明日のわたしに還る

伊藤沙莉さん、ヒロインに感じた居心地の悪さ。「『私はここにいるべき人間』と信じる特訓中です」

ドラマ「これは経費で落ちません!」や「いいね!光源氏くん」を見るたびに、自然と口元がほころんだ。
笑顔を運んでくれる人――。伊藤沙莉(さいり)さんにそんなイメージを抱いていた。実際、会った彼女はそのイメージ以上に、幸せな気持ちにさせてくれた元気いっぱいの女性だった。

ここ数年の活躍は目を見張るばかりだ。映画の出演作に限って見ても、11月だけで「十二単衣(ひとえ)を着た悪魔」に続き、「ホテルローヤル」などが公開される。

「ホテルローヤル」で演じたのは女子高生。「学園ものは吐くほど演じてきた」と笑うが、現在26歳。ためらいはなかったのか。

「めちゃくちゃうれしかったです。『久しぶり!』と思いました。散々やってきた学園ものがパタッと途絶えると、『やりたいな』と思いますね。(多く演じてきた)いじめっ子の役も今すごくやりたいんです。そんなことを言うと語弊があるかもしれませんが、ずっと積み重ねてきたので、今ならどう演じるのだろうと自分でも知りたいと思います」

お芝居がしたい、仕事がしたい

今年はコロナ禍で芝居をしたくてもできない状況が続いた。だが、「自粛期間中はマイナスなことばかりではなかった」と話す。

「改めてお芝居や俳優という仕事が好きなんだとすごく感じました。『今何をやりたいか』と聞かれた時に口をついて出たのは、『お芝居がしたい』でしたから。どこに行きたいよりも現場に立ちたい、仕事がしたいという思いが自分の中にすごくありました」

コロナ禍ではプライベートでも心境の変化があった。自粛要請期間に入る直前に突然、自立をしたいという気持ちに襲われて引っ越しをしたのだと言う。

「『魔女の宅急便』のキキのように、本当に『今日だ!』と。私は地元の千葉が好きで、家族や地元の友達がいる千葉から離れたくありませんでした。体力よりも癒やしを優先して、何がなんでも千葉から現場に通っていました。1人暮らしは、本当に一人でやれることを証明したいと思ってのことです。それには、自分の一番基盤にあるものを視界から消さなければと。仕事がどんどん楽しくなるにつれ、多少の孤独を味わわないと一歩ステップアップできない気がしました」

伊藤沙莉さん、ヒロインに感じた居心地の悪さ。「『私はここにいるべき人間』と信じる特訓中です」

引っ越すとすぐに夜間と週末の外出自粛要請と緊急事態宣言が発令された。地元に帰りたくても帰れない状況になってしまったが、それがかえってプラスに働いたと言う。

「私はどちらかというと、受動的な人間で、人から言われたり誘われたりしないと動けないタイプ。それが、自分のタイミングでやりたいことをやったり見たいものを見たり。いまさらながら、やっと自分で人生を歩み始めました」

「18歳で今の事務所に入って最初に言われたことは、『自分の時間を大切にしなさい』でした。でも、私にとって自分の時間は家族と一緒にいる時間だったので、その意味がよくわからずにいました。今も家族が大切なのは変わりませんが、自分の思うままに行動してみることがやっとできるようになった。それは、ある意味、自粛生活のおかげだったかもしれません」

最悪な始まり。なんとか視界に入りたい

伊藤さんは9歳の時にキャリアをスタート。もともと歌とダンスが好きで、通っていたスクールのキッズ部門の掲示板に一つだけドラマのオーディションが載っていた。それを見た友人のお母さんに「うちの子を受けさせたいから一緒に行かない?」と誘われて受けたところ、合格したのが始まりだ。

職業として俳優を選んだのは、高校生の時。周りが進路を決めていく中で、進学か俳優か悩んだ。そんな時、三池崇史監督の「悪の教典」(12年)に出演。初めて家族一緒に千葉の大きな映画館で見ることができた。

「私は家族に褒められるのが一番の喜びで、それが演技のモチベーションにもなっています。そんな私が、大きなスクリーンで家族と一緒に出演作を見ることができた。この作品まで映画にはほとんど出たことがなかったので、大きなスクリーンに自分の名前が出てきた感動をいまだに覚えています。これはやめられないなと思いました」

伊藤沙莉さん、ヒロインに感じた居心地の悪さ。「『私はここにいるべき人間』と信じる特訓中です」

ところが、役者の道はそう簡単ではなかった。19歳で一気に仕事がなくなった。この道で良かったのかと悩んだものの、役者道に邁進(まいしん)できたのは20歳の時に学園ドラマ「GTO」に出演し、飯塚健監督と出会ったからだ。

始まりは最悪だった。オーディション後のワークショップでは飯塚監督が「この中で芝居を見られるなと思うのは、強いて言えば松岡くらいかな」と言った。松岡とは同年代の俳優、松岡茉優(まゆ)さんのこと。伊藤さんは彼女とは、それまでも3作品一緒に出演していた。

「私は人と比べることはないですし、人に対して悔しいとかうらやましいとかも感じません。ライバル心はほぼゼロで、人がどうしていようが気にならないんです。でも、その時だけは、監督の視界に入れてもらえなかったことがめちゃくちゃ悔しかった。なんとか視界にだけは入りたいと、現場で言われたことに対し、自分の中にあるできる限りの瞬発力で応えていく、ということを必死にやっていきました」

モヤモヤしていたこと

「GTO」では演技の基礎となることをいくつも学んだ。中でも、飯塚監督の「人間を2Dで描くことは絶対にしないでくれ。3Dでいてこそ人間だから」との言葉は強く心に刺さった。このドラマで伊藤さんはいじめっ子役だった。それまでも多くいじめっ子を演じてきたが、飯塚監督は言った。「いじめっ子であっても、苦労している人のドキュメンタリー番組や映画を見て涙を流す夜もあるだろう」と。

「いじめっ子役だったにもかかわらず、視聴者の反応はどちらかというと人気者のキャラクターでした。『日常を3Dで描け』と言われたことで、いじめっ子にも憎めない部分が生まれたのだと思っています」

このドラマではもう一つ、腑(ふ)に落ちたことがあった。作品はみんなで作る、ということだ。実は伊藤さんの中で、俳優を過剰に持ち上げるようなことへの居心地の悪さがあった。

そんなとき、飯塚監督から、「一つの作品を作るにあたって、演出部、美術部、照明部、録音部、メイク部、衣装部……といろんな部がある中で、役者は俳優部にすぎないと言われたんです。各部署が頑張っている中で、俳優部だけが特別ということはないからって。それを聞いて『そうだよね、そのテンションでいいんだよね』と、モヤモヤしていた気持ちが解消されました」

「役者も間違えることはあるし、カメラのピントが合わないこともある。みんなで作り上げていくのだから誰が特別、誰がえらいということはない。そこから現場での立ち方が変わったと思っています」

ただいま特訓中

伊藤さんが役者として大切にしているのは、「脚本を最初に読んだときの気持ち」だ。自身が最初に突き動かされた思いがスクリーンに映し出されると信じている。演技は現場がすべてだと思っているから、事前にかっちりした役作りはしていかない。

「自分の中でガチガチに決めてしまうと、演出で自分が考えていたことと正反対のことを指摘された時に変えられなくなるんです。いつでも180度変えられるくらいの柔軟さを持っていたい。基本的なところは作っていきますが、それ以外はセリフを覚えていくくらいです」

伊藤沙莉さん、ヒロインに感じた居心地の悪さ。「『私はここにいるべき人間』と信じる特訓中です」

インタビューでは次から次へと言葉を紡ぐ。早口で笑いを交えてサービス精神もたっぷり。だからどんどんいろんなことを聞いてみたくなる。笑顔がかわいくて親しみやすいのは映像の中だけではない。

「見ている方に親近感を覚えてもらえるのはうれしいです。ただ、私の弱みは、もともと自己肯定感がとても低いこと。最近ヒロイン役をやらせていただくようになって、舞台あいさつで真ん中に立たなければならない場面があると、自分を納得させて堂々と立てる気持ちになるまでかなり時間がかかります。私はすごくキラキラした華やかなタイプではないので……」

それは意外。実はいまだにスチール撮影が苦手なのだと言う。自分自身を俯瞰(ふかん)で見ながら、「何カッコつけているの?」「何これ? すっごい芸能人っぽい」と頭の中で突っ込んでいるらしい。

「『私はここにいるべき人間』と自分に思わせるのに時間がかかるんです。自分が自信をもってお届けしないと見ている人に失礼ですよね。『つまらないものですが』とよく言うじゃないですか。つまらないものを寄越すなって思うのと同じです(笑)。こういう人間を表現しろと選ばれて、それを表現して立っているのだから、と導くように今は特訓している最中です」

根っから芝居が好きな伊藤さんが、これからどんな役者道を歩んでいくのか、ますます楽しみになった。

(文・坂口さゆり/写真・植田真紗美/ヘアメイク:AIKO/スタイリスト:吉田あかね)

     ◇

伊藤沙莉
1994年生まれ、千葉県出身。2003年、9歳でドラマデビュー。「パンとバスと2度目のハツコイ」「榎田貿易堂」「寝ても覚めても」「blank13」などの映画に出演し、第10回TAMA映画賞で最優秀新進女優賞、第40回ヨコハマ映画祭で助演女優賞、主演を務めた「タイトル、拒絶」で第32回東京国際映画祭東京ジェムストーン賞を受賞。2020年6月、テレビアニメ「映像研には手を出すな!」やドラマ「これは経費で落ちません!」「ペンション・恋は桃色」などでの活躍を評価され、第57回ギャラクシー賞テレビ部門個人賞、さらに東京ドラマアウォード2020で助演女優賞に輝き、独特の個性と確かな演技力で作品に色を添える貴重な存在。そのほかの出演作にドラマでは「ひよっこ」「獣になれない私たち」「全裸監督」「いいね!光源氏くん」、映画では「小さなバイキング ビッケ」(日本語吹き替え版)「十二単衣を着た悪魔」「ホテルローヤル」「タイトル、拒絶」など。アニメ映画「えんとつ町のプペル」(12月25日公開)が控えている。


映画「ホテルローヤル」
累計100万部を超える桜木紫乃の直木賞受賞小説を映画化。家業のラブホテルを継いだ主人公が見つめる様々な人間模様を描く。舞台は北海道、釧路湿原を望む高台のラブホテル。雅代(波瑠)は美大受験に失敗し、家業であるラブホテルをやがて継ぐことに。そこには、「非日常」を求めて様々な人が訪れる……。

伊藤沙莉さん、ヒロインに感じた居心地の悪さ。「『私はここにいるべき人間』と信じる特訓中です」

©桜木紫乃/集英社 ©2020映画「ホテルローヤル」製作委員会

伊藤さんが佐倉まりあ役を演じるにあたり、武正晴監督から最初に言われたことは、「太っておいて」だった。「パンとした張りと、女子高生の、いわゆる『せんせぇ~』みたいな感じが欲しいと言われて『そうか』と。原作にはギャルギャルしいイメージはなかったのですが、私もそのほうが腑(ふ)に落ちました。愛に飢えているというのが肝だったので、いっぱい食べました。『役ですから』と言っていくらでも食べられるので、うれしかったです(笑)」

11月13日から全国公開
監督:武正晴 
脚本:清水友佳子
音楽:富貴晴美
主題歌:Leola“白いページの中に”
原作:桜木紫乃『ホテルローヤル』(集英社文庫)
出演:波瑠、松山ケンイチ、余貴美子、原扶貴子、伊藤沙莉、岡山天音、正名僕蔵、内田慈、冨手麻妙、丞威、稲葉友、斎藤歩、友近、夏川結衣/安田顕
https://www.phantom-film.com/hotelroyal/

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