インタビュー

乳がんで人生が変わった! 病気がくれた新しいステージ

10月は乳がん月間です。新型コロナウイルスが気になりますが、女性にとって乳がんも重大な病気です。改めて乳がんについて考えたいこの時期に、自身の乳がん闘病経験をつづったコミックエッセー『乳癌(がん)日記』(廣済堂出版)を出版した夢野かつきさんに、お話を伺いました。40歳で乳がんの告知を受け、その後、手術と治療。現在は4年目検診が終わり、元気に暮らしています。

手術しても漫画は描ける? 不安解消のために生まれた『乳癌日記』

2015年11月、胸がチクチクするなと気になり、しこりを発見して病院を受診した夢野さん。「当時は、乳がんは婦人科を受診すると思っていました。婦人科に行ったら、マンモグラフィーのある病院に行くように言われ、自治体から送られて来たがん検診のクーポンに書いてあるマンモが受けられる病院に片っ端から連絡しました。どこも予約がいっぱいで、やっと見つけた小さな外科胃腸科でマンモや細胞診を受けられました」。その後、紹介された大学病院で、40歳の誕生日に乳がんの告知を受ける――。

『乳癌日記』は、そんなシーンから始まります。

乳がんで人生が変わった! 病気がくれた新しいステージ

エッセイ漫画『乳癌日記』の一番最初のページの原画。胸がチクチクするけど、まさか……

夢野さんは、普段からこまめに日記を書く習慣があり、何かがおかしいと違和感をはっきり感じた日のことも記していました。乳がんとわかってからは、闘病中のことを細かく日記に書くことにしました。たとえば診察での先生との話。その中から自分は何を受け取って、どのように咀嚼(そしゃく)したのか。文章にすることで自分の身に起きていることを客観的に捉えられ、気持ちの整理につながったそうです。「日記が心を落ち着けてくれた」と、夢野さんは振り返ります。

長年、漫画の同人誌活動をしていた夢野さんが、漫画化を考えるようになったのは自然なことだったのかもしれません。次第に「自分の体験をもっとたくさんの人に読んでもらえたら」という気持ちが膨らんでいったといいます。

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診察のときに、先生に伝えること、質問することをメモにまとめておいた

夢野さんの乳がんは、腋(わき)のリンパ節に転移があり、手術で胸とリンパ節を切除することになりました。
リンパ節を切除すると、手術後、リンパ液の流れが悪くなり、腕や足が浮腫(むく)んだりだるくなったりする「リンパ浮腫(ふしゅ)」になることがあります。すぐに発症することもあれば、何年後かに症状が現れることもあるといいます。夢野さんは、たまたま参加した病院の患者さんの集いでリンパ浮腫のことを初めて知りました。

「浮腫みがひどくなって手が動かなくなったら、絵が描けなくなるかもしれない。それなら、手術をしないで死んだほうがいい……」と、一時はかなり思い詰めたそう。それは、リンパ浮腫のことを調べても情報が少なく、あったとしても重症化した場合のことばかりだったからでした。そこで、思い切って主治医に相談することにしました。

「手術後に日常生活を送れるかだけではなく、今までと同じように漫画が描けるかどうかが、私にとっては重要なこと。先生に相談をするとき、『こんな漫画を描きたい』という例として持って行ったのが、『乳癌日記』の始まりでした」

先生からは「リンパ浮腫にはなりますが、漫画は描けますよ」という答えをもらい、さらには「この漫画、面白いから続きを書いて欲しい」というリクエストまであったそうです。

夢野さんは、手術から9カ月後にリンパ浮腫を発症しました。放射線治療の前に「リンパ浮腫専門外来」を受診できたので、不安に思うことや疑問点を聞き、発症したら治ることがないので、早い段階から適切なケアをして重症化を防ぐことが必要だということを知りました。

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第2章治療開始~はじめての体験がいっぱい~「リンパ節取って、絵は描けるのかって話。」より

他の本にはない、手術や治療の後の生活がわかる

その後、夢野さんは漫画を描いてTwitterなどで公開し始めました。すると少しずつ、「手術前に読めて安心しました」「家族が乳がんだけど、参考になりました」といった反応が返ってくるようになりました。

「自分の体験を漫画にして、発信して、社会の役に立つことが励みになりました。辛い治療をしても、自分だけでなく、誰かの役に立つと思うと耐えられました。もちろん、治療は辛いのですが(笑)」

同人誌にまとめて医療用ウィッグなどを扱っているいきつけの美容院に置かせてもらったり、イベントなどで販売したり、その同人誌が編集者の目にとまり、出版につながったそうです。

乳がんで人生が変わった! 病気がくれた新しいステージ

第3章さよなら、おっぱい「リンパ浮腫、予防したい話」より

『乳癌日記』では、リンパ浮腫のことに、かなりのページをさいています。他にも、抗がん剤を投与した後の生活のこと、手術後に使う胸パッドのこと、放射線治療の副作用のこと、仕事を辞めずに続けたことなど、手術や治療の「その後」が描かれています。そこには、夢野さん自身の体験が生かされています。

手術や治療は先生に任せられますが、不安なのは「その後」。知りたいことの情報は、意外に少ないのです。

リンパ浮腫になったらどうなるの? 抗がん剤後の体調は? 仕事はいつから復帰できるの?など、一般的な医学書にはなかなか書かれていない、闘病中に夢野さんが知りたいと思った「その後の生活のこと」がぎゅっと詰まった本になりました。

「前知識としてこんな感じになりますよというものを読めれば、治療が怖くなくなりますよね。不安を抱えている患者さんに、少しでも安心してほしいと思いました。そのご家族にも読んでもらえたら、患者さんの気持ちがわかって安心できるかなとも考えました」

乳がんで人生が変わった! 病気がくれた新しいステージ

『乳癌日記』が完成するまでの道のり。上から反時計周りに、原画、主治医に見せるために作った冊子、編集者の目に留まり出版のきっかけになった同人誌

乳がんの先の人生へ。好きなことを諦めない

「乳がんになったことで、落ち込んだり、なにかを諦めたりする人も多いと思います。もちろん、人生の中で大きな出来事ですが、ここで終わりではないと思います。その先の人生のほうがもっと長い。仕事も辞めないで欲しいし、好きなことも諦めないで欲しい」

夢野さんは、乳がんになった体験を大好きな漫画で表現しました。患者さんや家族の心をやわらげたいと作品を描き進めると、逆に温かい反応をもらって励まされることも多かったそうです。そして作品は完成し、本にもなりました。

乳がんで人生が変わった! 病気がくれた新しいステージ

Twitterを見てくれた方、同人誌を買ってくれた方から届いたお手紙。漫画を描く励みになったそう

「今は、乳がんになってよかったと思っているんです。まだまだ自分には社会の役に立てることがあるとわかりました。漫画を描いていてよかったです」

物腰が柔らかく親しみやすい雰囲気の夢野さんは、終始明るい笑顔でサバサバと闘病生活のことを語ってくれました。この本は、乳がんの患者の本ではありますが、その他の大きな困難に直面した人にもエールを送るような一冊ともいえそうです。起きてしまったことに真摯(しんし)に向き合い、その後、どうすればいいのかを一つずつ解決する夢野さんの様子に、「私も頑張ろう」と励まされるからです。

病気だけでなく、災害、失業、別れ……、誰にとっても何があるかわからない時代。最初は落ち込むかもしれないけれど、そんな困難を「踏み台」にして新しいステージに行く強さが、今の私たちに必要なことなのかもしれません。

乳がんで人生が変わった! 病気がくれた新しいステージ

「私の生活はコントです」と夢野さん。「私は、今までの人生の中で他にも大変なことはあったので、今回の病気も漫画のネタが一つ増えたなと思うようにしています」

(文・大橋史代 写真・&編集部)


乳がんで人生が変わった! 病気がくれた新しいステージ

コミックエッセー『乳癌日記』

夢野かつき (著)、榊原淳太(千葉大学医学部付属病院ブレストセンター) (監修)

胸の小さな痛みから始まった乳癌闘病記。
「乳がん治療に欲しかった情報を、この本にたくさん込めたつもりです。細やかなことが心の支えになるように」。40代の著者による、治療開始から、手術、そして寛解するまでに起きた様々な出来事をつづっています。闘病記だけど明るく前向きになれる一冊です。
1650円(税込み)


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