松島のもう一つの絶景。一層一層が際立つ、感動のデニッシュ/ぱんや あいざわ
文: 池田浩明

日本三景のひとつ松島。誰だって一度ぐらい訪れて不思議のない、この超有名観光地においしいパン屋があったら、それはそれは便利で愉快にちがいない……と思ったら、本当にある! 国宝・瑞巌寺は後回しにし、脇目も振らず前を通り過ぎ、石畳の小道を行くと出会う「ぱんや あいざわ」。白壁の日本家屋に白いのれんは、思わずかしわ手を打ちたくなるすがすがしさ。
カンパーニュの品揃(ぞろ)えが目を引く。どどーんとでっかくて丸い通常のカンパーニュはもとより、「オーガニックブルーベリー」など厳選のドライフルーツを使ったもの、「チーズ黒コショウ」のようなしょっぱい系。そして、和栗やいちじくなど季節の果実を店内で甘露煮にした手作りの具材を包んだもの。
「さつま芋の甘露煮のカンパーニュ」もそのひとつ。強く焼かれた皮をぱりぱりと噛(か)みちぎる。舌の上にこぼれ落ちたさつまいもの艶(つや)っぽい甘さ。しっかりと火が入り、とろとろに溶けている。ルヴァン種によって醸された麦ははちみつのようにまろやかな甘さで、さつまいもと、ぴったりなじむ。

さつま芋の甘露煮のカンパーニュ
店主・相澤隆志さんの志は「カンパーニュをメインで」というもの。北海道の十勝・アグリシステム社の小麦に惚(ほ)れ込み、開業以来4年間使いつづける。カンパーニュに使用されるのは、十勝の生産者・土蔵信さん限定の石臼挽(び)き小麦粉「スムレラ」(「きたほなみ」)、「キタノカオリ全粒粉(低アミロ)」。スムレラの力強さ、キタノカオリのミルキーさが並び立つ。
「『硬い』とか『焦げている』とかいろいろ言われました(苦笑)。みんなの圧力に負けて(笑)、他のものも作るようになりました」
同じく自家製の甘露煮を包んだ「イチジク甘露煮デニッシュ」は感動もの。フレッシュなイチジクを丁寧にコンポートするとこんなにさわやかでジューシーなのだ。そこに、アーモンドクリーム代わりの三穀クリーム(大麦、とうもろこし、大豆)がやさしい甘さで寄り添う。ばりばりな表皮、その下に潜んだよつ葉バターの潤い。それは、きらりと光る甘さで、イチジクを輝かせる。

イチジク甘露煮デニッシュ
具材だけでなく、デニッシュ生地の完成度がすばらしい。一層一層が見事に浮いて独立する様は松島にひけをとらない絶景。「生地の水分量が大事。水分量が1、2%ちがっても層がきれいにできないですね」と細心の注意を払って、毎日仕込みを行う。
これだけ腕のあるパン職人が都会ではなく、地元・松島で開業した理由はなんだろう。仙台での独立を考えていたときに襲った、東日本大震災。
「震災があってから、松島に元気がなくなってしまった。やっぱり松島でやろう」
土地柄、不動産を貸す人が少なく、探しつづけること5年、やっと物件を見つけた。開店当初はさびしい場所だったが、隣に雑貨屋とカフェができ、松島きってのおしゃれスポットに。相澤さんが先陣を切ったからこそ、にぎわいが生まれたのだ。

相澤隆志さんと妻の美智子さん
「あんこと発酵バター」は全国から注文が舞い込む。食パン生地に、先述の土蔵さんが作った小豆を煮たあんこと、よつ葉発酵バターをはさんだ、オール十勝産。
たっぷりのあんこが舌の上にわさっとこぼれ落ちるや芳醇(ほうじゅん)な豆の香りがあふれ、バターがまろやかにからみ、とろけあう圧倒的快楽。そこへ小麦の旨味(うまみ)が姿を現して、まとめあげる。砂糖もバターも最低限に抑え、こねすぎずゆっくり作りあげることで小麦の風味を際立たせた生地。甘いだけのあんバタがあふれる昨今、職人技で松島名物を生みだした。
相澤さんは新たに石臼に挑戦する。十勝の自然栽培生産者・中川農場から玄麦を仕入れ、店内で挽いた粉100%で作る「北海道 中川さんの有機小麦ノア7R」。濃厚なれどさわやかで、豊潤なれどやさしく。お焦げさえ、舌に刺さらないのだ。黒糖のような甘さ。香ばしさはほんわかと、しかしクリアで、気品に満ちて。そこへ、自家製ルヴァン種のすーっとさわやかな酸味がかすかに後を引く。
「観光地にうまいものなし」を覆すこの充実ぶり。パンを食べて「ああ松島や……」とつぶやいたっていいではないか。

あんこと発酵バター
ぱんや あいざわ
宮城県松島町松島町内157-2(旧番地156)
022-354-0233
8時30分~17時(なくなり次第終了)
月曜定休(月曜祝日は営業)
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