上間常正 @モード

横尾忠則とイッセイミヤケの共作が示す、未来に向けた服のパワーと楽しさ

ファッションの簡易化が進んでいるようだが、だからといって質が低下しても仕方がないというわけではない。このコラムでは若手デザイナーやアパレルメーカーのファッションの未来を示すようなキラリと光る試みを紹介しているが、東京・代官山で今月発表されたイッセイミヤケの新プロジェクト「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE」の服は、コンセプトの詰めやアート性、着心地など、さすが世界でもトップクラスだと感じさせるものだった。そして何よりも、見ても着てみてもワクワクするような楽しさがあった。

このプロジェクトは、イッセイミヤケが1998年に発表したA-POC(エイポック)と、絵画、ポスターデザイン、文学、批評など多方面で国際的な活動を続けている横尾忠則さんが時間をかけて練り上げたのだという。A-POCはA piece of cloth(一枚の布)の略。コンピューター制御による編み機から出てくる筒状のニットロール1単位に、1人分のドレスだけではなく帽子や手袋、バッグなどが無駄なくデザインされ編み込まれていて、それに沿ってハサミで切り離せば衣服1式ができ上がる。ドレスも腰の線でカットすれば、トップスとスカートになる。

横尾忠則とイッセイミヤケの共作が示す、未来に向けた服のパワーと楽しさ

これまでの服作りとは全く異なるデザイン・製造の仕方だが、A-POCはその後も糸の素材も含めて改良が加えられ、メンズのジャケットやパンツもできるなど、多彩な展開を続けた。横尾さんが1977年からイッセイミヤケのパリ・コレクション招待状のデザインをずっと手掛けている。そんな関係もあってのA-POCの新たな展開といえるだろう。

横尾忠則とイッセイミヤケの共作が示す、未来に向けた服のパワーと楽しさ

「KEY BEAUT.Y.」(左)と「お堀」

今回のプロジェクトでは、横尾さんの過去の作品8点を選び、ブルゾンの背面を画布に見立てて描いた服になっている。糸は独自開発されたリサイクルポリエステルで、絹のように細くて軽い。それでいて洗濯も簡単で、すぐに乾きシワになりにくい利点もあるという。糸の色は7色だけだが、近くでよく見ると後期印象派の点描画のように配置されている。

横尾忠則とイッセイミヤケの共作が示す、未来に向けた服のパワーと楽しさ

織機から織り出される様子

横尾さんの原画の大胆かつ微妙なグラデーションに富んだ色使いが見事に再現されていて、また、アナログ写真のネガフィルムのようなくすんだ裏地の色味も楽しめる。そんなことも含めて、この服には、横尾さんの原画にもA-POCにも何か新しいパワーが加わったようにも思えるのだ。

横尾忠則とイッセイミヤケの共作が示す、未来に向けた服のパワーと楽しさ

「ターザンがやってくる」背面表・裏

この服の特徴はまだある。サイズは大と小だけで、特に男女を区別してはいない。たとえば小柄な女性が大を着たり大柄な男性が小を着たりしても、それなりの面白いシルエットになる。それは綿密に計算された形のシンプルさが生み出す多様性なのだろう。

プロジェクトを横尾さんと一緒に進めた宮前義之さんは、2001年に三宅デザイン事務所に入社、A-POCの企画チームに参加しながら、イッセイミヤケの3人目の後継デザイナーを2011年から19年まで務めた。「A-POCは基本の反復を繰り返しながら、20年たって新しい可能性を表現できることがわかった。その過程でものを作る精神が鍛えられた」と宮前さんは語る。一方、横尾さんは「YOKOOの未完的二次元アートが、イッセイミヤケの魔術的錬金術によって三次元アートとして完成しました。ぜひ現物を目(ま)の当たりにしてください」とのメッセージを寄せている。

横尾忠則とイッセイミヤケの共作が示す、未来に向けた服のパワーと楽しさ

「Panic ぱにっく パニック」(左)と「カミソリ」

横尾さんといえば、パリのカルティエ財団美術館で横尾忠則展が開かれた際にインタビューしたり、その後も自宅が近いこともあって東京で昼食を一緒にしたりしたこともあった。そんな時に感じたのは、この人の死への想念が深くこもったような透明なイメージだった。しかし、それは決して弱々しいものではなく、一回限りの命を生きている愛(いと)おしさへの肯定につながっている。横尾さんは、子供たちが秘めているパワーや世界の面白さへの新鮮な驚きや喜びがこもった目で、この世の出来事や人を見つめ直そうとしているようだ。

そんな印象は、イッセイミヤケを率いる現役デザイナーとしての三宅一生さんとも共通している。パリ・コレの期間中にA-POCをパリで初めて発表した時、なぜか一生さんがA-POCの展示会場にただ一人で留守番をしていて、「僕はね、フランス人が毎日食べるおいしくて安いバゲットのような服を作りたかったんですよ」と少年のまなざしで語ったのを思い出す。多くの人が着られる、楽しくて美しい服。この考え方は、A-POCより前に発表されたプリーツ・プリーズも含めて、三宅さんが「一枚の布」、そして工業生産としての服というパリの近・現代ファッションとは異なる、日本の伝統を踏まえた古くて新しい服のあり方を示す時代を先駆けた提案なのだ。

横尾忠則とイッセイミヤケの共作が示す、未来に向けた服のパワーと楽しさ

「よだれ」(左)と「花嫁」

この展示会は11月13日から大阪、20日から京都でも開かれる。服はすべて18万円と高めにも思えるが、ビッグブランドのプレタポルテと比べればずっと安いし、この服に込められた製作コストや芸術的価値からすれば破格の安さといってもよいだろう。実際に、売り上げはすこぶる好調で、増産も始めているという。三宅さんと横尾さんというたぐいまれな才能、そして宮前義之さんという若い世代の新鮮な感覚との関係は、今後も服の新しい可能性を示し続けていくのだと思う。

PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

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