花のない花屋

母の名前を泣きながら呼んだ父 男手ひとつで4人の子どもを育ててくれた

全国農業協同組合連合会(全農)では、新型コロナウイルスによる大きな影響を受けた花の生産者を支援する取り組みを行っています。その一環として、連載「花のない花屋」にご協力いただきました。

あなたの「物語」も、世界で一つだけの花束にしませんか? エピソードの応募はこちらから。

辻野公美子さん 29歳 女性
大阪府在住
フリーター

    ◇

私の母は39歳の時、脳梗塞(のうこうそく)でこの世を去りました。自宅で倒れ、あっという間に……。3人の兄はまだ13歳、12歳、10歳、そして末っ子の私はわずか6歳。

父は私たち4兄妹の世話を、突然一手に引き受けることになりました。

私が大人になった時に叔母から聞いたのですが、父は母を火葬する際、母の名前を泣き叫びながら点火ボタンを押したそうです。それを聞かされたときはとても胸が苦しくて、何も言えなかったのを覚えています。

父は周りから勧められても決して再婚しませんでした。そしてたった一人で私たち4人を育て、専門学校や短大にまで行かせてくれました。

父は、祖父の代から80年ほど続く花屋の2代目。スーパーなどでの取り扱いがメインの、普通の町の花屋です。当然裕福とは言えません。それでも、私たちが挑戦したいことは絶対に否定せず、必ず応援してくれました。私が製菓学校に行きたいと打ち明けた時も、兄がお花の専門学校をやめた時も……。いつも私たちの味方になって、背中を押してくれました。

私は家族の中で女ひとりでしたが、母のいないさみしさを感じたことはほとんどありません。繁忙期のお盆が終わると、必ず兵庫・城崎温泉へ旅行に連れて行ってくれました。それ以外にもみんなで山へ山菜を採りにいったり、海へ行ったり、釣りをしたり。学校行事で周りは母親ばかりの中に私の父ひとり、ということはありましたが、それでも父が来てくれることがうれしくてたまりませんでした。父は料理も上手で、私の目標は父の味です。

やっとお返しが出来たのは、父が還暦を迎えた時。4人でヨーロッパ旅行をプレゼントしました。行先はフランスとイタリア。父は20歳のころ、独学で学んでいた油絵を勉強するため、パリへ1年間留学しており、フランスを「第二の故郷」と懐かしんでいました。旅行へは私も帯同し、初めての父と娘の親子旅行。父の通った学校などを一緒に見て、私にとっても忘れられない10日間になりました。

そんな父も来年で70歳になり、体にもガタが来ているようで少し心配になります。2年前に転んで半月板を割った際には、兄妹で交代しながら店を手伝いました。そのころから、私も父を支えたい、自分に出来ることは精いっぱいしたいと思い始めました。

でもまだまだ長生きしてほしいから、一つでも多くの、良い思い出ができるように、そして、たくさん、たくさん本当にありがとう!の言葉を表してお花を贈りたいです。

母の名前を泣きながら呼んだ父 男手ひとつで4人の子どもを育ててくれた

≪花材≫プロテア、キングプロテア、サラセニア、パフィオペディラム、アロエ、アジサイ、ナデシコ、ウツボカズラ、バーゼリア、多肉植物、ハラン

花束を作った東さんのコメント

お父様が花屋ということで、普通はなかなか見かけないめずらしい植物を中心にアレンジしました。それぞれアレンジメントの際、ワンポイントのアクセントとして使うようなものを、今回は全体に使い、男手ひとつで4人のお子さんを育て上げたお父様の力強さを表現しました。多肉植物の近くに二つ、反対側にある赤色のキングプロテアの近くに四つ、それぞれ配置したパフィオペディラムという花弁の一部が袋状になっているランは、6人家族を表しています。多肉植物の近くに配置した、少し赤みがかった2つがお父様とお母様、キングプロテア側の4つが4兄妹です。たとえ亡くなってしまっても、気持ちの中ではお母様も一緒に6人家族ですよね。

花のない花屋

花のない花屋

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花のない花屋

(写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

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詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

母の名前を泣きながら呼んだ父 男手ひとつで4人の子どもを育ててくれた

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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