鎌倉から、ものがたり。

小料理と一緒に仲間と笑い合った大切な時間を、ここ長谷でも 「koyagi-ya delicatessen&co.」

鎌倉の由比ガ浜大通り。「長谷観音」のバス停の真ん前に、デリカテッセン&イートインの「koyagi-ya delicatessen & co.(コヤギヤ デリカテッセン&カンパニー)」がある。

 2015年にオープンした当初は、テイクアウトがメインだったが、店主の中原由起さん(48)がつくりだす「小さなごちそう」に、イートインの要望が高まり、今は店内でのアフタヌーンティー、ディナーが中心となった。

 看板メニューは、野菜と果物をふんだんに取り入れたキッシュ。晩秋なら、輪切りレモンとチキンのキッシュや、ちぢみホウレン草を入れたキッシュロレーヌ。ほかにも、パテやキャロットラペ、半熟卵をのせたポテトサラダなどが、ワインやシャンパン、コーヒーや紅茶によく合う。

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 短大で英語を専攻後、金融系のサービス会社に就職した中原さんが料理に目覚めたきっかけは、22歳で退職し、ロンドンへ語学留学をしたときだった。

 日本人が多く暮らしていた下宿では、夜になると共用のキッチンにみんなが集まり、食事を囲んで朝まで話に花が咲いた。元々料理が好きだった中原さんが、おいしいものづくりに腕を振るい、ノリのいい仲間たちは、「小料理ゆき」と書いた提灯(ちょうちん)をかかげて、場を盛り上げた。

「『食』を通じて、その場にいる人たちの思いがつながり、楽しい時間を分かちあえる。その喜びをロンドン時代に実感しました。それ以前に、みんな遊び心が旺盛で、おめかしをして劇場へ繰り出したりもして。このときに、好奇心を持っていろいろな世界の扉を開けていく楽しさを知ったんですね」

 中原さんの好奇心が、いちばんに向かった先は「食」だった。英語の勉強をしながら、フランス発祥の料理学校「ル・コルドン・ブルー」ロンドン校の夜間コースにも通った。「日本に帰ったら、みんながおいしい食事を囲んで集まる場所をつくりたい」と、夢がふくらんだ。

 帰国後、勤めながらチャンスをうかがった。当初、東京での出店をイメージしていたが、物件探しは難航。あきらめそうになったときに、鎌倉在住の友人から「いい物件が出ている」と連絡があった。

 聞けば、観光客だけでなく、地元の住民にも人気の長谷で、にぎわいのあるバス停前の好立地。そこに立つ、こぶりでかわいらしい構えの建物を見たときは、中原さんの胸も躍った。

 会社員の安定的な身分から、43歳でショップオーナーとして独立することには、勇気がいった。鎌倉は学生時代からあこがれ、親しんできたまちだったが、実際に暮らしたことはなかった。しかし、ここには中原さんの料理上手ぶりをよく知り、物件情報までフォローしてくれるよき友人の輪があった。鎌倉に長年暮らす大家さんの、「長谷にふさわしい知的な店を営んでほしい」といった言葉にも共鳴した。

 長谷の界隈(かいわい)は、昼は大仏さまめあての観光客でにぎわうが、夜になると一転して、シンと静かな住宅街に戻る。中原さんの本領はここからだ。夜はコース仕立てのほかに、飲み物と料理を軽く楽しめる「夜ヤギ」のメニューもそろえている。

「おひとりでも、ふらっと立ち寄って、リラックスしていただく。お客さまのそんなひと時が、私の喜びになるんです」

 暮れゆくまちに、ぽっと浮かび上がるコヤギヤのあかり。厨房(ちゅうぼう)で料理をつくる中原さんのシルエットが、この通りに特別な魔法をかけている。

koyagi-ya delicatessen&co.
〒248-0016 神奈川県鎌倉市長谷 2-11-41
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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

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