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誰かの本を別の人につなぐ喜び「古書ほうろう」

東京大学本郷キャンパスには、九つの門がある。本郷通り沿いの正門や旧加賀藩主前田家上屋敷の御守殿門(ごしゅでんもん)だった赤門は有名だが、不忍(しのばず)池寄りの池之端門は学部棟から少し離れていることもあり、人の往来はあまり多くない。

「古書ほうろう」はそんな池之端門の目の前にある。目印は赤いテント屋根。入り口に均一価格の雑誌や書籍の箱を並べ、道行く人がつい足を止めたくなるような工夫がなされている。店内は古書に埋め尽くされ、その数は約1万冊。国内・海外文学、詩、音楽、写真、アート、伝統文化、建築などの多彩なジャンルが棚ごとにきちんと分類され、店主の目が隅々にまで行き届いた、丁寧な仕事ぶりがしっかり伝わってくる。

函入りの文学全集といった高価そうな本もあるが、手に取りやすい価格帯のものも多い。著者の名前は知らなくても「ちょっと面白そう」と興味をそそるタイトルも目立ち、次々と手に取ってしまいたくなる。また、装丁や装画に味わいがあり、モノとして手元に置いておきたい本もたくさんある。

限られた数だが、新刊やZINE(編注:ジン=個人で作る雑誌)なども販売しており、品揃(ぞろ)えはバラエティに富んでいる。世界の民芸品や昭和レトロ建築を集めた本、柳家小春さんの師匠・柳家紫朝の生涯を追った2枚組CDと本がセットになったものなど、同じ新刊でも近所の書店ではあまり見かけない個性的なものがいろいろ。本好きであれば、すてきな本と出合えそうな予感にうずうずすること間違いなしだ。

入り口のすぐ右手には小さな部屋があり、旅や鉄道、民芸、手芸、落語、食、酒といった分野の本が並び、窓辺には小さなテーブルが二つ。ここで、宮地美華子さん(53)が自ら焙煎(ばいせん)し、ハンドドリップで淹(い)れたコーヒーを味わうことができる。古本がびっちり詰まった空間で、緑豊かな池之端門を眺めながらコーヒーを飲むひとときには、格別の喜びがある。

「私は喫茶担当で、本については夫の健太郎が担当しています」(美華子さん)

誰かの本を別の人につなぐ喜び「古書ほうろう」

店の歴史は1990年代にさかのぼる。店主の宮地健太郎(52)さんと美華子さんは、千駄木(東京都文京区)に新規開店した古書店で立ち上げを含めて3年ほど働いた後、同僚2人と一緒にその店を買い取るかたちで1998年に「古書ほうろう」をオープン。2010年に同僚2人は独立し宮地さん夫妻で続けてきたが、2019年5月にここ池之端に店を移した。

健太郎さんはもともと古本屋好きではあったものの、自分が古書店を営むことになるとは思っていなかった。「思いがけず働くことになったものの、こんなに長く続けることになるとは」と振り返る。古書店で働く前はアパレル関係の仕事をしていた美華子さんも、古本に特別な思い入れはなかったという。

「でも、常に流行を後追いで売れ筋を量産する仕事に疑問を感じていたので、どなたかの手元にあったものを次の方につないでいく古本のシンプルな世界が、とても魅力的に映りました」(美華子さん)

千駄木は編集者やライターなどの出版関係の住民が多い街。手探りで始めた店にも、自然と本好きが集まった。当時の店は今の倍以上の広さで、約3万冊もの古書を所蔵。やがて、ライブやトークイベントを開催するようになり、店の持ち味が知られるにつれ、「このお店に合いそう」と、大切にしていた本を売りに来てくれる人も増えていった。

「みなさんが何かと気にかけてくださり、面白がってくれていました」(美華子さん)

誰かの本を別の人につなぐ喜び「古書ほうろう」
 

20年続いた千駄木から、池之端へ

なぜ、池之端に移転することになったのか? その理由は突然の大幅な家賃値上げだった。できるかぎり千駄木に近い物件をと探した結果、たどり着いたのが今の場所だ。広さは半分以下になったが、移転によって念願の喫茶コーナー、イベント用のプロジェクターやスクリーンが設置できた。在庫を半分以下にしなくてはならないのはつらかったが、移転の1年前に東京古書組合に加盟していたため、市場で同業者に買ってもらうことができたという。

「古本屋はお客さんがお持ちになった本を買って、他の人に売るという、良くも悪くも他力本願なところがあり、それが魅力でもあります。この町に暮らす人たちの本が行き交う場所、というあり方は、組合に入っても変わりませんが、それだけではなかなかそろえられないものを市場で仕入れられるようになったのは大きな変化です」(健太郎さん)

誰かの本を別の人につなぐ喜び「古書ほうろう」

市場で売買されているのは古書だけではない。いま、店で販売している鉄道の硬券や、昭和初期のSPレコードのチラシなども市場で仕入れたもの。健太郎さんの趣味嗜好(しこう)が、店の魅力づくりに大きく役立っている。

困難の時も、「個人の力」を信じて

移転から1年が過ぎた今年は、新型コロナウイルスの影響で4、5月は休業を余儀なくされた。6月から物販、9月からはカフェも再開したが、人が集まるイベントはいまも様子見の状態が続いている。

「コロナで人の行動は変わりつつあるし、うちみたいな小さな店は、今後大きな社会のうねりにのみ込まれてしまうことがあるかもしれません。でも私は『個人の力はすごい』ということを信じています」(美華子さん)

誰かの本を別の人につなぐ喜び「古書ほうろう」

取材をしたのは平日の午後。店内の椅子に座って本棚をじっと見つめる人、友人とコーヒーを飲む人、店の前の「100円均一」箱で立ち止まって迷う人……。時折雨が降っていたが、客足が途絶えることはなかった。

「場所は変わっても、うちを利用してくださる人たちによって棚が作られ、また他の人に本が渡っていくという流れに変わりはありません。ネットで簡単に買える時代だからこそ、なんとなく店に立ち寄って、のんびり棚を見てもらえる店、そして『こんな本があるんだ!』って発見がある店でいたい。実店舗の意味って、そういうところにあると思うんです」(健太郎さん)

誰かの本を別の人につなぐ喜び「古書ほうろう」

店主の宮地健太郎さんと美華子さん

■大切な一冊

『味の形 迫川尚子インタビュー ferment vol.1』
JR新宿駅東口改札すぐの有名店「ビア&カフェ BERG」。15坪(50平方メートル)の小さな店ながらもビールやコーヒー、フードにこだわり、根強い人気に支えられている。副店長の迫川さんは、“共感覚”の持ち主で、味を形として記憶できるという。そんな迫川副店長への約6万字インタビュー。

「ベルクに行った時、このチラシを見つけてタイトルに興味を惹(ひ)かれました。版元にすぐ連絡して、うちでも扱わせてもらうことにしたんです(現在は品切れ)。迫川さんの味の表現が興味深くて面白かった。千駄木時代から喫茶コーナーを設けたくて、焙煎教室に通い、コーヒーについて勉強しました。でも、コーヒー独特の味表現をなかなか自分のものとして使えなくて……。この本から、味を表すことの自由さを教えてもらったような気がします。読んでいると驚きの連続で、あちこちに付箋を貼ってしまいました」(美華子さん)

誰かの本を別の人につなぐ喜び「古書ほうろう」

古書ほうろう
東京都台東区池之端2-1-45-104
https://horo.bz/

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

(写真・山本倫子)

※連載「book cafe」は隔週金曜配信となりました。次回は、30日(金)の配信です。

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    PROFILE

    吉川明子

    兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
    https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
    https://note.mu/akikoyoshikawa

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