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料理本カフェが味噌の店になった理由 「miso汁香房」

日本人の食卓に欠かせない味噌(みそ)汁。地域によってさまざまな種類の味噌があり、具材に至っては家庭によって千差万別だ。一口に「味噌汁」といっても、一人ひとりが思い浮かべる味はきっと異なるものだろう。

そんな味噌汁を「もっと多くの人に味わってもらいたい」という気持ちから、味噌汁専門カフェ・セレクト味噌ショップ「miso汁香房」を営んでいるのが、天野恭子さんだ。東急大井町線・目黒線大岡山駅から徒歩3分の路地にたたずむ、白を基調とした小さな店がそれ。しゃれたカフェのような雰囲気は、以前、営んでいたランチも食べられる古本カフェのなごり。2014年に味噌をメインにした店へシフトした。

天野さんは、約20年前から下北沢や藤が丘(横浜市青葉区)などで友人たちとカフェを営んでいた。しかし、2011年3月の東日本大震災が転機をもたらした。

「先のことを考えた時に、何があるかわからないですし、自分の好きなものを集めて、1人でこぢんまりとやりたいと思うようになったんです」

料理本カフェが味噌の店になった理由 「miso汁香房」

にぎやかな商店街があり、街の雰囲気が好きだったことから大岡山で場所を探し、1人でも入りやすい雰囲気の店をDIYで作り上げた。店内に約1000冊もの料理関係の本や暮らしにまつわる古書を置いたのは、天野さんが古本好きだったから。2011年11月にオープンし、昼には具材たっぷりの味噌汁がセットになったランチを提供した。

「結婚して子どもが生まれ、毎日食事を作るようになって、いかに楽で、そこそこおいしくて、栄養バランスのいいものは何かということをよく考えていました。そんな中、味噌汁とご飯があればいいんじゃないか? という考えにたどり着きました」

食卓に、味噌汁さえあれば

確かに味噌汁は日々の食卓によく出る一品だが、主菜ではない。でも、天野さんは、「味噌汁に何でも入れちゃえばいいんですよ」と笑う。

「アジアに旅行に行くと、みんな外食。日本の女性ばかりがご飯づくりに追われて、そりゃ社会進出も進まないわと思いました。味噌汁という定番があれば、献立の悩みも減ります。冷蔵庫に余った野菜をたくさん入れればいいし、味に飽きたなら味噌を変えたり、ブレンドしたりすればいい。具材がたっぷり入っていれば、十分おなかいっぱいになるんです」

味噌に対する認識も、東日本大震災を経てより強固なものになったという。

「味噌は常温でも保存でき、改めて『味噌とお米さえあれば生きていける!』と思ったんです。なぜ味噌が必要なのか、自分の中で腑(ふ)に落ちて、もっと多くの人に伝えたいという気持ちが強まりました。それなのに味噌を作ったことがなかったので、この頃から自分でも味噌造りを始めました」

料理本カフェが味噌の店になった理由 「miso汁香房」

2014年に店を味噌メインにしてからは、店内で日本各地の味噌や無添加調味料などを販売し、旬の食材をふんだんに使った日替わりの味噌汁とランチを提供するようになった。

一方で、天野さんの味噌への飽くなき探究心はさらなる広がりを見せる。まずは「みそソムリエ」の資格を取得。次に、親戚が住む兵庫県丹波篠山市で地元特産の黒豆を使った黒豆味噌と出合ったことから、ここに拠点を作り、味噌造りに一層力を入れ、野菜作りも始めた。今では半月ごとに丹波篠山と店を行き来しているため、店の営業日も月に6日程度のみとなった。

「毎年のように起きる自然災害に備えるためにも、なにかあった時のための拠点を作りたいと思いました。そこに畑があれば自分たちで食べ物を作れますし、丹波の豆を使って味噌を作ることもできます。今年、海外での仕事を終えて帰国した夫が丹波篠山で『里山の恵みを生かす』という活動を始め、農作業も担ってくれています」

ほっとくつろげるひとときを

新型コロナウイルス感染拡大で天野さんの店も休業を余儀なくされたが、保存ができ、健康にもいい味噌の重要性を改めて実感したという。5月からテイクアウト用の弁当販売を開始し、9月からはカウンター3席で弁当を食べられるようにした。この席を確保するために本棚を撤去し、約1000冊あった本も約200冊に減らす決断をした。冊数が減った分、厳選された品揃(ぞろ)えに。長く読み継がれている料理本や味噌をより深く知るための本、暮らしのヒントが記された本など、手に取りたくなるようなものがたくさんある。

料理本カフェが味噌の店になった理由 「miso汁香房」

「以前は古本の買い取りや販売もしていたのですが、お弁当を買って帰るだけでなく、少しでもゆっくりしていただきたくて、思い切って本を減らしました。小さい頃から古い本に囲まれた空間が大好きだったので、本が減ったのは寂しいのですが……。わずか3席でも、お客さんにすごく喜んでいただけたのでよかったと思っています。私が集めた古い料理本が多く、今と違って調味料の種類が少なく、塩としょうゆとみりんだけ、みたいなものも。でも、シンプルなものの方がかえって参考になります。今はコロナ禍の影響で、以前のようにゆっくり読書を楽しんでいただくのが難しい状況ですが、ぜひ本も手に取っていただきたい。収束したら書棚も元の形に戻したいと思っています」

弁当は味噌汁、雑穀米、丹波篠山の野菜を使った副菜7種の「日替わり味噌弁当」(900円)、「オリジナルビーフカレー」(880円)、麦味噌入りの「ベジタブル味噌カレー」(880円)の3種を用意(カレーは不定期販売)。限られた営業日に合わせて、弁当や味噌、天野さんとの会話を楽しみにしている人が訪れるという。

料理本カフェが味噌の店になった理由 「miso汁香房」

10月には、丹波篠山の拠点で味噌の製造販売許可を取得した。今後は、天野さんが仕込んだ黒豆味噌などを店で販売していく予定だ。

「私は昔から体が弱かったのですが、味噌汁のある食生活を続けるうちに風邪をひかなくなり、精神的にも安定してきました。ここで味噌汁のおいしさを伝え、全国各地の味噌と出合うきっかけを作りたいと思っています」

香り豊かで温かい味噌汁を口にすると、誰もがほっとした気持ちになれる。天野さんは大岡山と丹波篠山から、日本が誇る伝統食の奥深さと魅力を発信し続けている。

料理本カフェが味噌の店になった理由 「miso汁香房」

■大切な一冊

『シンプルごはんの思想―からだが歓ぶ(よろこ)とっておきレシピ』(著/南清貴)
「自分の家族や大切な友人に食べさせられないものはお客様にも出さない」というモットーを持つ「キヨズキッチン」(2005年に閉店)元オーナーで、フードプロデューサーの著書。

「この本はただのレシピ本ではなく、からだと食に関する知識を総合的に教えてくれるものです。何度も読み返していて、ここに書かれていることを実践しています。例えばご飯は玄米よりも三分づき米の方が胃に負担がかからないとか、精製された白砂糖はよくないとか、体にとって必要な油の種類とか……。店で三分づきの雑穀米を出しているのも、この本のアドバイスによるものです。かといって、『あれはだめ、これはだめ』と極端に制限しているわけでなく、無理のない範囲内で体の調子を整えるアドバイスをしているところがいいなと思っています。あまりにも読みすぎて本をボロボロにしてしまったので、古書店で2冊目を買いました。みなさんが手放さないからか、古本としてもなかなか出回っていないようです」

料理本カフェが味噌の店になった理由 「miso汁香房」

miso汁香房
東京都大田区北千束1-53-7小川ビル1F
https://rojinoki.exblog.jp/

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

(写真・山本倫子)

※連載「book cafe」は隔週金曜配信となりました。次回は、12月11日(金)の配信です。

>>book cafeまとめ読み

PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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