嫌いだったお姉ちゃんに渡された「お楽しみ袋」

娘の「つむぎちゃん」や、息子の「なおくん」との何げない、ほっこりした日常のイラストをInstagramに投稿する「つむぱぱ」さん。
そんなつむぱぱさんが、みなさんの「家族との、個人的な幸せの思い出」をもとにイラストを描く連載「つむぱぱの幸せの気づき方」。
今回は、お姉さんから“私”へのちょっと変わったプレゼントのお話。
あなただけのトートバッグをプレゼント
あなたの「家族との、個人的な幸せの思い出」を教えてください。そのエピソードをもとにつむぱぱさんが世界に一つだけのイラストを描きます。採用された方には、つむぱぱさんが描いたイラスト入りのトートバッグをプレゼントします。
※詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。
カナダ在住・40代女性
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3歳年上の姉を名前で呼び捨てにするようになったのは、確か私が小学生の高学年のころだったと思う。
生まれながらに勘が良く、何でもうまくできる姉は、学校の授業中にはノートに大好きなイラストを描いて過ごしていたのに、いつも成績が良かった。性格も明るく社交的で、たくさんの友人に囲まれて、楽しそうに過ごしていた。
逆に私には、小さな頃からこれといって得意なものがなかった。性格的にはちょっと冷めたようなところがあって、朝からハイテンションな姉についていけないこともしょっちゅう。
お絵かき、折り紙、料理、勉強、スポーツ。なにをやっても姉にはかなわない。だから、少しでも対等な立場に立ちたい──きっとそんな反発心から、「お姉ちゃん」を卒業し、「ヒロミ」と呼ぶようになったのだと思う。
当時、私はヒロミのことが大嫌いだった。いつも偉そうだと思っていたし、私が持っていないものをすべて持っていることを自覚しているような気がしていた。一緒に遊んだことはほとんどない。
そんな当時の私たち姉妹が唯一、近づく時があった。それは姉が用意した「ヒロミのお楽しみ袋」を手渡されるとき。
頭の良いヒロミは、私が彼女の持ち物をうらやましがっていることを知っていたのだろう。年に数回、自分の洋服や小物入れ、イヤリングなどのアクセサリーをつめた「ヒロミのお楽しみ袋」をもって、私に話しかけてくるのだ。
「ぜんぶで500円、どう? 私がつけていたアレ、欲しそうにしていたじゃない。入ってるわよ」とヒロミは見せびらかすように言う。
いわば彼女の使い古しばかりなのに、とても魅力的に見えたのは、弁の立つ姉のセールストークのせいもあったか。
お小遣いは限られていたのに、私は毎回、まんまと購入することになっていた。
嫌々ではない。まるで宝石箱を手にしたような、興奮を覚えていた。当時の私にはそれくらい、きらびやかに見えた袋だった。
ヒロミはその後、名高い進学校に進み、国立大学を卒業し、20代そこそこでグラフィックデザイナーとして独立。これ以上楽しめないほど独身生活を満喫した後に結婚し、今は家庭を持っている。
一方、自由奔放に、風の吹くままに生きてきた私は、住まいを外国に移した。以降は帰国する際に姉に連絡し、「ヒロミのお楽しみ袋」を用意しておいてもらっている。順調にキャリアを積んできた彼女はもう、私から小銭を取る気はないみたい。中に入っているものは、高価そうだけど個性的すぎる服や化粧品など。
「その服はどこどこのハイエンドなブランドの一点物。あなたにはもったいないくらい」。ヒロミのお仕着せがましい偉そうな口調は変わらないけど、それは彼女なりの照れ隠しなんだろうなあと大人になってから気がついた。
悔しいから本人には絶対に言わないけれど、多くのことをうまく丁寧にこなすヒロミを、私は尊敬している。姉も口にはしないけれど、彼女とは全く別の人生を歩んできた私に敬意を払ってくれている。そんなことはどちらも、言葉にしなくても、わかっている。
(文・構成/井川洋一)
つむぱぱさんの言の葉
この話を読んで、思い出した記憶があります。
非常にしょうもない記憶なので、読んでいただいても、読んでいただかなくても、どちらでもいいような気がします。
僕には2歳上の兄がいるのですが、高校入学のお祝いとして、兄は親からギターを買ってもらったんです。
兄はそのギターを大切にしていたため、ほとんど僕に触らせてくれませんでした。兄は音楽好きでX JAPANとか、メタリカとか、ディープパープルとか、そういうのをいつも必死に聴いていました。
彼はCDを買うためにおこづかい使っていたため、いつもお金がなかったんです。
ある日僕はどうしてもギターを触りたくて、弾いてもいいか聞くと、いつもだったら断る兄はしばらく考えて「…5000円」と言ってきました。
話を聞くと、その5000円は、ギターを売ってくれるとかそういうことではなく、「ギターを使わせてもらう料金」として請求してきたのです。新しいCDがどうしても欲しかったのだと思います。
なぜ僕がこの話を覚えていたかというと、兄弟の間でも、借りるためにお金を払わなきゃいけないということが当時の僕にとっては衝撃的だったのと、人生で一番しょうもないお金の使い方だったなぁと今でも忘れないからかもしれません。
ちなみに、このエピソードの姉妹のように、姉を尊敬しているみたいな感情は一切なく、兄については、ろくでもない人間だなぁと今でも思っています。