東京の台所2

〈220〉自炊ゼロ。健やかな空気漂う23歳の意外な生活信条

〈住人プロフィール〉
会社員・23歳(男性)
賃貸マンション・1SLDK・東京スカイツリーライン線 曳舟駅
入居2年・築年数3年・ひとり暮らし

    ◇

 会社の帰り道、チョコモナカジャンボを食べて夕食代わりにすることがある。就職し、社員寮を経てこのマンションに越してきたとき、どんな料理もおいしくしあがる鉄製の高価なフライパンを張り切って買ったが、使ったのは2年間で約10回。
 レンジ、トースター、炊飯器はなく、冷蔵庫は缶ビール4本が入るポータブルタイプのみだ。

 しかし風邪ひとつ引かず、筋肉のしまったスリム体形で、肌つやもよく、見るからに健康的な体躯(たいく)をしている。得意料理はナポリタンとけんちんうどんで、前者はすりおろしたニンニクを入れるのがコツだという。冬は、インフルエンザ対策で葛根湯とりんごを常備している。
 どうも、まったく料理や食に興味がない人とも異なる印象がある。

 「15歳から親元を離れ高専に進み、寮に住んでいたので、友達と風邪予防には何を食べたらいいかとか、日常的に話していました。そのころから自分で養生する習慣が身についたのかもしれません。化学を学んでいたので、体に良いアミノ酸は料理酒より酢にたくさん含まれていることなども知識として頭に入っていました」
 卒業後は大学に編入し、ひとり暮らしに。料理が楽しく、健康のためにも積極的に酢を活用。ガールフレンドと自炊を楽しんだ。

 就職してからは多忙なため、バランスが良くリーズナブルな社食を昼と夜に利用している。
 「1食380円なのでありがたいですね。家では酒を飲むくらい。おなかがすいたらコンビニに買いに行くか、食べに行きます。そのわりに広めの台所を借りたのは、余裕ができたら料理動画を撮ってみたいなと思ったからです」

 社会人2年目。仕事にかかりきりで、今はまだプライベートで動画を作るタイミングではないらしい。
 いざとなれば食べたいものは自分で作れる。心身を自分でケアしてきた8年間が、自信の礎になっている。料理をしないイコール不健康、と紋切り型に決めつけてはいけない。

〈220〉自炊ゼロ。健やかな空気漂う23歳の意外な生活信条

暮らしも人付き合いにも、余白がほしい

 コロナでリモートワークになった今春は、生活が一変した。
 「家でゴロゴロしていたらあまり腹がすかないので、ヨーグルトを食べて過ごしていました。風呂が好きで、朝晩ゆっくり入っていたら、なぜか全然空腹にならない。無理に詰め込むこともないやと思ったので。部屋で筋トレして、睡眠をたっぷりとっていたら5キロ痩せました。体も軽くなって快適でした」
 現在は、再び仕事が忙しくなり毎日出勤している。

 約8畳の居室にはテーブルがなく、がらんとしている。筋トレをしたり、友だちと宴会をしたり、夏は無垢(むく)のフローリングの肌触りが心地良いので布団を敷かず、ここで寝たり。一つの空間を何通りにも使えるよう、つとめてものを持たないようにしているのだろうか。

 「というより余白を大事にしたくて。部屋のレイアウトも、スケジュールも、人間関係も。相手の知りたくないことは知らなくていい。全部を知ったらあふれかえっちゃうような気がします。最近は土日も仕事をしますが、基本は1週間の予定もみっちりつめこまず、日曜はあまり人と会いません」

 もうひとつ。影響を受けた出会いがある。学生時代、アパートを引き払い、寝袋と全所有物を自転車に積み、野宿や友達の家を泊まり歩いて暮らす友がいた。

 「彼は大勢の人に会わなければ風邪の菌ももらわないと言って養生していた。実際冬でも一切風邪を引かず、元気でした。人はそんなに荷物を持たなくても暮らせるし、健やかでいられるんだなあと思いましたね」

 個性的な友の存在が、余白という価値観を形成する一つのきっかけになっている。

 今は余白だらけの台所も、自分の中で何かが満ちたら、少しずつ道具がそろってゆくかもしれないし、あるいはこのままかもしれない。

 モットーは「変わり続けることを、変えないことです」と、きっぱり。仕事で出会った経営者の言葉で、胸に刺さったそうだ。

 空間の使い方も暮らし方も、そのときどきで変わるし、変わっていい。決めつけず、持ちすぎず。23歳のフレキシブルな感性が漂うなにもない台所の爽快さが、ひどく鮮烈で印象深く思った。

〈220〉自炊ゼロ。健やかな空気漂う23歳の意外な生活信条

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本城直季さん、初の大規模個展

「東京の台所2」でおなじみ、フォトグラファー本城直季さんの初の大規模個展「本城直季 (un)real utopia」が、市原湖畔美術館(千葉県市原市)で開催中です。

会期:2020年11⽉7⽇(⼟)~2021年1⽉24⽇(⽇)
休館日:月曜(月曜が休日の場合は翌平日)、12月28日(月)~1月4日(月)
開館時間:平⽇10:00~17:00、土曜・休前⽇9:30~19:00、日曜・休日9:30~18:00
(最終入館は閉館時刻の30分前)
料金:⼀般800円、学生・高校生・65歳以上600円など
展覧会公式サイト

【本物? ジオラマ? 広がる不思議な風景。フォトグラファー本城直季さん、初の大規模個展】
(作品の一部をご紹介しています)

PROFILE

  • 大平一枝

    長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
    <記事のご感想・メッセージはこちらへ>
    http://www.kurashi-no-gara.com/

  • 本城直季(写真)

    1978年東京生まれ。現実の都市風景をミニチュアのように撮る独特の撮影手法で知られる。写真集『small planet』(リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。ほかに『Treasure Box』(講談社)など。

    公式サイト
    http://honjonaoki.com

    スタジオ兼共同写真事務所「4×5 SHI NO GO」
    https://www.shinogo45.com

〈219〉ネットで知り合い遠距離恋愛。快適リモート同棲

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