんだ?」とか、「お客さまがそういったシステムに対応できるのだろうか」とか。でも、新しいものやオペレーションを導入するのにあたって、帝国ホテルだからできること、帝国ホテルだから発信できることがたくさんあると思うのです。ほかのホテルも、私たちの動向を見ていると思います。

川島 それは社員の誇りでもあるんですね。

杉本 私はフランスで13年間経験を積んできましたが、「ホテル・ル・ムーリス」ではヤニック・アレノという三ツ星のシェフと一緒に仕事をしました。私はメインダイニングのシェフで、アレノは統括、ホテル全体のシェフでした。彼が常に私に言っていたのは、「人に真似されよ」ということです。われわれの料理の発信、プレゼンテーションを、周りは常に見ている。だから、周りが真似したくなるものを作っていこうと。「真似されたらやめたらいいじゃないか、また新しいものを生み出そう」と言っていました。

バイキングは帝国ホテルが作ったスタイルなので、われわれが新しいコンセプトで再開させる意味は、とても大きかったのではないかと思います。

コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん

千葉・銚子市出身で、地元の進学校に通った。「手先が器用で、裁縫はすぐ新しい課題をもらわなければやることがなくなってしまうほどでした。社会科か家庭科の教師になりたかったのですが、次第に料理の道へ進みたいと思うように」。帝国ホテルで料理人になることを心に決めたという

スタッフのコミュニケーションが向上した

杉本 オーダーを受けて調理したものを届ける形態へと、バイキングをガラッと変えたことで、スタッフのマインドも変わりました。「サール」で働く駆け出しの3年目、4年目の料理人にしてみると、コロナ前までは、大量に揚げ物をつくって並べるなどして自分の仕事が終わっていました。新しい形態になり、集中して一つひとつの料理を仕上げるようになった。これは、以前はなかったことです。みんな、目の色が変わって楽しそうに調理しています。それは本当に良かったと思うことですね。

料理人がお客さまに自ら届けて「ありがとう」と言われ、「さっき食べておいしかったから2回目頼んだんだよ」と言われることなんて、これまでのバイキングではありませんでした。そんなうれしさをサービススタッフも共有しているでしょうし、お客さまにも心が伝わるのかなと思っています。それはコロナ禍での明るい希望でした。

川島 逆に、大きな失敗はありましたか。

杉本 失敗といいますか、バイキングで料理をお出しするタイミングをつかむまでに、多少の時間がかかりました。オーダーを受けて作る場合、料理人は少しでも早く作ってお客さまへ届けようと思ってしまうんです。でも、お客さまは同時に4品も5品も注文されます。バイキングのお皿の状態と同じですね。お客さまの前にお皿がいっぱい並んでしまい、温かい料理を温かく、冷たい料理を冷たくというベストな状態で召し上がっていただくことができないことがありました。

でも今は、「オーダーが来たけれど、このテーブルは前菜が出たばかり」「お客さまは席を立ってしまっているけれど、料理を出して大丈夫か」など、サービススタッフとの間で連携が取れるようになった。本来、それは当たり前のことで、料理人が持たなければならないサービスの本質ですが、どうやってお客さまをもてなすかということを実際に学んで実践するようになりました。コロナはビジネス的には本当に大打撃ですが、育成という面、つまり人と人とがコミュニケーションを取るということに関しては、相当大きな収穫だったと思います。

コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん

帝国ホテルがやらなければならないこと

川島 今後どんなことをホテルでやっていきたいですか。

杉本 今プロジェクトとして発言しているのは、SDGs(持続可能な開発目標)に関してです。当たり前のことが当たり前ではなくなったコロナの時代だからこそ、考えることができたことがあります。料理人にとって今後、目の前の食材が当たり前でなくなる可能性もある。それを考えて、自分の仕事に反映させていけないかということです。

そして、帝国ホテル開業時の理念に立ち返って、地域のためにわれわれがしなければならないことがあるのではないか。130年の歴史の中でそういうことをずっとやってきたホテルですので、直面するSDGsに関しても、帝国ホテルだからやらなければいけないこと、帝国ホテルだから発信できることもあると思うのです。

コロナを機に、伝統の「バイキング」を刷新 帝国ホテル 東京料理長・杉本雄さん

川島 どんなことから始めるのですか。

杉本 11月3日が帝国ホテルの開業記念日です。そこで、11月の開業記念月を、われわれ自身が学ぶ月にしたいと考えています。SDGsとかサステナブルという言葉が先走るよりも、大事なことはなんなのか?ということを、再度振り返る。「フードロス」は、われわれに課された大きな問題です。例えば、形が不揃いとか、糖度が足りないとか、長さや太さが足りないなどの理由で、消費者まで届けられない、生産者が市場まで持っていけない野菜がたくさんあります。そういうものを率先して使ってみるとか。

また、帝国ホテルにはベーカリー部門がありますが、パンを作る際に型に入らない、レシピ上どうしても余ってしまう生地が出ます。イースト菌が入っているため、生ゴミでは捨てられず、いったん焼いてから捨てるしか方法がありませんでした。

そうした余りの生地から、どうにかして新たなものを作り出せないか。トップダウンでこうやりなさいというのは簡単ですが、そうではなく、開業月だからみんなで試してみる。まずやってみることで、世間の風潮も変わってくるかもしれません。試しにやってみたことが、5年後には当たり前になっていることがあると思うのです。そのためにわれわれが1歩踏み出すことが重要だと思っています。

川島 なぜ取り組まなければならないのか、杉本さんのお話をうかがっていると、とても納得します。これからの帝国ホテルにますます期待しています。

家政婦・タサン志麻さん コロナ時代に伝えたい「家族で食べる時間の楽しさ」

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