境目をなくす信頼と疑い。2020年にこそ読みたい、前代未聞のミステリー
文: 蔦屋書店 コンシェルジュ

撮影/馬場磨貴
『Another 2001』
大傑作『Another』のシリーズ最新刊。1作目では夜見山北中学校の三年三組だけに起きる「災厄」が描かれ、スピンオフ的な2作目『Another エピソードS』では、ある「死者」のひと夏が描かれた。このエピソードSに出てきた12歳の少年・想(そう)が、あの中学の三年三組に……というスリリングな展開をするのが本書である。
正編の舞台であった1998年から3年。新学期スタートを前に、三年三組では災い回避のための綿密な打ち合わせが行われていた。もちろん過去にもさまざまな対策がなされ、場所が悪いのかと教室を移動したり、名前を変えればと「三年C組」にしたりしたが、恐怖は続いた。そんな中、ある年に取られた方法が「効いた」。以来このクラスでは、始業式から卒業まで、ひそかに異様なことがおこなわれている。
物語には“Anotherオールスターズ”的に、正編の主人公だった恒一、「災厄」の始まりを知っている第二図書室の千曳さん、そしてこの人物のために本シリーズがあると言っても過言ではない稀有(けう)な存在感を放つ少女・見崎鳴(みさき・めい)が登場する。彼女は現在、高校3年生だ。
タイトルにもあるように、時は2001年。ここに作者・綾辻行人先生のたくらみがある。物語に、この年の象徴的なものが二つ出てくるのである。一つはつくりもの=映画で、二つ目は実際の事件だ。
映画館を出た後、登場人物のひとりが「あれだけの恐竜が自由自在に動き回ってるのはやっぱ、それだけですげえよな」と言う。黎明(れいめい)期の特撮映画は「自由自在」ではなかった。「ほんものではない」感がバレバレ。でも技術は進化し続け、この年公開の作品には、ふつうのネイチャー番組ぐらいの精度で恐竜たちが映っている!
事件のほうは9月。深夜にテレビに映し出された大惨事に見入り、想が衝撃を受けるシーンがでてくる。私も同じだった。これはSFX大作の予告編か?と思い、事実とわかって震えた人は多いはず。
2001年は「非現実が現実に、現実が非現実に見える」を世界に決定づけたのだ。これが三年三組の怪異とシンクロする。相反するものの融解は人の心にも作用していく。信頼と疑い、愛と憎しみが境目をなくし、登場人物たちから怒りが、悲しみが、噴出する。
「ある年」そのものを大仕掛けに使った、かつてないミステリー。そして「災厄」について、読後思うのだ。「対策を取ったからといって万全ではない」「規則性は不明」「降りかかったら、とても身近な人に影響が出る」「こんな状況でも恋をする人はいるし、逃げ出そうとする人もいる」――これは、今だ。
誰が「おりる」ことを考え、誰があきらめず、誰が未来への小さな希望を口にして人を励まそうとするか。本作が2020年に出た意味は大きい。
(文・間室道子)
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